『スポーツ・トレーニング理論』第9章 基本的トレーニング手段(運動)の分類とトレーニング課題との対応関係


村木征人

目次ページ
https://note.com/asano_masashi/n/n40aa5f53a648

9 1 トレーニング課題と基本的トレーニング手段

スポーツトレーニングの中核をなし、それを特徴づける最も主要なものは、トレーニングの基本的手段としての運動と、その遂行方式である。分析的なトレーニング理論では運動現象の技術面、戦術面、体力面、心理面など、個々の側面での要素的因子を統一的な運動から一面的・抽象的に抽出分類し、それらをトレーニング課題として扱う。そして、個々の課題に対するトレーニング手段・方法の一般化を試みる。たとえば、スピード・トレーニング、筋力トレーニング、持久力トレーニング、柔軟性トレーニング、技術トレーニング、心理的トレーニング等々。しかし、個々のトレーニングの一面的な要素的課題に対応される運動達成の諸要素は、全体的で統一的な運動の断片もしくは抽象物にすぎない。また、運動達成自体、それらの物質的な要素還元主義的考えでの決定的な因果関係に支配されている保証はない。

トレーニング科学の対象となり、個々の側面・要素に分解され、定量的に分析され、抽象化されやすい(科学的)トレーニング課題は一面的で、実践から遊離した“運動不在”になりやすい。この理由は、本来それらは該当運動自体に内在し、その他の運動との関係で現れる不可分で全体的な運動特徴としての相対的な存在にすぎないからであろう。また同時に、それらは定量的な分析が比較的容易な事象として扱いやすいものに限られるためである。また、全体の運動から取り出された部分的要素の働き自体、全体の中でのものと同じであるかどうかの保証はない。ただ、分析的な要素還元主義に立つ自然科学では、そうであるとの暗黙の前提で研究されているにすぎない 90)。

トレーニングの科学的研究で、客観的な調査・測定結果に対して競技の本質的な運動課題への洞察に欠けたため、陳腐な解釈が生じた場合の具体例を以下に紹介しよう。これは、あるテレビのスポーツ・ニュース番組で偶然見かけたもので、日本サッカー協会の科学研究班が行った国際ゲームでの動作時間研究の結果と解釈に対して、研究者とベテラン選手(ゲスト出演していた奥寺氏)との間に生じた興味深い相違である。

その研究結果は、日本選手が外国選手に比べて試合後半の行動半径、移動距離、平均スピード共に減少が顕著であるというものであった。研究班はその結果の解釈を、日本選手の持久力、スタミナの体力問題に結びつけ、長距離走を具体的にイメージした有酸素的全身持久力トレーニングの必要性を強調した。奥寺選手はそれを聞いて、即座にその解釈に対する次のような反論を述べた。「……私は、試合内容から見てそうは思わない。研究結果は事実であろうが、日本選手には試合前半まで凡パス、連係ミスなどの技術的、戦術的な未熟さが見られており、それによって相手よりスタミナを消耗した結果であって、それは単なる持久力の問題ではなく、むしろ選手、ティームの技術的、戦術的問題のほうが本質的な課題でしょう」

この意見には、筆者もまったく同感であった。もしこの場合、単純な体力問題として持久力トレーニング──しかも、ゲームの試合運動とは遊離した手段・方法が選択されれば、試合内容、成績はますます悪化するであろう。この理由は、研究班がサッカー・ゲームでの持久力に関して、運動の質的違いに基づく「同質負荷」と「異質負荷」との区別の重要性を見落とし、持久走のような同質負荷運動での全身持久力を想起したにすぎない。これまで研究対象となってきたのは、まさに、一定の条件設定が容易で、定量的計測対象となりやすい長距離走のような同質負荷運動に限られており、「持久力の養成=持久走」のステレオタイプ化された回答が出されたように思われる。

他方、サッカーのプロ選手である奥寺氏は、運動時の負荷が比較的一定な「同質負荷」の下での持久力を、負荷が極めて変化の激しい球技のような場合の「異質負荷」とを同等に扱うことができないことを、経験による実証を前提とした理論的洞察によって本質的な運動課題を鋭く見抜いていたのであろう。

トレーニング手段としての運動と要素的なトレーニング課題との対応関係は、スポーツ運動自体、多面的で統一的かつ全人的な活動であるので、トレーニング課題と手段との間が1対1の厳密な対応関係にあるのはむしろ稀である。たとえば、目的とする運動の技術的ならびに心理的側面を無視した筋力強化(体力的側面)トレーニングは、決して合理的なトレーニングとは言えない。

スポーツ・トレーニングの歴史的な発展過程の中で、個別スポーツでのトレーニング方法の実際的で理論的な発展の多くが、今日までトレーニングおよびコーチングでの経験による、実証を含む実践的体験を前提とした理論的考察に基づいたものであるのはこのためである。このことは、今後も真に実際的で有用なスポーツ理論の発展の原点でもある。合理的なトレーニングを目指す際には、現在使用中のトレーニング手段としての運動を、試合運動形態と構造に対する相対的な相互関係から分類し、本質的な運動課題にも関連づけ、それ自体の点検も含め、逐次認識し直す必要がある。まさに、「すべての課題は運動にある」との原点に立ち戻る必要があろう。

図9.1には、基本的トレーニング手段としての運動(Exercise)と遂行方式(方法)、トレーニングの目的(課題・方向性)との間の相互関係を模式的に示してみた。


図9.1 基本的トレーニング手段としての運動(Exercise)、その遂行方式(方法)、およびトレーニングの目的(課題・方向性)との相互関係の模式図
個々の運動は、それぞれに運動の多面的側面とそれらの要素的課題(明示的/非明示的)を含む全体である。トレーニング運動自体に内在する多面的課題・方向性(習熟的/強化的)は、運動の遂行方法によってさまざまに指向し得る。


