『スポーツ・トレーニング理論』第12章 トレーニング構成の計画・管理


村木征人

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https://note.com/asano_masashi/n/n40aa5f53a648

毎日行われるトレーニング課業の内容、手段・方法は、どのような基準で選ばれ配列されるべきなのか? 合理的なトレーニング計画の立案に際して、一般的なトレーニング構成の原理・原則は、トレーニング構成にどのように反映すべきか?

本章では、基本的なトレーニング構成原理および計画立案上の留意点などに関して、スピード・筋力系の種目を主な具体例として扱う。

マトヴェイエフ(1977) 57) も指摘するように、競技達成並びにトレーニングの内容を基本的な要素へと理論的に分析する際、実際には、これらは厳密には分割し得ないものであることに我々も気づいている。よりよい競技的な発達と、目標とする試合期でのトップコンディション(スポーツ・フォーム)への到達に導くトレーニング過程の組み立てにとってより重要なものは、こうした不完全な断片化された諸要素やトレーニング単位そのものではなく、要素間を特徴づける相対的な相互関係、並びに合理的なトレーニング過程を秩序づける構造的な特質の正しい理解にある。

しかしながら、分析的科学の観点からは、これらのトレーニング構成の原理は極めて厳密性に乏しい“曖昧な”法則性と見られる。この理由は、試合とトレーニングの運動に内在し、理論的に分割抽出したトレーニング課題や内容の基本的諸要素や区分自体、本来分割し得ないものであることに基づいている。また、トレーニング過程を通じて獲得される競技達成は、計画で意図した目的や課題、手段、方法との対応関係以外のところでも、実際には意図に反して、もしくは予期せぬかたちで発達する場合もある。したがって、トレーニング計画は実践そのものではないので、形式的な原理主義に陥らないためにも、意図したトレーニング内容の分類区分の吟味と個別の計画と実践結果を対照させ、トレーニング原理の具体的で実際的な適応関係への理解と洞察を絶えず深めてゆく必要がある。

表12.1は、前章までに述べた基本的に考慮すべきトレーニングの主要な一般的原理や諸条件についてを抜粋し、表にまとめたものである(第4章図4.1も参照)。トレーニング過程全体の構造的な特質は、試合での競技達成を実現するために最良に準備されるスポーツ・フォーム(トップコンディション)の周期的発達法則性、トレーニングの内部的な相互関係、競技者のトレーニング水準、並びに外的な諸条件によって決定づけられる。トレーニング計画の立案に際しては、連続するトレーニング過程でのこれら内的・外的要因と諸条件からの相互作用を、以下の5つの構造レベルで把握しておくことが重要である。


(1)トレーニング課業

(2)ミクロ周期構造

(3)メゾ周期構造

(4)マクロ周期構造

(5)多年次の発達過程(第3章参照)



表12.1 トレーニング計画立案に考慮すべき主要な一般原理と諸条件


しかしながら、綿密な段階的・組織的計画によるトレーニングの基準(ノルマ)化は、他方では逆に、トレーニングの持つ非段階的特質(調整力、技術開発など)の発達を阻害するマイナス面をも内在している(第7章)。このため、トレーニングでの段階的な発達特質の個々の要素の詳細が既知であっても、トレーニングの非段階的な側面・要素や未知のものによっては、全体の複合的統合結果としての競技パフォーマンスの発達に関して精度の高い推定は難しい場合が多いのが実際である。

非段階的発達を特徴とするものは、概してトレーニングの非明示的・非定量的な質的内容に関するものである。これらはまた、トレーニングの実践過程で新しい可能性を見出したり、種々の発明・発見や気づきに直結するものでもある。この意味では、トレーニングの思いつきを許す自由度も不可欠で、同時に、とくにトップレベルの活動における個別の特殊な事例を軽視することがあってはならない。それらの中には、新たなトレーニングの可能性や原理・法則性を秘めている場合も多いためである。

12 1 トレーニング課業とミクロ周期

ここでは、トレーニング構成の最小基本単位として、まず、日々のトレーニング課業の基本的な組み立て方を扱っている。

次いで、それら個々のトレーニング課業が、相互の有機的関連の中で連続し、トレーニング過程の中でまとまりのある最小の周期的性格を生み出すマクロ周期の構造的特徴と基本的な組み立て方、およびそのバリエーションを扱う。

