私の好きなもの

赤。私の好きな色。
晶。私の好きな人。

 私と晶が出会ったのは、高校2年の時。クラス替えで同じクラスになって、たまたま席が近かったからよく話すようになった。晶は背が高くて頭も良くて、そのくせ(?)誰にでも優しくて。なんというか、そう、完璧な人だった。
 色々なことを話した。1年の頃からお互いに認識していたこと。お互いにちょっとした理由で話しかけられなかったこと、そしてお互いの秘密。これを話したら友達じゃ居られないかもしれない、そんな秘密の1つや2つ、誰にでもあるじゃないか。そういうものをお互いに明かすまで、不思議と時間はかからなかった。これが「惹かれ合う」って事なんだろう、なんて馬鹿みたいなこと思ったりしていた。これはもちろん晶には内緒だ。

 晶は、私のピアスが好きだと言った。中学の頃に「大人になりたい」っていうくだらない理由で開けた右耳のピアスと、高校に入って「バランスが悪い」っていうくだらない理由で開けた左耳のピアス。「控えめで君らしくて、好きだよ」そんな言葉だけで私は天に昇るくらい嬉しかったし、その様もまた好きだと言われて、すごく恥ずかしくなったのを覚えている。
 「私も開けようかな」という彼女の言葉を、私はどうしても受け入れられなくて、初めて大きな喧嘩をした。お互い、そんなに意見が食い違うのは初めてで、どう仲直りしていいのかわからないような状態になってしまった。数日の冷戦の後で、私の「そんなに開けたいなら、私に開けてよ」という、空回りこの上ない提案でこの喧嘩は決着した。晶には申し訳ないけれど、あの時の晶の顔は忘れられない。目を丸くした可愛らしい晶を見られただけで、喧嘩もいいものだったと思うくらいに、そう、私は晶に陶酔していた。依存と言ってもいいかも知れない。

 晶が私の胸元にボディピアスを開けてくれた。少し雑菌が入ったのか、しばらくの間腫れてしまったし、中々出血が治らなかったけれど、傷口から滲む赤い血も、ジクジクとした痛みも、少し熱を持った感じさえも嬉しかった。晶が私にくれた「初めて」だ、なんて白地に恥ずかしい事を思っては、1人で悦に浸っていた。誰がどう見ても変態だ。
 炎症も治まり、私の肌が元の色を取り戻した頃、晶が珍しく饒舌に語ってくれたことがあった。「ピアスはね、ピアッシングっていう穴を開けるという言葉から来ているんだ。それに、ピアスっていうのも和製英語に近いんだよ。英語では日本でいうピアスは、イヤリングと総称して呼ばれるんだ。実に外来語チックなのに不思議だろう?それとね、ピアスはタトゥーと同じで魔除けや霊媒としての位置付けが強かったんだけど、それが最近ではファッションの意味合いが強くなっている。君のそのピアスも、君にとても調和していて素敵だと思う」その話を聞いて私は益々依存していく気持ちが強くなるのを感じたし、続く言葉でそれを一層強く確信した。
「私はね、君が『自分に開けてほしい』って言った時に、他の誰も君に近づいてほしくなくなってね、魔除けとして君に穴を穿つことを決めたんだよ」普段全然見せない晶の独占欲に、私は正直興奮していた。その後に「なんて、ペダンチックに言ったところで独占欲丸出して恥ずかしいから、もう二度と言わない」とはにかんだ笑顔付きでオーバーキルにも程があった。

赤。私が好きになった色。
晶。私が好きになった人。

これからもずっと。このピアスが胸にある限り、私に魔は憑かない。
大好きな人がその独占欲を刻みつけてくれた印だから。誰も私に取り憑けない。

ーーーー キンッ

 何かが床に落ちた音。

 ああ。ああ。
 もう我慢しなくていいんだ。
 仕方ない。これはきっと、私に憑いた魔の所為だから。

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