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アジアビジネス入門69「OECD報告書から見る移住労働者」@アジア人材エコシステム(4)

日系ブラジル人ら第二世代の心象風景に迫る映画


 8月24日に東京・秋葉原で開かれたドキュメンタリー映画「Journey to be continued― 続きゆく旅 ―」の上映会と製作監督である岩井成昭・秋田公立美術大学教授の公開インタビューを観に行った。岐阜県可児市を舞台に日本で暮らす日系ブラジル人ら外国にツールを持つ移民第二世代の若者たちを扱った映画である。製作したNPO法人可児市国際交流協会の説明によると、企画の当初は、海外ルーツの若者の進学率の低さや妊娠出産の状況が問題視され、性教育のためのコンテンツを作る案だったが、彼らの暮らしや内面を理解する必要性が指摘され、アートを通じて彼らの心象風景に迫る映画の撮影に転換したという。
 この上映会を手がけたのは、国立社会保障・人口問題研究所国際関係部長の是川夕氏が編集長を務める日立財団の雑誌グローバルソサエティレビューである。
 是川氏は経済協力開発会議(OECD)移民政策専門家会合メンバーとして2013年から継続的に会合に参加し、日本の外国人材(移民)受入れと日本やアジアの国際移住の分析、研究を進めてきた。その集大成ともいえるOECD報告書がまとまり、5月30日に東京都内でOECDと国立社会保障・人口問題研究所が共催したシンポジウムで公表された。報告書は日本語版「日本の移住労働者―OECD労働移民政策レビュー:日本―」(明石書店)として8月26日に出版された。

技能実習制度をめぐる米国務省とOECDの評価の違い


 私が率直に不思議だったのは、日本の技能実習制度について、米国務省の人身取引に関する年次報告書では「現代の奴隷制度」と厳しく表現され、日本のメディアや日弁連の一部がそこからの引用をベースに報道、主張してきたのに対し、同シンポジウムでOECD報告書の執筆にあたった一人であるジョナサン・シャロフ氏が「(技能実習制度は)改善の余地はあるが、『人身取引』という批判にはあたらない」と発言するとともに、外国人技能実習機構、監理団体といった重層的な管理監督体制は他の国に例を見ないものであり、こうした支援の仕組み自体は「育成就労」の導入後も「維持すべきだ」と評価していることだ。
 米国の政治の中心地、ワシントンDCにある米国務省と欧州のパリに本部のあるOECDがまとめた報告でどうしてこれほどの評価の違いがあるのか。
 米国務省は6月24日、米国を含む188カ国・地域の人身取引対策の状況を評価した「2024年人身取引報告書」を公表し、日本は問題の深刻さが4階層のうち上から2番目の2階層(Tier2)と評価した。在日米大使館の発表(日本語)によると、「技能実習制度における移住労働者については、労働搾取を目的とした人身取引の兆候に関する報告が依然としてあったが、政府は積極的には技能実習制度内での労働搾取を目的とした人身取引被害者を1人も認知せず、技能実習制度の労働者を搾取した人身取引犯を1人も訴追しなかった」としている。
 一方、OECD報告書(日本語版)の著書に記載された「アメリカ国務省の人身取引報告書と技能実習制度」によると、米国務省の人身取引報告書において強制労働と現代奴隷制は人身取引の対象であり、日本は2020年~2023年まで「第2階層(Tier2)」であり、2018年~2019年の「第1階層(Tier1)」から低下(改善)したが、この評価は古く、主観的であるという。人身取引報告書は、アメリカ在外公館からの情報だけではなく、公開された文書や聴取ないし寄せられた意見を活用した、混合的な方法論に基づいている。2022年の報告書では、その範囲や規模を定量化することなく、多くの出身国において送出機関が技能実習生を強制労働によって搾取している事例を挙げている。人身取引報告書は、日本における人身取引の証拠は限られていると強調している。(例えば、2021年、日本の出入国在留管理庁は、契約終了前に日本を出国する1万2865人の技能実習生に聞き取り調査を行ったが、その中に人身取引の被害者は1人もいなかった)。しかし、人身取引の証拠がないのは、審査手順と担当者の訓練が不十分だったからだとしている。OECD報告書では「米国務省の人身取引報告書の評価は、数十万の参加者を要するプログラム(技能実習制度)のアウトカムに対する詳細な評価というよりは、エピソードベースの報告や極端な虐待のケースに基づいたものである」と指摘する。

米国流の価値観による監視・撲滅と労働移民政策の分析・提言


 こうしてみると、米国務省の報告書が米国流の価値観(個々の自由、自立、公平な機会など)をもとに強制労働と現代奴隷制という人身取引の対象を監視しそれを撲滅することを目的にしているのに対し、OECD報告書は労働移住が増加する中で労働移民政策とその特徴、労働移民政策と国内労働市場の現在及び予測されるニーズにどの程度対応するかを分析・提言することを目的しており、その性格は異なっている。
 OECD報告書では、「日本ではアメリカ国務省の『人身取引報告書』が頻繁に参照されるものの、グローバルな移民政策の実務、専門家の間での同報告書の記述が参照されることはほとんどないことは特に留意すべき点といえよう」と指摘しているが、双方の目的の違いを考えれば、米国務省の人身取引報告書が移民政策の実務、専門家の間でほとんど参照されないことも納得できる。

複数の物差しで相対化された客観的な評価が大切


 これまでは米国務省の評価のみが一方的に日本国内で流布されていたが、今回公表されたOECD報告書を新たな指標として取り上げられることが重要である。物差しは一つよりも複数あったほうが良い。大切なことは相対化された客観的な評価である。
 
著書の訳者である是川夕氏はあとがきで「公正で公平な国際労働市場を構築していくことは大変難しい。その際にもっとも重視すべきはそこに参加する個々人の人権やWell-beingである。現代の自由主義国家において、移民/外国人はリベラル・パラドクスと呼ばれるような根本的な矛盾に直面しがちであり、その国でも移民政策は極めてセンシティブな問題である。しかしながら、忘れてならないのは移民/外国人は国籍の有無やその文化的、社会的特徴にかかわらず、我々の社会にすでに存在し、ともに暮らす/生きる存在であるということである。それは私たちの社会が原理的に開かれているということの延長戦にあるものであり、それを否定する者は自らの自由をも否定することになるだろう」と書いている。


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