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『サバイブ』#3

和やかであった店内が、がらりと空気を変えた。

一発の破裂音と、その発信源である男が銃を掲げている姿。
実際には音と姿を目にしただけだというのに、皆一様に硬直している。

客の一人の女性が、金魚のように口を開閉させる。
何かにすがるように周囲を振り替えり、また視点を合わせては口をぱくぱくと動かした。
状況を飲み込めないのだろう。
そりゃあこんな状況、そうそうない。

「う、動くな!」

銃を掲げた男まで動揺しているのか、声が上ずっている。

「ひっ」

女性客が短い悲鳴とともに両手を小さく上にあげた。

「そう、みんな手を上げろ。まずお前、入口を閉じろ。早く!」

指名された年配の男性行員が、テーブルの裏へ回り、何やら操作した。
短いメロディーが流れ、入口の扉のフィルターが変わった。

改めて扉の前に来た男性客が、切り替わった扉の前で立ち止まり、首を振って方向を変える。
今外からは、メンテナンス中だかの案内が映されていることだろう。
普段は明るく和やかな行内を映すよう、今は全ての店が対策している。
それは音に対しても同様で、先程の破裂音は行内に響いたけれど、通りを歩く人々は振り返ることもない。おそらく数分前と変わらずスローテンポの音楽が控えめに流れているだけなのだ。

イメージアップのための技術をこう利用するとは。

能天気な気分であれば天晴と言いたいくらいだ。

「よし、全員そこの角に集まれ。俺の前に携帯機器は出していけよ。持ち物全部、鞄ごとだ」

銃先を絶えず変えながら、男がじりじりと中央に寄る。
それぞれがおどおどと携帯機器を投げ捨てるように置き、すぐさま示された椅子に座らされる。
待機のための椅子には、なるほど、機材の類が何も無い。椅子しかない。
助けを呼びたくても扉の案内が書き換えられたいじ入口から外に応援を求められないのだから、携帯機器を使うしかないのだが、どうやら全員が素直にも男の前に提出したようだった。

さて。どうしようか。

さすがに焦りが出てくる。

手放したくはないけれど、携帯機器をまったく持っていない状態で生活しているなんて有り得ないのだから、何も出さないで男の前を通り過ぎることは出来ないだろう。

「おい!時計も外せ!」

「えっ? あっ、はい!すみません!」

片手に持った銃を天井に向けたまま、黒い受信機のようなものを握りしめたもう片方の手で、行員の男の行く手を遮る。

時計までも見落とさない。
これはますますとぼけるのが難しいかもしれない。
手に持った受信機のようなものが感知機器だとしたらなおさらに。

場の空気が伝わるのか、さすがのケイジさんもイヤホンの向こうで黙っている。

「次」

男に促されて、ポケットの中身を置く。
男を正面から見ると、モニターと化した視界の半分に男のデータが表示される。

顔を隠してはいるけれど、眼球や骨格は隠せない。

アルクバイヤ。26才。逃亡中。

ため息をつきそうになり、慌てて飲み込む。

ケイジさんが待ってろっていうから、怪しいとはおったんだよ。
どんぴしゃじゃん。

「次」

髪に隠れたイヤホンを取ろうと手を持ち上げる前に、男の声がかかった。
視線はすでに俺の後ろの女性客に向いている。

どうやらイヤホンの存在に気づいていないらしい。なぜだかはわからないけど、これなら問題はない。

そのまま指示された椅子へ向かい、周りと少しだけ離れて腰を落とす。

どういうことだ?

疑問が残る。

なぜ、イヤホンを見逃したのか。
どうして、ケイジさんは逃走犯がここに来ることが予測出来ていたのか。

ケイジさんはこの後どう動くべきだと考えているのか。

外を歩く人々は逃走犯がいることも、その逃走犯が銀行強盗になったことも、銀行強盗がまさに目の前の銀行で起こっていることも知る由もなく、生活をおくっている。

差し込む日光の明るさに、やはりくらりと目眩がした。

つづく

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