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Withコロナ時代の視点 連続インタビュー①「ヒトという種の⽣物学的運命」  佐藤正志・早稲田大学名誉教授@日本橋フェローセミナー

  企業や大学の枠を超えて<卓越した経営リーダーのための学び>を追求する人材育成塾・日本橋フェローセミナーの立ち上げのため、最初にお会いした時の佐藤先生の話が印象的だった。専門である17世紀の政治哲学者、トマス・ホッブズ(1588-1679)の時代を近代の科学・技術文明への転換期と位置づけ、そこからギリシア時代のアリストテレスまでさかのぼり、哲学や思想が地下水脈で過去から現在につながっていることを気づかせる含蓄のある話に息を飲んだ。AIやテクノロジーの進展でパラダイムシフトが起きつつある現在とホッブスの時代を重ねると、佐藤先生の話は「今日性」を帯びてくる。

「サピエンズ全史」のハラリ氏の提起はフーコー的な概念生かす

 新型コロナで緊急事態宣言が出ている4月10日に開いた日本橋フェローセミナーZOOM会議で佐藤先生にインタビューした。どうしても、Withコロナ時代に必要な哲学や思考の軸を聞きたかったからだ。
――まず今回の新型コロナをどうとらえたらいいのか。
「今回の感染で最初の対応はグローバリゼーションを遮断することだった。グローバル化の中で地球市民はどういう形で関わるのか。ソーシャル・ディスタンシング、ロックダウン、行動変容など公衆衛生上の用語が入ってきて、これまでの自由を謳歌した時代を、そして隔離した社会や行動を考えることになったと思います」
――『サピエンス全史』で有名になったイスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏が日経新聞のインタビューやエッセイで提起した直面する重要な2つの選択として、(1)「全体主義的な監視」と「市民の権限強化」の選択、(2)「国家主義的な孤立」と「世界の結束」の選択をあげているが、これについてどう考えたらいいのか。
 「ハラリ氏は近代の啓蒙の延長線上に解決の道があるのではないかと問題提起している。中国の(感染封じ込めの)やり方をリベラルな社会でやっていくのは可能なのか。シンガポール、韓国、台湾のデジタル情報を活用した解決方法はどうなのか。プライバシーの問題はないのか。そのような疑問が出ています」
 「パンデミックを⽣きのびた後の社会について、全体主義的管理社会と個⼈のプライバシーや⾃由との緊張が話題になっています。しかし、いまグローバルなコロナ対策において私たちが⾒ている権⼒を、単に、個⼈を抑圧する国家権⼒と⾔ってしまうことはできないように思います。社会を守るための安全装置・テクノロジーのなかで働いている権⼒として、禁⽌や処罰の要素、あるいは規律・教化の要素はもちろんありますが、それとは異なる要素もあります」

「知やテクノロジーをもって透明な真理にしたがって生きる社会」を守る

 ――フランスの哲学者、ミシェル・フーコー(1926-1984)は近代の臨床医学・公衆衛生と国家権力が相互依存しながら発展してきた過程を研究したことで知られています。ハラリ氏の提起はフーコー的な概念を生かしているとの指摘もあります。
 「例えば私たちは、ソーシャル・ディスタンシングや⾏動変容を、単に強制されているから受け容れているわけではないと思います。わたくしたちは、ヒトという種の⽣物学的運命が疫学的真理にかかっているのを知っているからです。ただし、その科学的真理がもとづく統計学が分析対象とするのが⼈⼝(ポピュレーション)であるとすると、それは同時に住⺠である⼈々であり、私たちです。だからこそ、科学への信頼が求められ、知識や真理も公共的な議論を通じてはじめて政治的意思決定となることが求められるのだと思います」
 「統治や操作の対象としての人口であることにとどまらず、⾃分たちの知やテクノロジーをもち、⾃分たち⾃⾝に透明な真理にしたがって、誰もが自然的に生き生きと生きることができる社会こそが、わたくしたちが守ろうとしている社会であってほしいと思います」

 日本橋フェローセミナーは早稲田大学日本橋キャンパス(WASEDA NEO)で昨年9月から今年2月まで4回にわたり、企業幹部らが参加して開催された。急激に変化し変容する世界の未来に向けてともに問いを発し、ともに真摯に考えて議論し、斬新なアイデアを生み出す人材育成とコミュニティ形成を目指している。第一期は「経営思想のパラダイムシフト研究会」(2019年~2021年)として、新時代にあったリベラルアーツの刷新、技術革新を取り入れ多様性と共生する思想などをテーマにしている。
 佐藤先生は、成功した卒業生をフェローとして招待し次のビジネスに向けたキャリア教育を行う米スタンフォード大学DCI(Distinguished Career Institute)の取り組みをモデルした日本版DCI・日本橋フェローセミナーの設立を提唱した一人である。
 私はメディア・ファシリテーター兼講師として参画した。Withコロナ時代をどうとらえればいいのか。日本橋フェローセミナーに参加した佐藤先生ら講師や受講者に連続インタビューして、ともに考えていくことにする。

佐藤正志(さとう・せいし)早稲田大学名誉教授
2019年3月、政治経済学術院教授を定年退職。在職中、大学院政治学研究科長、政治経済学術院長、早稲田大学理事を務める。2006年9月に政治学研究科長に就任するとともに、科学技術ジャーナリスト養成プログラム(MAJESTy=Master of Arts Program for Journalist Education in Science and Technology)の代表者を引き継ぎ、またその在任中である2008年4月のジャーナリズム大学院(J-School)の創設のために努力した。


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