12 1-1 トレーニング課業

トレーニング課業は、トレーニング過程全体を構成する最小の基本単位で、トレーニングの該当時期(マクロ/メゾ)の特性が反映された内容が含められる。トレーニング課業は1日の主練習を形成し、基本的には(1)導入部、(2)主要部、(3)終結部の3部分が区分される。

図12.1は、課業の経過の基本的区分とそれぞれの特徴を模式的に示したものである。この基本的図式は、主練習以外にも一日の中で行う朝の充電訓練や、昼休みなどでの補充・補足的課業にも当てはまる。


図12.1 トレーニング課業の構造


(1)導入部(ウォームアップ)

導入部での準備運動は、主課業に対する基本的内容と目的から、一般的および専門的ウォームアップが区分される。前者は、ジョギングや軽い加速走、振幅を徐々に拡大するリズミカルな伸展運動が一般的である。訓練性の高い選手の準備期では、この短縮形の後に球技などが組み込まれる。また、後者の専門的ウォームアップは、主要なトレーニング課業の技術構成要素や模擬練習、テスト的な試技などを徐々に強度を上げて身体調整を図り、主要部でのトレーニング効果を高めたり、障害防止の補助的機能を果たすものである。

したがって、これらは、次の主要部の内容によって大きく変化する。たとえば、一日に複数の課業を持つ場合(2部、3部練習)、最初の課業からの後効果で大幅な短縮も可能である。また、訓練性の高い選手が積極的回復策として強度の低い有酸素的な持久性運動に取り組む際には、厳密な準備部を形成せず本課業自体の中で処理するのが一般的である。

専門的準備期、とくに大試合に向けての直接的な準備段階でのトレーニングでは、試合行動のモデル化が特徴的である。そこでは当然、ウォームアップ自体にも試合行動のモデル化が求められる。そこではまた、トレーニング行動自体にも強固なステレオタイプ化が生じ、それはプラスにもマイナスにも作用を及ぼしている。したがって、そのマイナス効果を取り除き、選手の潜在的可能性を引き出すには、ステレオタイプ化したウォームアップの習慣性の打破も不可欠である。その場合には、一種の体調負荷としてウォームアップの一部を除いたり、まったく別の方法を用いたり、あるいは環境負荷として通常のウォームアップ場所を変えたり、制限された状況の下で行うことも必要となる。また、ウォームアップの前には、トレーニングの心理的準備(メンタルリハーサル)も考慮すべき内容である。

(2)主要部

トレーニング課業の中核部分で、トレーニングで目的とされる主要課題に対して、最適なトレーニング刺激を与え、最善のトレーニング効果が得られるように集中的な取り組みが実施される。したがって、一度のトレーニング課業では、比較的少ないトレーニングの課題と方向性に絞る必要がある。

1つのトレーニング課業内で、複数のトレーニング課題に取り組む場合には、以下の逐次性を考慮すべきである。第一は、トレーニングが目的とする主要な側面と方向性についての逐次的配列で、次の基本的配列が目指される。

第二は、主に、体力的側面での諸要素間の適切な逐次性で、それらの基本的配列では次のものである。


ただし、技術的完成度を高めることを優先して取り組む場合には、この逐次性をあえて無視する場合も稀にある。この場合には、すでに基礎的な運動習熟の段階を終え、あえて疲労した状態(身体的負荷)の下でも、安定した正確な運動遂行が重要な課題とされるためである。

また、最大スピードを狙う場合には、ウォームアップの直後に行うか、時には、適度なパワー的筋力運動の後に行うことが効果的である。これは、中枢神経系を刺激して、機能的な動員性が高められるためである。スプリント・アシスティッド・トレーニングなどの負荷軽減法でも同様にこの原理が活用される。

(3)終結部(Warm-down/Cooling down)

激しいトレーニング課業からの機能的な脱トレーニングを行う部分で、ウォームアップに準じた内容や、重力負荷から解放される水泳、および静的ストレッチ運動、マッサージ、冷水ワールプールなどでの受動的な回復運動(治療)の併用も含める。

とくに強度の高いスピード並びに筋力的運動の後では、各種の神経筋リラクセーション法および柔軟性運動が全身的な緊張の汎化を防止し、積極的回復を促進する。また、大きな酸素負債を伴うようなトレーニング課業の後では、強度の低い全身的持久運動と、上記のリラクセーション、柔軟性運動との併用によって負債の償却が促進される。

(4)朝の充電訓練と補足的課業

主課業とは異なり毎日行うもので、訓練性や技術性の発達を促し、強い意志力の養成や自主性、一日の生活リズムの確保と規則性を生み出すことへの貢献が大である。これらは、主として、補足的・補充的訓練に当てられるものであるが、30〜60分の朝練習であっても、年間では200〜300時間もの増加となり、総量的にも軽視されるものではない。

