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スタエフ文藝部-綴-提出作品『花の様な人』


不意に訪れた小春日和。
開店十分前のパン屋に到着し、僕は焼けたパンを棚に並べる。

高校を卒業してから三年間ずっとこの生活。
朝と昼の慌ただしい空気から、ゆったりとした夕焼け色の時間の流れに変わっていった。

空いたトレーの片付けをしていると、花の香りがしたので振り向いた。
「あれ、木村くん?久しぶり」
「あ、え、ひなた先輩……!お久しぶりです……!」
「わたしが高校卒業してから一度も会ってなかったもんね」
ひなた先輩は部活で同じチームだったこともあり、同級生に友達が居なかった僕にとっては、学校のオアシスの様な存在だった。
学年は二つ上なので、あまり一緒に居られる時間は無かったのだけれど。

「僕、あと少しで仕事終わるんです。よかったら散歩でも……」

少し冷えた秋らしい風がふたりの間を通り抜ける。

「わたしも同じこと思ってた!待ってるね」
先輩は笑ってそう答えてくれた。



少しずつ夜に向かって、僕たちは線路沿いを歩く。
先輩は最近仕事が忙しいらしく、「大変だよ」と笑う姿が僕にとっては眩しかった。

"桜も金木犀も、幹が生きていればまた来年も咲いてくれる。そういうところがすき。"

遠い記憶のあの言葉。
「わたしそんなこと言ったっけ?まあ確かに、言われてみれば変わってないかも。
その感覚は未だに残ってるよ」

柔らかな桜色のブラウスの腕の中で素朴な花束が揺れる。

「あの言葉で、春と秋が好きになったんです。
幾度となく味わった挫折の暗闇の中でもこの言葉が光って。
僕も、桜や金木犀みたいに、また咲くことができるんじゃないかって思えて。」




同じ歩幅で歩く二人だけれど、人生の距離は程遠いのだろう。
話をして行くうちにそれを実感させられる。
眩しさはどこまでも増していき、もう目が合わせられなくなっていた。

「もうここ、うちだ。」
「え?」

4世帯ほど入るくらいのアパートで新築らしい綺麗なレンガ風の外装だ。

「そうだ、昨日作ったクッキーが余ってるから、貰っていってよ!」

言われたまま二階へと続く外階段を登る。

アパートの隣にある背の高い金木犀を見ているだけで「ひなた先輩に似合う家だな」と思えるくらいには、僕は盲目なファンの様になっているのかもしれない。

「ちょっと待っててね!」

花束と金木犀が一緒にふわりと香る。
ドアの隙間から見えた部屋が青白い街灯に照らされる。
そこに積もるゴミの山と部屋干しの匂い。

お題:自分と違う性の人の話

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