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【恋物語】蝉時雨/第三章⑶椿色の花火


僕を離れて行った彼女のことや、今までの気持ちを、この公園で溢れるままに小春に話した。
僕はできるだけ細やかに回想する。

高校の卒業式が終わり、当時の彼女との帰宅途中。
「写真撮ろうよ!」
白いマフラーを巻いた彼女が言い出した。
これが最後の写真になるなんて思ってもみなかった。

帰宅後、彼女からの連絡は一切無いまま。
一ヶ月後に入学式を迎えたのだが、音信不通だった彼女が急に会いに来た。本当に急だった。
満開の桜の木は、淡く柔らかい花びらが集まり、毎年咲いているとは思えない程の新鮮さを帯びて揺れていた。
「私、ずっと引っかかってる事があって」
職員室の前の来客用の扉から勢い良く入ってきた彼女は、すぐに僕を見つけて一方的に話し始めた。
その時、僕は彼女の後ろ側に見覚えのある横顔を見つけた。
何故だろう。誰だろう。
この心の波紋の意味を考えていると、その横顔は横顔ではなくなり、僕を見た。

時間が止まる。
落ちた桜の花びらが、もう一度舞い上がる。
瞳に春の光が差し込む。

ぼうっとしていると、目の前の彼女は覇気を失くして黙った。
そして言い捨てるようにあの台詞を吐いて、再び僕の前から消えた。


あの話の続きがわからないまま、こんなにも時間が経った今まで、ずっと靄々としていた。
引っかかっている事とは何だったのか。
何故連絡が来なくなったのか。
どうして最後に写真を撮ったのか。
白いマフラーの意味さえ考えてしまう程に。
(この気持ちに小春だけは気づいていたのだと思う。)


それを小春に話すと、小春の目からはますます涙が溢れてきて、零れ落ちてしまった。
僕が咄嗟に差し出したハンカチは、以前小春がくれたものだ。
こっちまで泣きたくなる。
涙は出ないけれど。

沈黙の中を進んで往く時間。
虫の鈴の音がいつもよりよく聞こえた。
そこに、密かな低い音が響くのもわかった。
「小春、あの坂の上にも公園があるんだ。少し見に行こう」
昼間の雨が嘘のように、星が降り注ぐ夏風の中で、僕らは歩いて坂を登った。

「わ……きれい」
僕らの街は頭上の星の様に輝き、街と星の間には、椿くらい真っ赤な花火が打ち上がっていた。
小さく声を上げた小春の瞳には花火が映り、かかっていた靄は、また涙となって零れた。
止まらなくなった涙をぽろぽろと流す横顔。
僕の代わりに泣いてくれているみたい。だなんて思う。

何度も迫ったキスのことがふと思い浮かび、僕は心底恥ずかしくなった。
「小春ちゃん、僕は君に、辛い想いをさせた。
ごめん。ごめんね。ごめんね……」
心の泉と涙腺が繋がっているということをすっかり忘れていた僕の体は、はっと思い出したようにすんなりと泣いた。
小春は花火を見つめたまま、みっともない姿の僕の手を握った。

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