日本の大学競技者の例では、親元を離れた進学後に、両親やそれまでの指導者のコントロールを失い、それまでのよいトレーニング習慣であった朝の充電訓練を放棄しやすい。その結果、生活の規則性、栄養状態、競技への意志力の低下を招き、トレーニングの基本的条件を悪化させている場合も少なくない。これらは、とくに高校時代まで熱心な指導者の下で朝練習が毎日の日課としてトレーニングに組み込まれていた場合(ときに過多でもあるが)、1人での下宿生活の開始後に生活ペースを崩して、本来的なトレーニング以前の問題で伸び悩むケースも決して少なくない。

12 1-2 ミクロ周期

(1)ミクロ周期の構造特性

ミクロ周期は、個々のトレーニング課業が相互の関係し合って連続し、トレーニング過程の中でまとまりのある最小の周期的性格を持つ基本的単位を形成している。これは負荷(より高い負荷とより低い負荷)と回復とで構成され、日々のトレーニング負荷が同一にならないように配置される。これは、トレーニング構成の一般的原理で導かれる(前章参照)。

周期の枠内には、競技者の多面的準備で基本的に求められるすべての要素が網羅される。したがって、この周期の長さは3日ないし10日間であるが、日常生活の一般的流れに即したトレーニング日課を組み立てる必要があるので、通常は1週間単位で用いられる。

ミクロ周期中の主要な負荷(トレーニング課業)は、主課業として中心的な役割を果たし、残りの部分は相対的に負荷を落とした性格を持たせる。ミクロ周期の基本的な機能は、第一に、周期を更新する過程で(および周期内でも)キーポイントとなるトレーニング課業を消化するまでに、主要な生体機能が超過回復する条件をつくりだすことである(前章図11.5参照)。したがって、ミクロ周期内でのトレーニング構成における課題の逐次性は、前述のトレーニング課業内の原則が適用される。

また第二の役割はトレーニングのマクロ/メゾ周期で進展する各段階と期の全体的性格を反映し、スポーツ・フォーム形成の最適な発達周期の実現とコントロールにある。したがって、異なるトレーニング段階や各期でのミクロ周期のトレーニング内容は大きく変化することになる(前章図11.8参照)。

(2)ミクロ周期の主なタイプ

上記の理由から、異なる性質を持つミクロ周期はいくつかのタイプに分けられる。現在では、マトヴェイエフ(1975/1977) 55), 57) による以下の名称と分類が一般的である。それはまず、スポーツ・フォームの多面的側面・要素の発達形成が目的とされる本来的な「トレーニング・ミクロ」と、実際の試合を組み込んだ「試合ミクロ」とに大別される。後者は、当面する試合局面(出場日と出場間)と、試合直前に超回復をもたらす最終的な調整局面が組み込まれたものである。

図12.2および表12.2は、トレーニング・ミクロと試合ミクロとを図解的に描写している(Kpeep, B. A. 1980) 40) 。


図12.2 基本的ミクロ周期内のトレーニング構成例(Kpeep, B. A. 1980) 40)
(A)準備期のトレーニング・ミクロ周期
(B)試合期の試合ミクロ周期



表12.2 陸上競技跳躍種目用ミクロ周期の構成モデル
A:一般的準備でのトレーニング・ミクロ周期、B:専門的準備期でのトレーニング・ミクロ周期、C:試合期でのミクロ周期


両者の中間的な性格を持ち、選手への直接的な試合準備として、当面する試合方式をモデル化して取り組むものは「試合導入(準備)ミクロ」として区別される。また、これら主要なミクロ周期の間で全般的な機能回復を目指す補助的なものは「回復(負荷軽減またはリラックス)ミクロ」と呼ばれる。

「トレーニング・ミクロ周期」は、より長期的なマクロ/メゾ周期レベルでのプラスの累積的トレーニング効果を引き出す「通常(基本)ミクロ」と「強化(ショック)ミクロ」とが区分される。

前者は、主として負荷の量的な増大に向けられ、強度は最大下に抑えられる。したがって、一般的準備期では、数個の通常ミクロを継続した後に回復ミクロを挿入する形で継続されることになる。また後者の「強化ミクロ」は、より集中的な訓練として負荷の強度的な上昇が特徴的で、主として専門的準備期により多く利用される。

