よい指導者になるには何が大切だと思いますか? 森下 茂(月刊トレーニング・ジャーナル2024年1月号、連載 トレーニングコーチが直面する課題 第10回、最終回)


森下 茂・School of movement認定マスターコーチ

連載目次
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 この連載「トレーニング指導者が直面する課題」も、今回が最後になりました。最後にふさわしいというか、むちゃくちゃ難しいテーマについて、私が出会った指導者の中でもとくにリスペクトしている2人の話を紹介し、そこからヒントをもらえればと思います。

私の師

 私の高校野球部時代の助監督は、妥協を絶対に許さない厳しい人でした。当時は30代前半だった助監督ですが、なんとも言えないオーラがありました。佇まいが違うと言えばよいのか。言葉で表現するのは難しいのですが、俳優の高倉健さんのような感じで、言葉のひとつひとつが重たい、響く、そんな存在でした。高校を卒業して35年以上経っておりますが、私の人生の中で、助監督のような人には、1人を除いては出会えておりません。私の人生において、最初の師であり、人生の師ともいえるのが助監督です。

 とはいえ、高校時代は助監督とまともに話をできたことはなく、むしろ、私がトレーニング指導者になり10年ほど活動してから、定期的に話をする機会をいただいております。定期的に話をする場とは、同期と1つ上の学年との合同の忘年会になります。13年前から毎年開催し、その場に助監督も毎回出席してもらっているのです。

 忘れもしないのは、その第1回目の忘年会のことです。私が幹事だったこともあり、助監督には、最初の挨拶をお願いしようと思っていました。しかし、当日、助監督は遅刻して忘年会にやってきました。到着するやいなや、助監督に挨拶をお願いしました。すると、助監督は遅刻の理由を話し始めました。

「今日遅刻してしまったのはね、俺はね、今、〇〇中学の野球部の監督をやっているんだよ。で、今日は午後から練習だったんだよ。そうしたらね、ノックをしてたらやめられなくなってしまったんだよ。当時、お前たちを指導していたときと同じで、『こいつをなんとかしたい』、そう思っていたらノックをやめられなくなったんだよ」と。

 現役時代、助監督のノックは、まさに助監督と選手たちとの会話、いや闘いの場でした。

 それぞれの守備に散っている選手たちは、「ノッカーこいよ!」と大声で呼ぶ。その声を聞いて助監督がノックをする。ところが呼んだ選手がエラーをする。すると、助監督のノックは止まるのです。すかさず、エラーした選手が「ノッカーこいよ!」と再び大声で呼ぶ。同時に、ほかのポジションからも「ノッカー、こっちこいよ!」との声がさらにデカくなる。なんとも言えない間(ま)の後に、助監督が再びエラーした選手のところにノックを打つ。

 再びエラーする。すると、先ほど以上に、助監督のノックを打つ手は止まり、代わりに全ポジションから怒涛のような声が飛ぶ。「ノッカーこいよ!」と。そんなことが、まさに毎日繰り返されていたのです。

 しかし、当時の私は、助監督がどういう気持ちでノックをしているかなんて考えたこともなかったです。卒業して20年以上経ってから、ようやくそのときの思いを忘年会の挨拶の場で聞けたのです。

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