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6 掛りの瞬間

取り込むまでの全てがスリル&サスペンス
息を詰めて竿操作、意のままに動かぬオトリ、何とか狙うポイントに接近、全力で体当たりを食らわせる野鮎、小さなくせに大きく竿をしならせ流れを疾走する。そして遂に取り込む美しき姿態、その全てがスリル&サスペンス。

深く透明な流れの底、閃光一閃オトリに体当たりを食らわせ駆け抜ける野鮎。鮎師を一番興奮させる瞬間。その時、野鮎は自分の体の異変に気付いているのだろうか?
キター! 竿を立て拝み持ち、一瞬後のグーンと来る深掛かりを待つ。深く背掛かり、まず外れることは無い、足場も悪くはない。こんな時は効率的な引き抜きより、竿を担いで道糸を手繰り一進一退掛距離を詰め、掛り鮎との駆け引きを楽しみたい。時間をかけて引き寄せ、疲れた頃を見計らい摘み糸をつまんでタモに落とし込む。
何をもたついているのだと思われそうだが、この瞬間、至福のひと時。

目印をズボッと流れに引き込み、深瀬をグングン上がる姿なき掛かり鮎。
これは紛れもなく大物、コントロール出来ずについて上がる。下手に逆らえばどんな行動に出られることか。ここは取り敢えず思うがままに泳がせ、疲れを待とう。時々竿を立て、疲れ具合を聞いてみる。チョン、グーン、思い切り抵抗される。バラシを心配しながらのこの短き時間、至福のひと時だったと思うのは、取り込んで一息ついた後。
何度かのチョン、グーンの後、遂に取り込み態勢。これもやっぱり竿を肩に、道糸を手繰り寄せ、野鮎との駆け引きを十分楽しんだ後タモに落とし込みたい。そして、思った通りの姿良き大物を目にする。

コン! 竿先に感じるか感じないかの小さなショック。
ウン、針先が底を掻いたのかな? その後も目印は普通に揺れ進んでいる。だが何となく変、取り敢えず聞いてみるか、竿をシャクル。その動きに掛かり鮎が異常反応、グィーンと上手に走る。自称名人の鈍感さ、その時やっと大物掛かりに気付く。いや、鈍感なのはその掛かり鮎も同じ、掛け針が背中に乗っていることに気付いていなかったのか。大物のアタリ! と瞬時に判断するには何度かの経験が必要。
そしてこれほど友釣り師を大きく緊張させる極小アタリは無い。

深く清く緩い流れの中、背負い投げを食らったように、いきなり叩きつけられ底に張り付くオトリ。何なんだ! 一瞬根掛かりを疑う。いや直ぐにオトリは立ち上がり、グングンヒラヒラ引き摺り回され始める。掛かり鮎の姿を目にしてはいないが、あれは背掛かり大物に違いない。
あの時、私は一体何をしたかったのだろう? 大岩の斜面にしゃがみ込み、岩に囲まれた流れの小石底を狙っていたのだが、あまりの出来事に我を忘れてしまったのだろうか。
いや、外れることは無いだろうという安心感から、引きを楽しむ事にしたのかも知れない。寄せるでもなく、抜くでもなく、ただ引きを楽しむ。結局バラしてしまったのだが、残念感が少しも残っていない。
このポイントは朽木の下流域だが、意外な大物が潜んでいる。以前目にした大物は、岩盤底の斜面で中型主体の群れ鮎に混じって食んでいたのだが、体長、体高とも図抜けており仲間達より二回り以上大きく見えた。オトリに背負い投げを食らわせた野鮎もそのくらいの大物のはず。
数十シーズン前のことだが、叩きつけられ底に張り付くオトリの無様な姿が今も目に焼き付いている。

荒瀬の中、ガガーッと下る掛かり鮎。腹掛かり? 落ち着け掛かり鮎よ! 傷が大きくなるぞ、いや、取り込み難いだろう。危なっかしい足取りで付いて下って何とか取り込む。痛々しい腹傷、それ見たことか重症だ。これでは直ぐにスタミナ切れだ。
だが今日は不調、オトリ全員疲労困ぱい、悪いが何とか頑張ってくれ。オトリに替え放し、一瞬の勝負に賭ける。

荒瀬脇、グングン進む元気オトリ。突然目印が横っ走り、荒瀬の中へ走り込む。私の中に緊張が走る。その後のグンと来るアタリを待ち身構える。しかし、期待した反応何もなし。掛け針が蹴られたのか、それとも元気オトリ、追われた瞬間荒瀬に飛び込み難を逃れたのか。元気過ぎるオトリも考へものだ。

ツンツン、フラフラ進む目印。浅めの瀬トロ、透明過ぎる流れ、磨かれた赤褐色の石列、苔食む中小の野鮎達、目印を引き連れ小刻みに前進するオトリ、そして目印が小さく震える。ああ! なんという清々しいアタリ。
野鮎とオトリの引き合う姿、水面を通してハッキリ見えます。その引きを楽しみながらユッタリ取り込む。美しく可憐な姿、ほのぼのと嬉しい。

少し深めに瀬トロ、ゆっくり進んでいた目印が止まる。一瞬の後、渦を掻くようにユラリユラリと下がる目印。ゴミ掛かりかな,いやちょっと違うこれは掛りかも、半信半疑で竿を立てる。動きが止まる。掛かり鮎、可笑しいと思いながらも、掛け針が乗っていることに気付いていないのか。それなら針掛かりを教えてやろう。少し強く糸を張る。掛かり鮎が反応する。それでもなお動きが鈍い。強く寄せを試みる。今度は力強く抵抗する。
やっと気付いたのか、鈍い奴だ、だがもう遅い、釣り師有利のタイミングで引き抜く。意外や背掛かり良型だ。

まだまだ色んな掛りの瞬間がある筈なのに思い出せない。



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