専門性の高いトップレベル選手では、とくに準備期では、1日に複数のトレーニング課業を持つのが普通である。この理由は、単に、トレーニングの量的増大にあるのではない。競技達成をさらに高めるには、相対的に専門的訓練の要求度合いを深め、トレーニング課業内での1つずつのトレーニング課題への取り組みをより集中させ、専門的負荷の強度を高める必要性からである。

12 2 トレーニングのメゾ周期

メゾ周期は、トレーニング過程でいくつかのミクロ周期が集まり、その影響が選手の体力、技術、戦術面での本質的な変化を生み出し、基本的なトレーニング原理が最も反映され、コントロールしやすい中型の周期である。

ここではまず、その存在意義として、メゾ周期の構造特性を述べ、次いで、期分けの各期や段階に応じてさまざまに変化する内容の性質の違いから、それらの基本的なタイプと分類を扱っている。

12 2-1 メゾ周期の構造特性

メゾ周期レベル(3〜6週間)でのトレーニング管理の存在意義は、まず第一に、トレーニング負荷の変動に対して多少遅れて現れる生体レベルでの順応的変化(トレーニングの遅延効果、累積効果)に対応し、そのプラスの効果を利用するところにある。また同時に、そのマイナス効果としてのオーバーワークを防止するための、負荷の傾向を変える必要にある。これらは、負荷の量と強度の二面性、並びに中周波レベルでの負荷の波状的変化から生まれる。

図12.3は、年間トレーニング周期における、このような適正な波状的トレーニング負荷変動のモデルを示している。トレーニングによる望ましい生体の適応過程を生み出すには、まず負荷の量的増大が先行され、この間の強度的な上昇は量的増大を妨げない範囲に留められる。この負荷の量的増大は、トレーニング運動の習熟性を高め、生体機能と諸器官の実質的な発達改善を導くことになる。


図12.3 年間トレーニング周期におけるトレーニング負荷変動のモデル(Матвеев, Л. П. 1972) 53)


メゾ周期レベルでのトレーニング管理の存在意義の第二は、トレーニング・マクロ周期での各期と段階の持つ特性をトレーニング内容に反映させる必要性からである。

スポーツ・フォームの発達周期特性に対応して、トレーニング内容の構造的変化がメゾ周期に反映される必要があるが、最も顕著なものは、準備期における一般的トレーニングと専門的トレーニングの相互関係の組織的変化である(前章図11.8参照)。このことは、スピード・筋力要素に関して、筋力の実質的変化(肥大)を促す一般的・全面的な最大反復法トレーニングの後、専門化を深め、より機能的な発達と改善を目指す専門的筋力トレーニングとして、最大出力法、衝撃法への組織的な転換に例が見られる。この場合にも、有酸素的な作業能力もある程度それらの前提条件として準備される必要もある。

図12.4には、上記の具体例として、逐次的な機能的方法転換で合理性を高めた、筋力集中方式での基本的トレーニング構成の模式図を描写している(村木, 1985) 69), 70) 。


図12.4 筋力トレーニング集中方式におけるジャンパーのトレーニング内容の組織的構成と期分け(村木, 1985) 69), 70)


メゾ周期レベルでのトレーニング管理の存在意義には、生体の持つバイオリズム的な要素への対応も指摘されている。しかしながら、この問題からの具体的な影響に関しては未解明な内容が多い。

12 2-2 メゾ周期のタイプ

ミクロ周期は、その内容の性質の違いから、いくつかのタイプが分類されている。現在では、以下のような名称と分類が一般的であるが、同時に個々の種目では、当該周期の主要なトレーニング内容の特徴に基づいて、別な種々の名称が用いられる場合もある。

(1)導入メゾ周期

通常、長いマクロ周期レベルでの準備期の最初に組み込まれるもので、負荷を強度的には穏やかに上昇させるが、量的にはかなりの水準に達する。内容的には、スポーツ・フォームの前提条件となるような一般的・全面的トレーニングにウェイトが置かれる。また、競技者のトレーニング水準が低い場合や持久性種目、並びに競技者の故障や病気などでトレーニングが中断していた場合、この導入メゾ周期は負荷の全般的なレベルを漸増して反復される場合が多い。

ミクロ周期の組み合わせによる導入メゾ周期の基本的構成例は以下のものである。

(2)基本メゾ周期

 準備期の中核となるもので、生体の諸機能、運動能力、技術の本質的な発達改善を生み出す基本的トレーニングが中心となる。通常、一般的および専門的準備期の特性を反映して、それぞれに「一般的基本メゾ周期」並びに「専門的基本メゾ周期」を区別している。また、それぞれにトレーニングの適応過程の特徴から、さらに「発達(強化)メゾ周期」と「安定化メゾ周期」とのタイプ分けがなされる。

