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ポジショナルプレーを深掘りしてみる

はじめに

はじめまして。東京大学運動会ア式蹴球部(以下ア式)、テクニカルスタッフ2年の高口英成と申します。

先月の木下の記事から始まったこのnoteマガジンですが、毎月テクニカルユニット(分析スタッフ)を中心にサッカーについて深く考察する記事をお届けします。今回はポジショナルプレーについて掘り下げる記事を書いていこうと思います。かなりの長文ですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。

なぜ、改めて掘り下げる必要があるか

ポジショナルプレーという概念は現代サッカーにおいて避けて通ることのできないサッカーの捉え方の一つです。そしてア式でもその考え方は様々な場面において土台となっています。ただ私は以前からその具体的な内容に関してずっと疑問を持ってきました。

疑問(といっても私だけかもしれませんが)の原因は主に二つ、 
①定義と特徴がごっちゃになってしまっている
②三つの優位性

です。

一つ目はポジショナルプレーが概念というフワッとした存在である以上、割と仕方がない原因です。フワッとしたものを説明しようとして色々な人が色々な形で解釈を試みた結果、定義と呼ぶべき「何が最低限できていればポジショナルプレーで、何が欠けているとそうではないのか」が明文化されにくくなってしまったのです。

さまざまな文献やブログなどでポジショナルプレーについての解説を読んできましたが、「元々はチェスの概念」だの「8vs6ないし8vs7を作り出し相手を動かすサッカー」だの多種多様な説明が流布しており、それぞれの説明を聞けばわかるものの、全てに貫通する統一的な説明になかなか出会えませんでした。

もちろん一つの概念であるポジショナルプレーに明確な輪郭を与えることは難しいのですが、今ある解釈の共通部分を抜き出すようなイメージで、一つの定義を考えて見たいと思います。定義を考えるにあたっては「ピッチ全体に選手を散開させる」「三角形をたくさん生み出す」といった現象が果たして定義と呼べるのか、それともそれはポジショナルプレーを遂行した結果現れるピッチ上の特徴にすぎないのかについても考えていきたいと思います。

二つ目は、ポジショナルプレーを説明するのに三つの優位性を持ち出して議論するのが個人的にあまりすっきりしないという問題です。最初に三つの優位性の話を聞いた時、ボールを保持するチームで三つの優位性を積み上げないチームなんてあるのか?と思った記憶があり、優位性を積み上げようとするサッカーをポジショナルプレーと呼ぶのはあまり芯を食った説明には思えませんでした。(程度の差こそあれ、どんなサッカーでも数的優位、位置的優位、質的優位を利用しようとしています)

理系の端くれとして、説明に要する概念や単語はなるべく少なくあるべきであり、ポジショナルプレーを説明するのにも、相手と味方という選択肢、選択肢の集合である配置、スペース、そしてボールの動かし方やテンポなどだけが使われるべきだと思っています。さらに言えば、サッカーから派生するすべての考え方は上記の変数だけで説明できるはずです。ポジショナルプレーという文脈の中でしか用いられることのない優位性という概念を、極力スペースと選択肢に置き換えて統一的な解釈を与えてみたいな、と思ったのがこの記事を書くにあたった背景になります。

ポジショナルプレーの定義とは

結論から先に述べましょう。私が思うポジショナルプレーの定義は

「ピッチ上の価値のあるスペースに適した選択肢を配置することで、ゆっくりとボールを前進させるサッカー」

です。
このうち一つでも欠けていたらそれはポジショナルプレーとは呼べず、またこれらの他に観測できる要素はこの定義に基づいてサッカーをした結果、現れてくる特徴だと言えます。
長ったらしいのですが一つずつ見ていきましょう。

スペースの価値

まず「ピッチ上の価値のあるスペース」という部分です。そもそもスペースは相手の配置のみによって決まります。言い換えれば、ボール非保持側は自分達の配置を工夫することでスペースの発生場所をコントロールできるというわけです。ハイラインに設計することで保持側のスペースを狭くしたり、サイドに圧縮することでボールサイドのスペースを減らしたりするのが典型的な例でしょう。(とはいってもボール保持側はボールを動かすことで相手を動かせるので、スペースの発生場所の操作権は実はボール保持側が持っているのですが)

