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福島原発事故地域に残された動物

昨年、大阪のペット法塾さんから福島原発事故に置き去りされた動物たちに関する原稿の依頼を受けたのですが、ちょうど取り掛かっていた映画の準備などでバタバタしていて時間がなく、3時間ほどで急いで原稿を殴り書きしました。あれから一年以上が経過し、今年の5月には飯舘村で動物たちのために尽力した平山ガンマンさんが亡くなったこともあり、せっかくなのでこの原稿を記録としてネット上に公開しようと思いました。文法的にかなり適当ですが、お時間があれば流し読みしていただけると嬉しいです。

 今からおよそ10年前、東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の水蒸気爆発により、その半径20キロ圏内が強制避難区域に指定され、無人と化した広大なゾーンには数百万を超えるペットや家畜が置き去りにされました。

 その後、ニュース報道などで多くの動物たちが救出される光景が映し出され、私自身はとても安堵した記憶があります。誰もが想像すらしていなかった原発の想定外な破壊と、大量の放射能が広がり、国や自治体、町の人々がパニックに陥り家財やペット、家畜を放置して避難する心理は理解できました。

 そして、この日本は戦後の焼け野原からわずか数十年で見事に高度成長を遂げた先進国です。昭和43年生まれの私自身、これまで何不自由なく生活してきました。飢餓の経験もなく、紛争による生命の危険や路頭に迷った過去もありません。ある意味、この国の恩恵に預かり、「日本教」の信者とまでは言いませんが、それなりにのうのうと生きてきました。

 だからこそ、先進国である我が国の対応にも納得していたし、前述の動物救出ニュース報道を何の疑念も抱かずに信じていた。

 しかし、程なくしてあるSNSから、実は福島強制避難区域には多くの動物たちが放置されたままであるという信じられない投稿を目にし、それからの数日間はやはり自分の目で確かめなければという一種の使命感に近い思いと同時に、放射能被曝という恐怖に苦しんでいました。結果的に、複雑な感情を抱いたまま、何かに押されるように福島強制避難区域へと車を走らせた。

映画『ZONE/存在しなかった命』

 福島原発事故周辺。そこはもう至る所に検問所が設置され、新しく施行された「原子力災害特別阻止法」により、ジャーナリストはおろか カメラの持ち込み、撮影すら禁止されていました。破れば法律違反ということになり、逮捕されることになる。

 そんな忸怩たる状況下で、 数人の被災者と知り合い、彼らの協力の下、強制避難区域に出入りすることが可能になった。若い頃に自主製作でシュールな映画を作っていた経験から、撮影カメラは常に持ち歩いていたので現地の方から「この惨状を記録に残して欲しい」と歎願された経緯も重なり、結果的にパトロール中の警察の目を搔い潜り、逮捕覚悟の記録撮影を始めることとなった。

 無数の置き去りにされたペットや家畜という国家ぐるみに隠蔽された現実を目の当たりにするたびに、 今まで多くのウソを信じ込まされてきた自分自身に対して愕然としました。

映画『ZONE存在しなかった命』より

 記録は福島強制避難区域だけに留まらず、 国会前での脱原発デモの模様も記録した。芸能界から追放されようが、自分たちが騙され続けてきたこの怒りをマイクを握りしめて訴えていた当時まだ国会議員前の山本太郎も、私自身の絶望感を映しているようだった。

 そして、これらの記録データは一年間の編集作業の後、2014年に『ZONE/存在しなかった命』と題されて北海道、東京、 大阪で劇場公開され、その後TSUTAYAやゲオなど全国2,800店舗でリリースされた。

映画『ZONE存在しなかった命』より

 この映画の撮影後半、福島強制避難区域内の朽ち果てた多くの餓死した牛舎でガリガリに瘦せ細った瀕死の状態で保護された柴犬は、そのまま、私の愛犬となった。(2021年8月5日に老衰により眠るように亡くなりました)

福島強制避難区域から保護した愛犬キセキ(2017年頃)

 福島強制避難区域における取り残された犬や猫など20,000匹以上のペットと、1,000,000頭の餓死や殺処分を描いた『ZONE/存在しなかった命』に続いて、何かに取り憑かれたかのように、今度は原発から北西60キロほどの位置にある飯舘村での撮影を開始しました。

 この村も無人と化しましたが、強制避難区域とは異なり、自由に行き来はできます。ただし、高放射線量のために寝泊まりはできない特殊なエリアです。
つまり、撮影場所を【強制避難区域】から【居住困難区域】に移したということです。

映画『みえない汚染・飯舘村の動物たち』

 それでは、その【居住困難区域】にはどのような問題が存在したのでしょうか?

