スポーツアナリストの多様なかたち ──①スポーツデータ分析企業のアナリストの仕事|橘 肇(月刊トレーニング・ジャーナル2022年2月号、連載 実践・スポーツパフォーマンス分析 第2回)


橘 肇
橘図書教材、スポーツパフォーマンス分析アドバイザー

監修/中川昭
筑波大学名誉教授、日本コーチング学会会長

(ご所属、肩書などは連載当時のものです)

今月からはスポーツパフォーマンス分析の実践の担い手であるアナリストについて、その業務や求められる条件をみていくことにする。その端緒として、20年にわたって日本のスポーツデータ分析の業界をリードしている企業に取材を行った。

連載目次ページ
https://note.com/asano_masashi/n/nb58492f8076d


 今回の記事ではとくに断りのない場合、「分析」および「データ」という言葉は、「試合分析(プレー分析)」と「タイムモーション分析(トラッキング分析)」を合わせた、「ゲームパフォーマンス分析」とそのデータ(プレーデータとトラッキングデータ)のことを指しています。

試合分析:主として球技の分析で行われ、チームまたはプレーヤーが、それぞれのプレーをどのくらいうまく遂行できたかを示すために分析されます。サッカーを例にとれば、試合で起きたそれぞれのイベント、つまりプレーの種類(パス、シュート、タックルなど)、プレーを遂行したチームやプレーヤー、プレーが起きたピッチの位置、プレーが生じた時間、プレーの結果(成功、不成功)などが記録されます 2)。

タイムモーション分析:観察的な手法を用いてスポーツの身体的な要求を分析するものです。サッカーでは試合中のプレーヤーの移動距離と移動速度についてのデータを収集し、そこから特定の移動運動ごと、あるいは特定の移動速度ごとの時間分布を求めるといった処理を行います 2)。


写真1 データスタジアム株式会社


 読者の皆さんは「データスタジアム」という企業名をお聞きになったことがあるでしょうか。2001年4月に設立されたデータスタジアム株式会社は、野球、サッカー、バスケットボールをはじめとした各種スポーツのデータの収集、分析を行い、メディアやスポーツチームなどを対象とした様々なビジネスを展開している、日本国内におけるスポーツデータビジネスのリーディングカンパニーです。スポーツデータ分析に興味のある方でしたら、TVのスポーツ番組へのデータ提供を行っているクレジットや、所属のアナリストの方がTVに出演しているところをご覧になったことがあるかもしれません。

 この連載で最初に取り上げるテーマとして、スポーツパフォーマンス分析の現場での担い手であるアナリストに焦点を当てます。スポーツアナリストと聞いて私たちが想像するのは、まずスポーツチームにスタッフとして所属するアナリストかもしれませんが、データスタジアムにもアナリストが多数所属し、様々な業務に携わっています。ホームページを見ると、アナリストとして16人が紹介されており、専門競技は野球、サッカー、ラグビー、バスケットボール、そしてソフトテニスと多岐にわたっています 1)。その中から、サッカーを専門としている藤宏明氏と高橋朋孝氏がオンラインでの取材に応じてくださいました。

データスタジアムのアナリストになるまで

――まず自己紹介と、仕事の内容から聞かせてください。

藤宏明氏(サッカーアナリスト):私はサッカーを専門としています。もともとJリーグのクラブ、ヴィッセル神戸と名古屋グランパスで分析担当をしていたところからデータスタジアムに入社しました。今のメインの仕事はクラブのサポートですが、アマチュアの方でも大学や高校とも関わりがあります。その他には私たちの会社で開発、販売している「MY TAGTIC」3)という映像分析アプリのプロジェクトリーダーや、スポーツアナリスト育成講座の企画運営も行っています。