発達メゾ周期は、個々のトレーニング要素の実質的な発達強化を目指すもので、トレーニング負荷の量的増大が顕著である。したがって、これは時間的にも、安定化メゾ周期に比べてより長いことでも特徴づけられる(約2倍)。これに続く安定化メゾ周期においては、それまでに増大されたトレーニング負荷量は、一時的に固定もしくは相対的に抑えられる。その際、トレーニングの種々の要素的課題──とくに、一般的・全面的要素は発達的方向にではなく、むしろ一時的な維持の方向に向けられる。このことによって、専門的要素のトレーニング強度を引き続いて上昇させることが可能となる。

また、2つの発達メゾ周期の間に安定化メゾ周期を置くことで、初めの周期を通じて上昇された高いトレーニングの適応状態のまま、次の発達メゾ周期でさらに高い負荷でのトレーニング適応を実現し得ることになる。このような、相対的に負荷の大きいトレーニング構成は、とくに訓練性の高い選手に特徴的である。

ミクロ周期の組み合わせによる代表的なメゾ周期の構成例は、以下に例示した。




(3)調整・準備メゾ周期

マクロ周期の専門的準備期から試合期への移行段階に置かれるもので、一連のトレーニング仕上げ、テスト的試合への出場と並行して行われる。前述した発達(強化)メゾ周期と、後述する試合メゾ周期との中間的内容を持つもので、全体として試合期に向けての強化的仕上げ方向に特徴づけられる。

ここでは、試合そのものが主要なトレーニング手段であると同時に、それまでのトレーニング過程の総合的な仕上がり状態をチェックするテスト的性格を持つものである。このため、ここではとくに責任のある重要な試合を組み込むべきではなく、選手自身もいたずらに最高記録の達成を意識すべきではない。

もし、この過程を経て、試合遂行への著しい技術的、身体的欠陥が見つかった場合には、次に予定した試合メゾ周期を変更して、「修正メゾ周期」を組み込む必要がある。実際起こりやすいケースとしては、それまでの準備周期での負荷強度(とくに専門的訓練の)が十分高められずにトレーニングが遂行されてきた場合である。第二は、その反対に、早くから高い強度のトレーニングに取り組みすぎて、機能的なオーバーワークとなっている場合である。また第三には、故障や病気などでトレーニングの中断があり、完治はしていて、それまでの全面的なトレーニング負荷が十分でなく、予定したトレーニング水準に達していなかった場合である。

以下には、調整・準備メゾ周期の基本的ミクロ構成例を示した。前述したように、試合ミクロで用いる仕上げ用試合の適正な選択と運用が重要なポイントとなる。

(4)試合メゾ周期

試合メゾ周期は、試合期での一連の試合日程に対応して組まれる基本的なメゾ周期のタイプである。ここでは、専門種目の持つ試合システムからの影響が顕著で、その合理性自体は各スポーツ団体でも組織的に吟味される必要がある。その詳細は、次項での試合期、および前述の第6章を参照されたい。

以下には、試合メゾ周期の代表的なミクロ構成例の3つのタイプを例示した。



(5)試合前メゾ周期

試合前メゾ周期は、とくに重要な試合の直前に、それだけに目標を絞って備える場合(オリンピック大会や世界選手権など)に組み込まれる。

最も特徴的なものは、目標とする最重要試合に想定し得るすべての条件──試合日時、試合方式、地理的、気象条件等々が細部にわたってシミュレートされ、ピーク・パフォーマンスの実現に向けた準備を促す点である。したがって、最重要試合への代表選手の決定(または最終選考会)は、この試合前メゾ周期に必要な長さが確保されるように計画される必要がある。陸上競技の場合、通常この長さは4〜6週間が見込まれる。これが長すぎても、試合準備過程での集中力を低下させ得策ではない。

実践的な試合前メゾ周期では、トレーニング・ミクロとモデル的な試合ミクロとを交互に組み合わせ、両者のトレーニング内容の対称性をリズムカルに増幅させることによって、目標試合に焦点を合わせる方式が用いられている。これは、トレーニングの「振り子方式」と呼ばれる(Матвеев, Л. П. 1974) 54) 。