 人々はおらず、生活音もまったくなく、無音の世界でした。
街灯もなく、夜は真っ暗闇。最果ての広大な村には、短い鎖につながれた番犬が約100頭以上、猫が数百匹、豚が一頭いました。
 
 飼い主たちは、いつか自分たちの村に帰還できることを願い、半ば生贄の状態で番犬や猫たちを数年間も放置していた。一週間や二週間に一度、飼い主からもらえるわずかなドッグフードと、常に異臭を放つ腐りきった雨水だけが、彼ら番犬に与えられた唯一の拷問に近いご褒美でした。

 そして、番犬たちは法律的には飼い主の所有物であり、いくら撮影中の私に「助けてくれ」と尻尾を振って哀願されても、どうすることもできない。

 飼い主たちは我が家を奪われた被災民であり、世間的には謂わば被害者である。カメラを向けると一様に「犬が可哀想」と嘆いた。そんなギャップに混乱した。つまり被害者が加害者なのだ。その図式は私を含め全日本人に当てはまる。そう全ての国民は偽善者なのかもしれない。そんな現実を活写するため、カメラを終了した振りを演じながら、半ば隠し撮りに近い手法で作り上げたのが、2015年に発表した『みえない汚染・飯舘村の動物たち』だった。

映画『みえない汚染・飯舘村の動物たち』より

 映画は、千葉の会社員でありながらトラック運転手でもある男性が、飯舘村での動物ボランティア活動を追跡したものですが、後半では誰もが成し遂げられなかった被曝地帯に動物保護シェルターを建設しようとする試みが描かれています。

 保健所や国からは「前例がない」という理由だけで許可申請が認められず、無許可のまま建設が進む様子が描かれています。

 原発事故による被災地に動物保護シェルターを立ち上げた前例が無いなんて当たり前すぎて、法律や行政のだらしなさや不備、無意味さを完全に露呈させている。私自身、この国の動物に対する命という意識の遅れ、すなわち「動物後進国」を痛感し恐怖すら感じた。

 2014年頃には原発事故も無かったかの如く風化し、都内からたった200キロ先にある飯舘村の極めて悲惨な動物たちの姿と、東京に住むハッピーハッピーと浮かれた人々とのギャップを見るたびに、離人症のような症状に苦しむようになっていった。

映画『みえない汚染・飯舘村の動物たち』より

 症状は重く、ついには誰ともコミュニケーションをとらなくなり、一種のうつ症状に陥りました。思えば、飯舘村で出会った100頭以上の犬たちは、私たち人間を見ると尾を振って大喜びを表現する犬と、全く無反応で目が死んでしまった鬱病の犬のどちらかだった。極端にどちらかだった。

 そういえば私は、一度この無音の村にたった独りでどれだけ耐えれるのか挑戦した事がある。野生動物の存在に恐れを抱きながら、高放射線量で無人の広大な村に短い鎖に繋がれた自分を想像し、その場に座ってみたことがある。結局、10分もその場にいられなかった。

 そんな、絶望の地に彼らは強制的に何年間もその状況を強いられている。中には原発事故から12年経った現在も、生贄のように繋がれたままの命がいるかもしれない。いや、残念ながらきっと居るだろう。

映画『みえない汚染・飯舘村の動物たち』より

 一連の福島原発事故に関連する国家ぐるみの動物虐待事件の取材に続き、同じ動物問題でどうしても私がこの先も生きていく上で乗り越えなくてはならない課題が、アジア圏における「犬肉」という問題でした。

 中国や韓国では、滋養強壮や習慣などに根付いている一部の人々にとって、未だに「犬食」という悪習が存在します。犬を残酷にいたぶればそれだけ肉が美味しくなるという誤った迷信に基づいて、残酷な屠殺が行われており、さらにその肉が違法に日本にも流通しているという信じられない現実がある。そのため、後先のことを考えずに中国、韓国、そして日本に向けて長期間の取材を敢行した。

映画『アジア犬肉紀行』より

 よく犬肉問題に対して他国の食文化に口を出すな!という意見を見受けるが、実はこの犬肉問題は「児童買春」や「誘拐ビジネス」「臓器売買」等に匹敵するほどの犯罪問題だという認識を持ってもらいたい。誰も可哀そうだから犬を食べるなと言っていない。そこが適当にアンチコメントをする保守層と決定的に意見が食い違うところ。

中国広州市にて
中国長春市にて

 話を戻しますが、あまりにも漠然とした「犬肉」というテーマを、どのようにして一本の長編ドキュメンタリー映画に仕立てるべきか、正直言って全く見当がつかない状況で、手探りで現地取材を進め中国大陸を東奔西走した。

 中国の犬肉の中心地であるユーリン(玉林)に到着し、通訳の中国人と取材を進めている途中、夜中に私の宿泊部屋に現地の公安警察10人程に取り囲まれ、スパイ容疑で懲役10年収監も覚悟した事もあったほどに過酷で未知数の撮影取材だった。