三つの変数

スペースの価値は大きく三つの変数によって定まります。
一つ目は物理的な広さ。広いスペースはそれだけで価値が高まります。スペースという資源を手にした状態でボールを受ければパス、ドリブル、シュートといった攻撃アクションを起こせるのみならず、敵が寄せてくるまでの間、どの攻撃アクションが最適かを判断する時間が得られます。だから相手をスライドさせた後の逆サイド、ハイラインの時の裏、押し込んだ時の手前というのは非常にスペースの価値が高いと言えます。

二つ目は状態。これはいわゆる「位置的な優位性」によって決まります。位置的優位性とはスペースの価値を決める状態変数だと捉えればわかりやすいでしょう。相手の守備の四角形の真ん中やギャップの間、そして相手プレッシャーラインと同じライン(いわゆる脇のスペースと呼ばれる場所)は他に比べて「状態」の良いスペースということになります。

ピッチ上における位置的に優位なスペース

レーンで言えば、大外レーンよりもハーフスペースが、ハーフスペースよりもセンターレーンの「状態」の方が良い。ただし「広さ」という変数との兼ね合いで最終的な「そのスペースの価値」が決めようとするとある程度広さがあり、かつある程度状態の良いハーフスペースを使え!という話になるのです。

三つ目は相手の選択肢の質です。例えばカンテ四人の作る四角形の中央のスペースとネイマール四人の作る四角形の中央のスペースではどちらが価値が高いでしょうか?当然、前者の位置でクリーンにボールを受けられた所で、すぐに奪取されてしまう危険性は高いです。
守備意識の高いFWの脇と低いFWの脇とではプレスバックの意識が異なるのでスペースの価値が変わってくるでしょう。そのスペースを取り囲む相手選手の質によってスペースの価値は変わります

結局スペースの価値とは

ここまで長ったらしくスペースの価値を決める変数(広さという物理的な変数、位置的優位由来の状態変数、相手の選択肢由来の質的変数)を紹介してきて、「そもそも優位性が三つもあって煩わしいと言っていたのに新しく意味のわからない変数を増やすな!」と思われたかもしれません。しかしこれらの変数を用いることでスペースの価値は次の綺麗な一本の式にまとまります。

V = aS + bC ー cQ

ただし、
V:スペースの価値
S:スペースの広さ
C:スペースの状態を表す変数
Q:相手の守備の質に関する変数
a、b、c:定数の係数

このようにしてスペースの価値を定量的に算出することが可能だと考えています。省略しましたが、もちろんその他諸々の影響がその他の項としてついてきます。
そして何より重要なのが、スペースの価値Vは時刻に依存するということです。ボールの位置に伴って相手の守備組織が移動し、スペースの発生場所が変わることを考慮に入れれば納得しやすいでしょう。
つまりスペースの価値Vは時間によって、ボールの位置によって、1プレーごとに変動する変数だということです。こうして算出した価値をもとに、ピッチ上のスペースに3Dグラフを描けば、試合の1プレーごとのスペースの価値の変動性を視覚的に観測することが可能になるでしょう。

3Dグラフのイメージ(https://www.vcssl.org/ja-jp/code/archive/0001/7300-graph-file-animator-3d/より)

選択肢の配置

次に「適した選択肢を配置する」ということについてです。先ほどスペースがどこに発生するかは非保持側が決める、と書きましたがスペースの価値は相手の陣形だけで決まるわけではありません。当然価値の高いスペースがそこにあるだけでは、保持側はスペースを利用できません。スペースという資源を使うにはそこに味方を配置しておく必要があります。だからこそ、裏のスペースは「広さ」という観点では価値が高いと言えますが、オフサイドルールによりそこにあらかじめ選択肢を配置できないという点で価値が下がります。
つまり先ほどの式にはもう一つ、重要な項を足さないといけません。それは味方の選択肢の質に関する変数です。同じスペースの広さ、状態でも選べるプレーが多い選手と少ない選手がいるのは当然で、ライン間のスペースにペドリがいる場合は、そうでない場合と比べてスペースの価値が跳ね上がるでしょう。
まとめると先ほどの式は

