スポーツにおけるトランスジェンダー課題とは何か 貞升 彩(月刊スポーツメディスン249号、連載 スポーツにおけるLGBTQ+、トランスジェンダーアスリートに関連した倫理的課題 第3回)


貞升 彩
整形外科医師・医学博士、スポーツ倫理・インテグリティ修士、日本スポーツ協会公認スポーツドクター、千葉大学大学院医学研究院整形外科学客員准教授

連載目次
https://note.com/asano_masashi/n/n9fe1bc399ce6

はじめに

 第2回で日本と世界におけるトランスジェンダーを紹介したが、その際にアスリートの出身国の社会的背景に触れた。国によって文化的背景が異なり、たとえば、イスラム圏ではLGBTQ+が刑事罰化されている。反面、欧州にはSelf IDを導入し、法律上の性別変更には性別適合手術要件を含まず、自認する性別に基づいて性別変更が可能な国もある。しかしそのようなジェンダーに関して比較的寛容で先進的であると思われるような国でも、LGBTQ+の人々は多くの困難を抱えており、さらにスポーツ参加をしようと思うとそれは大きな障壁として立ちはだかる。そして、中でもトランスジェンダーの人々がスポーツに参加するには、スポーツの多くが性別二元性(バイナリー)に基づくことから、より障壁が多くなる。

 今回はスポーツ界においてトランスジェンダーアスリートがどのような困難さを抱えているか、またスポーツ界はどのようにトランスジェンダーアスリートを受け入れるべきなのかについて、主に生活一般に関わる社会的な点と、競技参加に関する点から論じていきたいと思う。

 はじめに、日本における性同一性障害による性別変更を認めた法律と、文部科学省によって策定された「性同一性障害や性的指向・性自認に係る、 児童生徒に対するきめ細かな対応等の実施について (教職員向け)」について紹介する。その後、スポーツにおける社会的障壁と競技参加に関する課題に関して論じる。また、本邦におけるトランスジェンダーに関するここ数十年の変化を論じるにあたり、性同一性障害という用語も使用させていただくことをご理解いただきたい(カコミ記事)。


■トランスジェンダーに関する用語について

 日本では性同一性障害(Gender Identity Disorder)と言う言葉がかねてから使用されることが多く、現在でも法律や文部科学省が教職員向けに策定した文書では「性同一性障害」が使用されている。しかし、世界保健機関(WHO)の定める疾病および関連保健問題の国際統計分類第11版(ICD11)では同用語は廃止され、性別不合(Gender incongruence)に変わり、また「精神及び行動の障害」に分類されていたのが、「性の健康に関する状態」に分類されるようになった。




写真1 学会で訪れた英国オックスフォード大学近くの本屋で見たジェンダー学の書棚

本邦における性同一性障害に関する法律と学校体育やスポーツにおける対応

 本邦では性同一性障害を抱える人々が社会生活を送る上で様々な困難を抱えており、治療を経て性別変更を可能にすることで不利益を減らすことを目的に2015年に「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」が成立した 1)。この法律により、該当者は性別適合治療を経て「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」を満たすなどを条件に性別変更が可能となった 1)。こうした背景のもと、性同一性障害を抱える児童に対しての配慮が必要であるという考えから、文部科学省は2016年に「性同一性障害や性的指向・性自認に係る、 児童生徒に対するきめ細かな対応等の実施について (教職員向け)」を制定した 2)。このガイドブックには教職員が性同一性障害を抱える児童生徒に対して、支援体制を整えること、医療機関との連携の必要性、学校生活の各場面での具体的な支援策を提示している。この具体的な支援策では、たとえば服装に関しては自認する性別に合った衣服や体操着の着用を認める、更衣室やトイレに関しては多目的トイレの使用を認める、呼称を工夫するなどが提案されている。そして、この中に「運動部の活動」にも言及があり、「自認する性別に関わる活動への参加を認める」ということが推奨されている。また、古いデータではあるものの、2014年に文部科学省が公表した「学校における性同一性障害に係る対応に関する状況調査について」では、調査対象となった学校の3.4%において、運動部での活動で実際に個別対応がなされている。

 そして、日本スポーツ協会は東京オリンピックを目前とした2020年に「体育・スポーツにおける多様な性のあり方ガイドライン」を発表した 3)。このガイドラインでは一般社会における課題から、スポーツ特有の課題まで触れられている。スポーツ界で課題となりやすいチーム分け、ユニフォーム、宿泊先での部屋割りや入浴など当事者の人々が困難を抱える場面のほか、指導者やチームメイト側の問題点として呼称、ヘイト、指導者が差別的言動を容認している環境、指導者によるアウティングなどが指摘されている。また、指導者がどのようにアスリートからのカムアウトを受容するべきか、どのように受け取った内容を整理するべきかそのヒントも掲載されている。

 このように、トランスジェンダーの人々が学校体育やスポーツ参加を行うにあたってはまだ多くの課題が残っている。しかしながら、一般的にメンタルヘルスの問題を抱えやすいとされているトランスジェンダーの人々がフィジカルアクティビティを行うことはメンタルヘルスを改善するという観点から有効であると過去に報告がなされており 4)、制約を減らしていくことでよりトランスジェンダーの人々がスポーツ参加ができるような環境づくりは必須である。


写真2 ジェンダー学とは別にLGBTQ+の書棚もあった

競技参加の観点から、とくにMTFアスリートの女子カテゴリー参加について

 現在欧米をはじめとして議論の中心となっているのは、(1)MTFアスリートの女子カテゴリー参加(インクルージョン)と、(2)女子カテゴリーの公平性や、競技によっては(3)安全性を、そして最後に(4)女性の権利の保護をどのようにしてすべて達成するべきかという課題である。

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