図12.5は、最重要試合への特別な準備仕上げ方式として試合前メゾ周期に組み込まれる、上記の「振り子方式」の図解的描写を示している。


図12.5 「振り子の原理」による最重要試合への準備過程模式図(Матвеев, Л. П. 1974) 54)
MZws:MZwがシミュレートされた試合ミクロ周期
MZkb:対照ミクロ周期
MZw:最重要試合のための試合ミクロ周期
●:試合スタート、◇:積極回復


また、表12.3には、振り子方式の原理を応用した具体例として、陸上競技の跳躍種目でのオリンピック大会への6週間の最終アプローチ(a)と最後の12日間の詳細(b)を例示した。


表12.3-a 最重要試合への特別アプローチ用モデル
トレーニング課業:A=回復訓練、R=休養、T=トレーニング、C=試合ミクロのタイプ:AT=回復訓練、SPP=専門的体力準備、TPP=技術的体力準備、TP=技術的準備、CP=試合



表12.3-b 跳躍選手の最重要試合への最終アプローチのトレーニング・モデル


(6)回復メゾ周期

回復メゾ周期は、積極回復を狙いとしたもので、主に移行期に用いられる相対的な負荷軽減周期である。ここでは、長期でしかも高い密度の試合期からの精神的ストレスの解放と、新しいトレーニング周期の開始に向けて体力維持が目指される。また、ここでは、種々のトレーニング条件の転換が積極的に活用され、多彩な一般的運動の利用が可能である。財政的に豊かなトップレベルのティームや選手では、気候条件に恵まれた保養地を利用した積極回復用キャンプを組み込む場合も多い。

長い試合期の中に回復メゾ周期を組み込み、比較的短期(約2週間以内)の充電効果を目指すものは、とくに「中間メゾ周期」または「中間段階」と呼ぶ。これは、長期に過密化した試合日程の中でパフォーマンスを高い水準で安定させ、その期間を延長させる必要が生じた場合には不可欠なものである(図12.8参照)。

しかしながら、実際には無秩序な試合日程によって、中間メゾ周期の計画的な組み入れが妨げられる場合も少なくない。この場合には、中間メゾ周期の果たす役割を、試合期の中で適宜集中的な充電トレーニングとして取り組む必要もある。その第一の方法は、一般的な体力の低下を防ぐために、試合メゾ周期での試合間隔が長い場合の中間や試合の重要度の低い週のトレーニングで、補足的に負荷量を高め一時的な充電トレーニングを行うものである。第二は、そのような特定の週や数日を選んで、個々の強化的訓練の強度を高めて充電作用を行う。第三は、試合メゾ周期に組み込む回復マクロ周期をやや長めに取るか、もしくは個々の試合ミクロ周期内で、試合後の積極回復をこの目的で多くすることによって補う方策である。

12 3 トレーニングのマクロ周期

マクロ周期の期分けの本質は、スポーツ・フォームの発達周期性に基づき、準備期(一般的および専門的)、試合期、移行期が区分される(第5章参照)(図12.6) 64) 。


図12.6 スポーツ・フォームの発達周期とトレーニングの期分けの関係


年間に複数のマクロ周期を持つ場合、スピード・筋力および技術的種目に多いが、前のマクロ周期での試合期の後に本格的な移行期は置かず、直ちに次の準備期が組まれることがある。1960年代以降、室内競技場を整備し、冬季の試合期を設定したヨーロッパ陸上競技界の先進的年二重周期はその典型である。この場合、先行する室内試合期は、後の屋外での試合期に対して相対的に重要性は低く、先行したマクロ周期全体が、第二周期に対する準備的性格を持たせているのが特徴的である(図12.7) 69), 70) 。


図12.7 スピード・筋力系種目でのヨーロッパ陸上競技界の年二重周期(上)と、日本の試合日程に対応させた筋力集中方式によるマクロ周期の構成モデル(下)


したがって、この方式は厳密な意味での年二重周期制とは言えない。しかしながら、ヨーロッパ陸上競技界での年二重周期は、主としてトップレベルに向けられたもので、発育発達段階にあるジュニア選手の冬期の室内試合への参加にはかなり制限が設けられている。また、このことが、前述のようなトレーニング構成と負荷変動の違いをもたらしている(前掲図11.3および4を参照)。

12 3-1 準備期

準備期は、スポーツ・フォームの前提条件を獲得する第一段階(一般的・全面的準備期)と、それらを基盤に、専門的な方向でより直接的にスポーツ・フォームを形成する第二段階(専門的準備期)が区分される。

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