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19 糸鳴り

長良川郡上にて
当時、釣り糸はナイロン糸のみ、もちろんメタルラインは無く、フロロカーボン糸が出てくるのはもう少し後。
使用する道糸の太さは0.4号~0.6号、今と比べればかなりな太糸。荒瀬で大鮎を掛け、走り回られると、キーンキーンと糸鳴りがしました。

竿出したのは長良川郡上、稲荷橋上流の荒瀬。ズボッ! 目印が沈む。キターッ、竿を立て目印の泳ぐ先を追いかける。荒瀬を縦横無尽に疾走する野鮎、竿を溜めるもコントロール効かず、限界まで伸び切ったナイロン糸、川風を切る不気味な糸鳴り。
糸が切れないかという不安、緊張を倍加させるキーンキーンという金属音。小さな飛沫を立て荒瀬を切り裂く水中糸、どんな大物なのだ、道糸も竿も極限まで耐える。キーンキーン、耳打つ金属音、まだまだ続く。流勢を利用し下流に逃げようとする掛かり鮎、そうはさせぬと竿を溜め堪える私、何とか逸走を止める。直ぐに竿を上手に寝かせ、流れに押され掛かり鮎達が寄ってくるのを辛抱強く待つ。

あんなにも私を恐怖に陥れていた糸鳴り、もう聞こえない。それでもまだ切れるかもしれない不安との闘い、更に一進一退、掛かり鮎との掛け引きが続く。少しずつ掛かり鮎が寄って来て、後僅かで道糸に手が届く,ああ! まだ元気、ズズッー、思い切り遠ざかる。
更に忍耐が続く、だが掛かり鮎、流石に疲れてきたようだ、あと少し。引き続き竿を寝かせ耐え続ける。その甲斐あり、流れに押され次第に寄って来て、やっと道糸に指が掛かる。タイミングを見計らって竿を肩に担ぐ、これで両手がフリー、交互に道糸を手繰れるようになる。
しかし、まだまだ続くスリル&サスペンス。取り込めるかどうかの緊張感、掛かり鮎が走れば糸を滑らせ、弱れば手繰る、もう摘み糸は直ぐそこだ。
引き回され疲れ切ったオトリ、掛かり鮎の負担になっているはず、にもかかわらず掛かり鮎まだ元気。ギラリ反転、間違いなく大物、ドキンと高鳴る鼓動。何度かの糸の出し入れ、もう耐えられない、勝負に出る。
肩の竿を担ぎ直し、右手指でブレーキを掛け、左手を大きくの伸ばし流れに突っ込む。やっと掴めた摘み糸、掛かり鮎達をあやしグイッと引き抜く。
観念したか背掛かり鮎、精一杯鰭を張るのみ、タモに落とし込みやっと安堵。
タモの底、荒い息する掛かり鮎、力を尽くして戦った誇り高きライバル、勝ち誇ることなく見つめる私。短くて長い至福のひと時が終わる。

たった一匹の野鮎がくれる満ち足りた感動。掛ける度にこの充足感を味わいたい。
しかし、何時もそうは行きません。掛かり鮎が大きければ大きい程、高まる糸鳴りと私の緊張、あまりの大物に耐え切れず、遂にピキーンと高切れ。悔しさを水面に扱き残して去る掛かり鮎。竿先にひらつく糸端し、茫然自失の体で眺める。友釣りの天国と地獄、この一瞬の間にあり。あのキーンキーン、次はどっちの予兆になるのだろう。


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