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52 民宿で鮎塩焼き


いつも鮎仲間と行動を共にしていた頃。その日は、6人程で、はるばる和歌県・日置川に二泊三日で遠征しました。泊まるのはダム湖バックウォーター傍の小さな民宿兼オトリ屋。
初日、支流・前ノ川で竿を出し、皆、少ないながらも良型鮎を何匹か掛けていました。その頃、仲間達との暗黙のルールは、その日掛けた最大の鮎を、民宿で塩焼きしてもらうことでした。

その日も、それぞれが掛けた大物を大事そうに、いかにも惜しげに差し出し塩焼きを依頼します。
どれが誰の掛けた鮎かは、名前タグを打たなくても分かります。最高のスリル&サスペンスを経験させてくれ、更に何とか取り込み、大きな喜びを与えてくれたその日一番の大物。皆、その大物の顔を、取り込んだ時、オトリ交換した時、いや、もったいなくてオトリに使えなかったかもしれないが、釣りの途中でも引き船から引きずり出し眺めていたかもしれません。
その姿形、十分脳裏に焼き付け、ひょっとしたらエクボや、シミまで覚えているかも知れません。
そんなもの鮎にあったかな?  例え踊り串を打たれ、塩焼にされ、見た目が変わっても、見間違うことはありません。

それぞれの塩焼きが上がって来ました。其々の塩焼きを自分のお膳に置き、それぞれの鮎の大きさを自慢します。明らかに身長差のある鮎、微妙な差の鮎、お互いなかなか譲れません。
それはそれとして、皆が目の前の塩焼き鮎との武勇伝を語り始める。どこで掛け、その鮎がどんなに抵抗したのか、どんなに苦労して取り込んだのかを。目の前の、蓼酢を添えらた塩焼鮎にとっては、腹立たしい限りです。「いさぎよく塩焼きになってやったのだ、熱々の内に食らえ、口角泡を飛ばすな」 怒りで叫び飛び跳ねそうです。しかし、塩焼き鮎の気持ちを無視し、武勇伝は延々と続く。

そして、ついに話し疲れ、鑑賞し過ぎた鮎をいただく。美味い! うま過ぎる。大鮎、骨を抜かずに身と腸を食べる。きれいに食べ終わり、更に骨だけになった鮎を自慢する。ああ!  大鮎は骨になつてまでも美しい。更に、延々と話は移り変わる。実に楽しい。

こんなにも掛けた鮎を語り、美味しくいただき、更に骨まで自慢してもらえる。釣られた鮎、これほど名誉なことがあるだろうか、納得して成仏できるだろう。完全に鮎師の自己満足で宴は終わる。

こんなに大きな鮎を、オトリに使うのは勿体ない。明日はオトリを各自五匹は用意しようと、衆議一決。
「エエッ! そんなにオトリを用意してないで」というオヤジの声は無視。
明日の釣果を期待し、眠りにつきます。


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