V = aS + bC ー cQo + dQa

ただし、
Qo:相手の守備の質の関する変数(スペースを取り囲む相手の平均をとるイメージ)
Qa:味方の選択肢の質に関する変数
と表せます。
となれば、全てのスペースの価値の総和ΣVを最大化させるためには攻撃時に最も各々の選手が気持ちよくプレーできる配置を取らせてやれば良いのです。サリーもゼロトップも偽サイドバックも、そうした側面から導入されたとも考えられます。

質的優位と聞けばウイングをイメージしてしまいがちですが、出し手として優秀な選手を後ろに落としたり、攻撃的なサイドバックに幅と深さを取らせたり、リンクアッププレイを好むサイドハーフをハーフスペースに入れたり、という風に「そのスペースの価値を最大化させるには誰をどこのスペースに置いておくのがベストか」に基づく起用法こそ極めてポジショナルだと言えます。

数的優位の正体

この話に関連して、私はポジショナルプレーにおいては数的優位はあまり重要視するべきでないと思います。
可変で配置を変えるのは数的優位を作り出すためではなく、利用するスペースを変更する、あるいはスペースを利用する選択肢を変更するためです。

この説明では非常にわかりにくいので例を用いることにします。数的優位と聞いて思い浮かぶのは「サリーダ・ラボルピアーナ」です。相手のツートップに対してこちらは2枚のセンバと1枚のアンカー。当然、アンカーを気にしなくてはならない相手2枚をうまくずらしてアンカーにつければ相手のファーストプレッシャーラインの背後という価値の高いスペースを利用できます。

ところが2枚のセンバがうまくアンカーに刺せない選手である場合はどうでしょう?あるいは、アンカーを常時マークするアンカー番がいたら、、。せっかくの価値の高いスペースは使いようのないものになってしまいます。

アンカー番がついている場合

ところがピッチには他にも価値の高いスペースが沢山あります。例えば2枚のトップの脇のスペースです。ここも相手のラインを超えられる点で非常に価値が高い。しかし脇のスペースを両センバに取らせようとすれば、両者の間の距離はとても長くなってしまいます。ならばアンカーが落ちればいい、と。要はツートップのギャップをアンカーに取らせるのをやめて、トップの脇をセンバに取らせるように変更したわけです。

サリーダ・ラボルピアーナ

下の図のような、センバが低い位置をとって平行に並ぶ形も数的優位を作れてはいますが、脇のスペースに侵入しにくい点で価値のあるスペースに選択肢を配置したとは言えず、利益が生まれたとは言えません。数的優位という優位性ではこの辺りのニュアンスが不明瞭であると言えます。

また、上の図でもしツートップの両脇の内、左の方を左サイドバックに取らせて、センバ2枚を右にずらし、アンカーを下ろさないのであればこの配置はいわゆる「右にズレて3枚」の形になるでしょう。このように全ての可変はどのスペースを誰に取らせに行っているかが違うだけで皆同じだと言えます。

繰り返しになりますが、なにも可変は2枚に対して3枚というような数的優位を作り出しにいくためにするのではなく、照準を合わせるスペースを変更するためにするのです。大事なのは可変を施すことによってどこのスペースを捨ててどこのスペースを取りに行ったか。先ほどの例で言えばサリーをしたところで、トップの脇をとる両センバの運ぶドリブルの能力が低くラインを超えられないのならば、数的優位を作り出した意味がありません。

クロースのように出し手として優秀な選手がいるのなら無理に背中で背負わせずに相手守備ブロックの手前に下ろしてやればいい。メッシのようにライン間でも遜色なくボールを捌けるアタッカーを擁しているのなら降りてこさせればいい。偽9番も、最終ラインの背後というスペースを利用することを捨ててライン間というスペースを取りに行くポジションチェンジです。

だからこそスペースの価値を定量的に算出し、価値の総和ΣVが最大化する配置を考えれば、それがすなわち最適な配置ということになるでしょう。

余談ですが数年前のCLで破竹の快進撃を見せたアヤックスのようなオーバーロード&アイソレーションは定義に基づいたポジショナルプレーではないと考えています。価値のあるスペースを捨てて同サイドに人数をかけるのは最適なスペースに最適な選択肢を配置しているとは言い難いです。

