パフォーマンス低下の兆候を早期に対処 ──センシングデータを活用した投手のコンディショニング|橘 肇(月刊トレーニング・ジャーナル2023年6月号、連載 実践・スポーツパフォーマンス分析 第18回)


橘 肇・橘図書教材、スポーツパフォーマンス分析アドバイザー

監修/中川 昭・京都先端科学大学特任教授

(ご所属、肩書などは連載当時のものです)

先月に続き、野球におけるデータ活用の取り組みを紹介する。今回取材した大学硬式野球部では、公式戦の期間中において、球質分析や主観的疲労度などのデータを投手のコンディション管理に効果的に活用できたという。

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https://note.com/asano_masashi/n/nb58492f8076d

 2月28日、3月1日に東京で開催された日本コーチング学会第34回大会(会場:日本体育大学)に参加していた私は、あるポスター発表のタイトルに目を引かれました。梶田和宏氏(京都先端科学大学健康医療学部健康スポーツ学科講師)による「大学野球選手におけるセンシングデータを活用した投球動作の指導法およびアセスメント法の検討―事例研究型混合研究法デザインによるコーチング・ポートフォリオ作成の試み―」 1)です。球質測定装置で測定した投手の球質データ、VBT(Velocity Based Training)デバイスによる体力測定のデータ、そして主観的な疲労度などのデータを活用して、投手のコンディション管理を効果的に行うことができたという内容でした。京都先端科学大学は、京滋大学野球連盟の2022年度秋季リーグ戦において、最終節の試合に連勝して逆転優勝を果たしました。その試合に向けたコンディション管理をどのように行ったのか、発表者の梶田先生を学会後に改めて訪問し、お話をうかがいました。

春の失敗を繰り返さないために

――現在、硬式野球部にはどういう立場で関わっておられるのですか。

梶田:2021年度から京都先端科学大学に赴任すると同時に、硬式野球部にも関わりました。現在は副部長としてチームのさまざまなマネジメント業務を行いながら、情報戦略/分析担当コーチとして指導にもあたっています。分析担当コーチとしては、もちろん対戦相手のスカウティングも行いますが、4年生の部員の就職活動にもデータを活用することがあります。たとえば、公式戦で目立った実績を残すことができなかった選手について、将来大きく成長する可能性があることを球質のデータを使って説明したことで、社会人野球チームでの採用につながったこともあります。

――情報分析以外に、選手のコンディショニングも担当されているのですね。

梶田:現在、チームには専属のトレーナーがいません。そこで研究も兼ねて、選手のパフォーマンスやコンディショニングに関する何かしらの情報を数値化して、コンディション管理を行う体制づくりができたらと思い、昨年の春から取り組んでいるところです。日本コーチング学会の研究助成金と、大学内の研究助成金にそれぞれ採用されたおかげで、機材を揃えることができました。球速測定装置(ラプソードPITCHING 2.0、Rapsodo Japan)とVBT 装置(PUSH2.0、エスアンドシー株式会社)を購入して使用しています。測定は昨年の春から始


めたのですが、春のシーズンは選手たちに測定に慣れてもらう期間と考えました。選手が測定を特別なことと捉えて普段より頑張ってしまい、体力測定のようになることは避けたかったのです。

――測定データを実際にコンディショニングに導入するまでに、準備期間を設けたのですね。

梶田:監督やコーチは昨年春のリーグ戦を振り返って、選手のコンディションを十分に把握できなかったと、話していました。たとえば投手にコンディションの状態を尋ねても、「大丈夫、投げられます」という答えしか返ってきません。また、実際に投げているボールを見てあまり調子がよくないと感じても、測定しているデータが球速だけなので、そこに変化が現れていないこともあります。結局、選手の言葉だけを頼りに、試合での起用を考えたり、練習での球数を管理したりする方法しかなかったのです。昨年春のリーグ戦は最終節に負けて優勝できなかったのですが、シーズンが進むにつれて選手のコンディションが悪くなっていくのを感じました。試験的に測定していた球質のデータを振り返ってみると、やはりボールの回転数や回転効率といった数値が悪くなっていたり、球速が落ちていたりする傾向が見られました。そこで、秋のリーグ戦に向けて、こうしたデータをコンディショニングの中に活かせないかと考えたのです。とくに先発投手の軸として毎週の試合で投げることになる2人を対象に、秋のシーズンを通していい状態で投げられるようになることを目的としました。この2人のコンディションを管理することが、チームの勝利につながる可能性が高いと考えたからです。

