明日の朝恥ずかしくなるいつものやつだとしても

望外の拍手と喝采をあとに、ちまちました事務を残してきた仕事場へ。結局生徒が来て、補習まで見て、この時間。

劇団員やって18年。塾講師はじめて18年。いつの間にか、どちらも人生の半分も続けてしまっている。

心地良いような、確実に足腰に来るような疲労感。この時間でもベタつく背中の汗と、どこからか虫の声。

半日前にはシアタークリエに立ってネタやってという非日常、それと、今シフト整理してタイムカードを切ってという日常の、繋がるようで繋がらないことに感じ入る夜道。別に特別なことはない気がするけど、おれの乏しい人生経験が、なにかの意味を持たせたがっている。

『黄金のコメディフェスティバル』で念願のグランプリを取ったあと、そしてその(ほぼ)主演としてバシバシ笑いを取ったあと、夜勤バイトのために誰よりも先に帰っていった、まるで大好きな映画『8mile』のような、矢吹ジャンプのあの背中を思い出す。安易なナルシズムだとわかっていても自分を重ねてしまう。

どうせなら、とヘッドホンから『Lose Yourself』。酔わば徹底的に酔え。

おれは夢や目標があって芝居を続けているわけじゃないけど、ずらっと並んだ客席と空間の広さに戸惑った分、そこに拡がる笑い声は、やはり格別だった。おれ自身がなにかを成し遂げたとは言うつもりはないけど、「受け容れられた」という確証が深いのは、ホームでないからこそ。

同時に、反省と対策もいつものように吹き出して、充足感を上塗りしていく。その「いつも通り」の感じが、変な自信になっている。

当たり前だけど、シアタークリエだって、「劇場」なんだ。

なんだろう、なにが一番嬉しくて誇らしいって、たぶん「間違ってなかった」て思えていることだ。「正しかった」とは全然言えないけど、「間違ってはなかった」。

でもどうせ、明日の朝にはまた今日のステージの後悔が襲ってきて、そのための改善と最適化に追われるんだろうけど。いつもどおり。



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