ゆっくりと前進する

では最後に「ゆっくりとボールを前進させる」という部分について。
従来のポジショナルプレーの説明の大半にはボールを動かすテンポについての言及が少ないのですが、非常に大事な要素だと思います。

「ゆっくり」とはボールスピードのことではありません。ボールを動かすことによる相手のリアクションに対してゆっくりプレーを判断できるようなテンポを指します。テンポを上げないために必要なのは、選手個々がしっかりと認知できる状況にあることです。「ただでさえ複雑なサッカーの複雑性をさらに上げたりしないこと」がポジショナルプレーの実装の上で非常に重要になってきます。

ポジショナルプレーを実践するチームは人とボールが同時に動きません。出し手がルックアップした瞬間には既に受け手はポジションに入っている。動くのは相手と、ボールに関わらない味方だけです。イメージとしてはパス&ゴーではなくパス&リポジション。人とボールが同時に動くのでは複雑性が高まり過ぎます。テンハーグアヤックスのような、受け手が「どこにいるべきか」ではなく「どのように動くか」が重要なサッカーはポジショナルプレーとはむしろ対極にいると言えるでしょう。

終わりに

このようにポジショナルプレーの根幹を成すのは「スペースの価値」であり、サッカーというゲームの攻略法を「ピッチ上に散らばるスペースという資源を正しく評価し利用すること」と主張しているのがこの概念であると言えます。
逆に言えばここに入っていない様々な要素は定義ではなく現象・特徴です。ピッチに常に散らばる価値あるスペースに人を配置していけばそれは自ずと5レーンに沿って散開する配置になるでしょうし、オフサイドという制約のかかる裏のスペースよりも確実に価値あるスペースを利用していこうとなればダイレクト志向よりもショートパス志向の強いチームが出来上がります。

言い忘れていましたが、このポジショナルプレーの定義ではボールを保持していることが前提となっており、ポジショナルプレーをあくまで攻撃の局面における考え方と位置付けています。ただし、あくまでポジショナルプレーをしているチームは皆、ボールを保持しているというだけで、保持しているだけで成立、というわけではありません。

こうしたポジショナルプレーの定義に基づいた原理的なチームは世界を見渡してもそう多くはありません。なぜなら定義はあくまでも定義であり、定義通りにプレーしたからといって勝利できるとは限らないからです。
ただ、シャビ就任当初のバルセロナは非常に定義に根ざしたチームだったと言えます。ピッチ上に均等に散開し、重要なスペースに選手を配置することでゆっくりとペースを握る。左サイドはジョルディ・アルバに幅を取らせてフレンキーを落とし、右はペドリにライン間を取らせて大外をトラオレで殴る、という選択肢を最も活きるスペースに配置する起用法も非常に効率的でした。

定義に根ざしたポジショナルプレーとは本来このような「あるスペースを取る選手が決まっている」「価値あるスペースから離れない」というとても静的なサッカーです。ただ静的な配置は容易に対策されてしまいます。ウイングにデンベレ、ライン間部隊にダビド・シルバならばそうした静的な配置でも勝てるかもしれませんが、発達した現代サッカーの守備戦術ではそう上手くはいきません。

これに対して、ペップをはじめとする名将たちが独自のエッセンスを加えたのが現在のポジショナルプレーになっています。
例えば三角形を旋回させてポジションバランスを崩さずにポジションチェンジをしてみたり、レーンをかぶせて配置を部分的に崩して敵に認知負荷をかけたり、手前を大量に作って敵を引き摺り出し、その背後へ落としたり、部分的にスペースで待ち合わせさせてタイミングをずらしたり、、
ただ、そうした多様なサッカーの源流にはこの定義が隠れているのではないでしょうか?

もちろん、この定義は僕個人のサッカー観に基づくものですし、本来概念とはこのように堅苦しく縛り付けておくものではないと思います。むしろ誰かと意見を交わし合うことでより洗練された定義を得られるのではないかと期待しています。意見があればぜひお寄せいただけると幸いです。最後までお読みいただき、ありがとうございました!

東大ア式蹴球部テクニカルスタッフ2年 高口

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