学生スポーツにとって大切なことはなんですか? 森下 茂(月刊トレーニング・ジャーナル2023年7月号、連載 トレーニングコーチが直面する課題 第4回)


森下 茂・School of movement認定マスターコーチ

連載目次
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 かれこれ22年、学生スポーツを中心に活動しておりますが、彼らは身体だけでなく精神的にも発展途上の選手たち、それゆえに劇的な成長を目の当たりすることもありますが、未熟さゆえの難しさもあります。そんな中で、私自身が考える学生スポーツにとって大切なことを書いてみたいと思います。

コロナ禍で考えたこと

 2020年、世界中の誰もが想像もしていなかったことが起きました。そうコロナです。

 まさに、私自身も50年以上生きてきた人生の中で一番ショックな出来事となりました。私の仕事は高校生と大学生の部活動の中で、トレーニングをサポートするもので、20年ほどやってきておりました。ところが部活どころか全ての指導先のチームが休校となってしまいました。つまり指導先が1つもなくなってしまったのです。それでも幸運にもオンライン指導という形で、なんとか仕事として成立させることができました。しかし、私なんかより遥かにコロナの影響を受けたのが、まさに指導先の選手たちです。当時携わっていた大学ラグビー部の4年生の1人が、6月に部活が再開すると私にこう質問しました。「森下さん、大会があるかどうかわからないですよね。なら、何のために俺たちは練習するんですか?」と。

 そうなのです、その時点では練習は開始できましたが、秋の公式戦が実施される保証は全くありませんでした。現実に、多くの大会が中止を余儀なくされていたのです。それは、学生スポーツという期間限定の選手たちにとっては、あまりに唐突で残酷な宣告でした。私の指導先のチームにはいくつか高校野球部がありましたが、すでに春の地方大会が中止となり、3年生にとっては最後の大会となる夏季大会も実施されるかどうかわからない状況でした。そんな中、私のオンラインセッションでも多くの選手はトレーニングに真摯に取り組んでくれたのです。正直、そんな彼らを見ていたら涙が出てきそうでした。「一体、試合があるかどうかもわからないのに、何のために練習するのか?」、もっと言えば「部活動をやる意義」を、コロナをきっかけに改めて考えさせられました。

人生観の礎

 38年前、私は東京都立東大和高校野球部に入部しました。都立の星と呼ばれる強豪校で部員は100名を超える大所帯でした。当時の監督の佐藤道輔先生が書いた『甲子園の心を求めて』は、当時は高校野球のバイブルと呼ばれるくらい、多くの指導者に読まれ、それこそ甲子園の常連校の監督までが東大和高校の練習を遠方より見学に来るほど注目されていたのです。佐藤先生は「高校野球は教育の一環である」ことを信条とし、大切なのは甲子園に行くことではなく、日頃の練習の中にこそあるのだと、結果よりも目標に向かう過程にこそ価値があるのだと教えてくれました。当時は、いわゆる体育会系特有の上下関係が厳しい時代でしたが、雑用は1年生でなく上級生がやるのが当たり前になっており、相手チームを野次るような先輩は一人もいませんでした。そして、なによりも手抜きのプレーがあると、選手同士で「妥協すんなよ」という言葉があちこちから飛ぶほどで、野球がうまい選手以上に、何事にも全力で取り組む選手がリスペクトされるという、そんなチーム文化が完全に根づいておりました。

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