高橋朋孝氏(サッカーアナリスト):私は筑波大学の体育専門学群を5年前に卒業して、データスタジアムに入社しました。大学時代は蹴球部に所属して、選手をしながらデータ班というチームを立ち上げ、分析面の仕事もやっていました。「サッカーと分析」が自分自身の強みだと思っていたので、それを出せる仕事でお客様に貢献したいと考え、データスタジアムに入社しました。今の仕事は藤とほぼ同じで、お客様であるJリーグのクラブに対して分析やデータを提供しながらのサポートが大きなところで、スポーツアナリスト育成講座や、「MY TAGTIC」の運営にも関わっております。

――藤さんの場合は、まずヴィッセル神戸に就職したのですね。

藤:私は筑波大学蹴球部で主務をしていたので、ヴィッセル神戸にもマネージャーとして入団しました。遠征の手配、スパイクの管理などのホペイロ的な仕事、それから寮監など様々な業務を経験したのですが、監督交代でブラジル人監督になったときに分析担当をやってほしいと言われました。私自身は分析の経験は全然なかったんですけども、筑波大学の先輩たちがいろいろなクラブに分析担当として入ったのを間近で見ていたので、こんな仕事だろうと想像して、コーチ陣に教えてもらいながらマネージャーから分析担当に変わっていったという経緯です。当時はJ1クラブに数名しか分析を専門に担当するスタッフがいないような時代でした。

――新しく任されたアナリストという仕事に対しては、チャレンジしてみようという気持ちだったのですか。

藤:マネージャーでも分析でも変わりなく、チームや選手のために自分ができることをやろうというのが私のスタンスです。当時は分析といっても、DVDがどこに行ったかわからない、あの映像はどこにあるの、そういう管理の仕事から始めなければいけませんでした。マネージャーでウェアやユニフォーム、スパイクなどの管理を行っていたので、同じ感覚で入っていきました。サッカーの映像を管理するところから入っていって、少しずつサッカーの分析をしていくようになっていったのかなと思いますね。

――当時、監督やゼネラルマネージャーといった方から、こういうことをしてほしいというリクエストはありましたか。

藤:そのときの監督がブラジル人のカイオ・ジュニオールさんで、後に監督になる安達亮さんがメインで分析を担当し、私はマネージャー兼務でサポートに入りながら、安達さんのやっていることを少しずつ学びました。それこそ、その当時は試合を見ながら「正の字」でシュートやこぼれ球の回数を記録して、ハーフタイムに監督に紙を渡すことをやっていました。その正の字でデータを取るのが私の役割でしたね。今でこそパソコンで映像を使ってやりますけど、日本語の紙と、それをポルトガル語に訳した紙を用意してやっていました。その後監督に来られたのが三浦俊也さんで、パワーポイントで何十枚も資料をつくったり、それに合う映像を探したりといったことでサッカー分析の能力を鍛えてもらいました。

――藤さんがアナリストとしてスタートしたときに比べると、高橋さんが入社した頃はサッカー界の環境もだいぶ変わっていたのでしょうか。

高橋:そうですね、分析をするためのツールも、ビデオテープではなく映像ファイルを共有するという形でしたし、データを取得するのもタグ付けソフトを使って映像と関連づけた状態で取得する形になっていました。チームにもアナリストがいて、人の面でも結構充実してきていたときじゃないかと個人的には思っています。

――データスタジアムには「データを入力する」という仕事がありますよね。Jリーグやプロ野球の試合の日に、スタッフの方がパソコンを使ってリアルタイムに入力作業をされているのを見たことがあります。以前はそのアルバイトで入って、そこから社員に採用されてアナリストになる方が多かったような気がするんですが、最近はもっといろいろな形でアナリストの仕事を始めることがあるのでしょうか。

藤:両方あります。私たちみたいに外から入社してアナリストになった社員もいれば、データ入力のアルバイトを経験して入社し、アナリストになった経歴の社員もいます。私は入力のアルバイトを経験していませんが、その作業を経験することで仕組みを知るというのはすごく勉強になりますし、データを扱える、見られるようになるという特徴があると思います。

――藤さんはどういうきっかけで、Jリーグのチームからデータスタジアムに転職したのですか。

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