選手を主体に置いたコンディショニング

――収集するデータの種類やタイミングについて教えてください。

梶田:公式戦前のオープン戦の時期から公式戦の期間中にかけて、投手は週に2〜3回ほどブルペン(投球練習場)での投球練習を行います。基本的には、その際に不定期で球質の測定を行いました。そこで出てきた球速や回転数、回転効率といった数値を僕が見て、いつもと何か違うなと感じたとき、体力測定や質問紙によるコンディションのチェックを行いました。「何か違う」というのは、数値が悪くなっているときだけではなく、よくなっているときもあります。コンディションのチェックは、PUSH2.0で測定したリバウンドジャンプの反応筋力指数(RSI:Reactive Strength Index)(客観的疲労度) 2)と、質問紙によるVAS検査(主観的疲労度)を主に使用しました。

――測定のスケジュールは、あらかじめ決めておられないのですか。

梶田:球質の測定もコンディションのチェックも、あらかじめ「この日に行うよ」と予告していると、特別なことになってしまいます。ですから、ブルペンで投げる際には球質測定は常に行う、そしてコンディションのチェックは、いわば「抜き打ち」で行うことで、選手が予測していない状態でデータを収集するようにしました。また、あくまでも本人の意志も尊重できるよう、選手自身が「今日は測定したくない」と思う場合はそう申し出るよう伝えていました。選手がどんなときに測定をしてほしいのか、どんなときに測定をしてほしくないのかという情報もまとめていくことで、選手を主体に置いたアスリートファーストのコンディショニングにつながるのではないかと思っています。選手が「自律から自立へ」向かうことのできる練習環境を整えるために、コンディション管理の新たなアプローチ法として試行錯誤しながら実践しています。

――それらのデータを、どのようにコンディション管理に活用したのでしょうか。

梶田:昨年秋のリーグ戦の期間中(8月〜10月)、2人の投手についてこれらのデータを追跡していきました。すると、リーグ戦の中盤(9月)に球速、回転数、回転効率といった球質測定の数値の低下、そして反応筋力指数(客観的疲労度)の低下が2人のいずれにも見られました。またVAS検査による主観的疲労度の増加と、投球感覚の違和感も見られました。

 そこで、まず1週間のうちブルペンで投球練習を行う日数、そして1回の投球練習で投げる球数に制限をかけました。球数については、それまでも毎日の練習メニューと投球数を選手自身に記録させ、ヘッドコーチのほうで管理していたので、それを援用しました。またリバウンドジャンプによる反応筋力指数(客観的疲労度)のデータから下肢の筋力に疲労が見えたときには、ランニングの量の調整を行いました。具体的にはスプリント系のランニングの量を減らし、スピードをちょっと下げて距離を走らせる快調走のようなランニングを入れていきました。

――投球練習の日数や球数を減らす指示に対して、2人の側から不安の声はなかったでしょうか。

梶田:2人とも春のリーグ戦の終盤に疲れが出たという経験があるので、夏のうちから自主的に投げない日をつくったり、球数を減らしたりするという工夫をしていました。そうすることでリカバリーできるという経験を踏んできていたので、投球練習を減らすことに不安はなかったようです。春と秋のリーグ戦の間に、そういう準備ができていたという感じです。とくにA投手は毎日でもブルペンで投げたいというタイプだったのですが、秋のリーグ戦の中盤には自分でも疲労を強く感じていたようで、非常に前向きに取り組んでくれました。

データの伝達にも選手との関係性が重要

――梶田先生のそうした方針について、監督やコーチの方の反応はどうだったのでしょうか。

梶田:まだまだ野球界には、たとえばコンディションが悪くなったときほどランニング量を増やせというような考え方が残っていると思います。しかし、ランニングの量よりも内容(質)を変える、また緩いキャッチボールの球数は制限せず、ブルペンでの強度の高い球数を減らすことでボールを投げる感覚を保ちながら疲労を回復させるといった、量より質のコントロールが大事だと思います。僕のこうした方針について、監督やヘッドコーチのほうでも十分に理解、納得してくれました。優勝に向けた最も大事な10月の試合の前には、2人の投手ともに、球質測定、反応筋力指数(客観的疲労度)、VAS検査による主観的疲労度のいずれの数値も改善の傾向を示していました(表1) 3)。

――データの活用が見事に当たったという感じでしょうか。

梶田:データも大事なのですが、それだけではなく、僕と選手の間の良好な関係性、心理学の用語で「ラポール」と言いますが、それができていたことも大きかったと思います。コーチングはデータだけを伝えれば選手が受け入れるような単純なものではなく、その背景が大事です。選手が本当にコーチのことを信頼して、納得して実践しようという気がなかったら、多分変わっていくことはありません。

 昨年は僕とピッチングコーチがチームに関わって2年目、監督とヘッドコーチも就任して3年目でしたので、ちょうど選手たちとの関係性もできてきた頃だったと思います。僕と監督やコーチの関係も同じで、野球では結局采配するのは監督とヘッドコーチですから、このアナリストの言うことを聞いてもあまりうまくいかないと思っていたら、多分実践してもらえなかったと思います。

――今後、どのように展開していくお考えでしょうか。

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