2月29日 いつ、どのように死ぬか

はっきり言ってこれ以上僕の体調不良が改善されないのならば死にたい。しんどいもう。

まあこう書いたからと言って別に今すぐにでも身を投げ出そうとは思っていない。

頭が病的にネガティブになっているわけでもない。

正常で明晰な思考のもとで、この苦しみから逃れられないのなら死ぬしかないと合理的に判断しているだけだ。

解決の見えない苦しみがどれほど苦しいか。
僕はそれを受け入れようとしてきたけれど、上手くいかなかった。僕にとっての生きる意味は自分を成長させ、その余剰によって誰かのために何かを残したいという想いだった。それができない。

こうなってくると僕にとっての生は、どのように生きるかではなく、いつどのように死ぬかという問題になってくる。

死にたいとは思うけど、死ぬことの苦しみも怖いし、ちゃんとこの世に未練もあるから死ぬのは嫌だなあと思いつつ、このままでは生きていけないという確信による葛藤で心身をすり減らす。

死にたいというより、生きたくない。
楽になりたいというだけ。
別に心は病んでない。
普通に楽しいことは楽しめて、美味しいものは美味しい、面白いものは面白い、けれどその根底にフィジカルなしんどさがある。
吐き気と食欲不振と痛みと手のこわばり、体のだるさ。死んでしまえば死んだ方が楽だと思う。

僕がこの数年間耐えてきたことも無駄だった。苦しみを引き延ばしただけだった。

唯一、僕が誇れることはこの苦しみで自暴自棄になっていないことだ。
静かに安らかに死にたい。このまま生きてたってどうせ何も残せないんだから。

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