        映画『アジア犬肉紀行』予告編


 中国では犬を食用として検疫する部署は存在しないのが現状で、厳密には違法である。しかも肉になる犬の大半は飼い犬だったり、現地当局とのイタチごっこが続いていた。しかも驚くことに、先述した違法な犬肉が日本にも輸出されている実態にも着目した。

韓国ソウル

 果てしない怒涛の長期撮影が済み、日本に帰国して『アジア犬肉紀行』と題して編集作業に取り掛かった2017の夏の終わり頃に衝撃的な猟奇ニュースが舞い込んできた。それは、さいたま市在住の50代の税理士による猫の大量拷問惨殺事件である。この男には妻子がおり、埼玉県深谷市の廃墟同然の実家敷地内で、野良猫を捕獲器でおびき寄せては、熱湯を浴びせ続けたり、バーナーで執拗に何十分も掛けて炙ったり、生きたまま歯をペンチで毟ったり、正常な人間では絶対に起こせないような戦後類を見ないような異常過ぎる猟奇事件を繰り返していたのだった。

 その年の終わりに、裁判は適当に終了し、男に対して懲役1年10ヶ月、執行猶予4年という茶番の判決が言い渡された。正直言って、犯人である元税理士の男よりも、このようなデタラメな判決を下した細谷泰暢裁判官に対する怒りの方が強かったのが当時の正直な気持ちであった。

 元税理士に対しての厳罰化を求める署名は、全国から22万を超える署名を集め、社会に深刻な影響を与え、PTSDを発症した人々も多く、これ以上の凄惨な事件がないほどの歴史的事件に対しての執行猶予は、絶対にあり得ないものだった。

 健全な一般人による社会通念上、この裁判官は自身の能力不足を認めたも同然であり、その法曹責任は非常に重い。そして、この一連の事件によって、日本の「動物愛護法」という法律の位置づけがどれほど不正確で、法律界から粗雑に扱われ、矛盾に満ちたものであるかを公益的にも証明するドキュメンタリー映画の制作を思い立ったのもこの頃でした。

 ただし、2018年5月に『アジア犬肉紀行』が完成し、その後国会議員会館で上映され、劇場で公開され、Amazon Prime VideoやU-NEXTで配信され、膨大な負債処理などを経て、ドキュメンタリー映画『動物愛護法』は、撮影開始から4年の期間をかけて、皮肉にも、元税理士の執行猶予期間が終了するのと歩幅を合わせて完成することとなった。

 そして、このドキュメンタリー映画『動物愛護法』では、表現できなかった私自身の犯人に対する思いを、劇映画の形でも表現することを考えていたのだが偶然にも、文化庁の助成プロジェクトに入ることができ、急遽2021年10月に『彷徨う魂』というタイトルで、動物虐待犯と対峙する映画を撮影することができた。

映画『彷徨う魂』より

 全く予想していなかった出来事が、偶然にも重なり動物愛護法をテーマにしたドキュメンタリー映画『動物愛護法』と劇映画『彷徨う魂』の二つの異なる表現方法で取り組むこととなった。

 劇映画『彷徨う魂』は、子供のいない夫婦が可愛がっていた猫が、隣町に住む男に惨殺され、さらにその様子がインターネットで拡散されるという事件を描いています。男は逮捕されるが、執行猶予付きの判決を受け、自由の身となります。不幸のどん底に叩き落された主人公の目に映るのは、楽しくデートする虐待事件を起こした犯人と妊娠中の妻の姿だった。物語は、主人公が精神的に崩壊していく過程と、最終的に選ぶ運命を描きます。

映画『彷徨う魂』より

 この作品を通じて、『動物虐待事件』をある意味で娯楽作品として提示することには、とても深い意味があると確信しています。

いずれにせよ、2022年は私がこの国の「動物後進国」としての破廉恥過ぎる無様さを直視してから10年が経ちました。そういった意味において私自身、一つの区切りにしたいと考えています。言葉というコミュニケーション手段を持たないが故に、或る意味一番弱い立場でもある動物の権利すら無視し続け、議論を棚上げにした儘の放置国家に対して。

令和4年3月15日 北田直俊



映画作品は下記からご視聴いただけます。

映画『彷徨う魂』(2022年度)・Amazonプライム・ビデオ見放題配信
             ・U-NEXT見放題配信
映画『動物愛護法』(2021年度)・Amazonプライム・ビデオ見放題配信
              ・U-NEXT見放題配信
映画『アジア犬肉紀行』(2018年度)・Amazonプライム・ビデオ見放題配信
                ・U-NEXT見放題配信
                ・アジアンドキュメンタリーズ配信
映画『ZONE存在しなかった命』(2013年度)・U-NEXT見放題配信
映画『みえない汚染・飯舘村の動物たち』(2015年度)・U-NEXT見放題配信


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