実際のトレーニングは1つの運動でも、運動遂行のさまざまな方式(反復法、持続法、変則法、試合法、最大反復法、最大出力法等々)によって、一定の要素的トレーニング課題と方向性ヘのさまざまな指向性を持ち得るプリズム的作用を示している。個々の運動は、どんな運動であってもそれぞれにトレーニングの基本的側面である「心・技・体」とそれらの要素的課題(明示的および非明示的)を含む全体である。トレーニング運動に内在する多面的課題と方向性(習熟的および強化的)は、実施方法によってさまざまに指向し得る。

スポーツ諸科学の知見は原理上、客観主義的・分析的・要素還元主義的立場から物事を対象化し、普遍性の観点から捉えようとする。このようにして明らかにされた科学的な知見として、一般的で抽象的な個々の諸要素からトレーニング手段・方法が論じられる場合、抽象的な演繹的思考に終始し、運動の質的内容を無視した運動不在に陥りやすい傾向にある。

これに対して、実践的に高度な経験的知見は、物事を相互主体的かつ相互作用的に捉え、個々の具体的事例や場面を重視する。そして、それらから一般的な原理・法則や合理的トレーニング方法を推考・実践する、帰納的で発明・発見的なアプローチが特徴的である。これはまた、直感的で全体的な実践過程であり、現在までのところ前者のような明確な証明方法を持っていないが、実践的な問題対処と解決能力は極めて高い。こうしたことは本来教えられることは少なく、自己啓発・自己認識を重ね、自己発見型の技能獲得過程が特徴的なスポーツや芸術および創作・創造的な世界では、本質的に実践が重んじられる所以である。

スポーツ諸科学は、対象とするスポーツでの運動達成に対する客観的で物理的・事物的要素を分析的に抽出し、運動達成との因果関係並びにトレーニングによる発達のメカニズムの基礎的解明を目指している。したがって、スポーツ諸科学は、トレーニングの実践的理論から提起される諸問題に対して、客観的で定量的な情報を相互補完的に提供することで、真に有用なスポーツ理論の一部を形成し得ることになるであろう。

一般に、我が国の体育・スポーツの世界では、その存在意義が運動実践の“実技”とその方法論であるにもかかわらず、指導者自らが実技(実践)軽視、理論(科学)偏重の風潮がある。無論、この場合の理論とは、経験による実証を含む実践的体験を前提とした理論的考察に基づいた方法論ではない。これらのほとんどは既存の個別科学の方法を借りて、運動条件を著しく単純化して客観的な事物的要素を断片的に取り出し、最新の測定分析技術を用いての観察記述にすぎない。したがって、それらの知見をいくら寄せ集めても、運動の本質的理解に至ることはできないであろう。

日本体育学会に所属する研究者の数、学会発表などでの科学的研究の多さは圧倒的でさえある。体育・スポーツ指導の現場でも、運動の客観的な事物的要素の計測と数量的記述を重ねることが、見かけのよい“科学的”指導との思い込みも多い。運動の客観的な分析的思考と知識の吸収とによって、かえって自在な動きを失わせていることすら気づけない場合も少なくない。大学体育・スポーツの関係者は、かくして運動の実践的立場──指導と共に自らの技能を磨くことからは遠ざかり、運動不在を自ら深め、ますます実践とは遊離した“科学的研究”が盛んとなる。実技に関連する他の領域──音楽、芸術、演劇、舞踊など、芸能の世界に比べ、体育・スポーツでのこのような科学偏重は、実践をないがしろにして個別科学に取り入り、体育の社会的認知を求めてきた体育・スポーツの歴史的所産でもある。

9 2 基本的トレーニング手段としての運動の分類

基本的トレーニング手段としての運動(Exercise)は、専攻するスポーツ種目──その試合運動形態の構造的特徴を基準として相対的に類別され、以下の3つに大別される 31), 42), 51), 64), 121), 141)。

1)試合的運動

Competitive exercises

2)専門的運動

Special-preparatory exercises

3)一般的運動

General-preparatory exercises

この場合、相対的という意味は、個別のスポーツ種目の運動特性そのものから、多面的な現象として、他種目間並びに諸要素間の相対的な相互関係として位置づけられることである。したがって、単構造種目でのトレーニング手段の分類の例では、試合運動を頂点として、専門的運動から理論的には無数の一般的運動へと広がりを見せる。

図9.2は、陸上競技の跳躍種目を具体的に、トレーニング手段としての運動の分類を図式的に示している。しかし、多種目の集合体である陸上競技の混成種目(男子の十種、女子の七種競技)、体操競技、近代五種では、それらを構成する個々の構成種目自体が試合的運動であると同時に、個々の構成種目間相互では互いに一般的運動としての存在関係にある。また対人並びに集団的スポーツ種目では、対人またはティームとしての試合運動形態とその構造特性に基づいて(戦術的側面)トレーニング手段としての運動の抽出と分類が吟味され、さらに選手個々の問題が吟味される必要がある。両者も、相互連関、相互規定の関係にあるのは言うまでもない。


図9.2 跳躍種目(走高跳)での基本的トレーニング手段としての運動(Exercise)の分類模式図(村木, 1982)64)および課題との相互関係


9 2−1 試合的運動

試合的運動とは、専門スポーツ種目での試合条件で行われる統一的な競技運動そのものを意味し、いわばスポーツ・トレーニングの原点となるものである。トレーニングに求められ、当該種目を特徴づけるすべての諸要素がこの中に含められる。

試合条件とは、競技運動と方法を規定する競技ルールと試合方式である。したがって、トレーニングで用いられる試合的運動のトレーニング課題は、本来的な試合運動のモデル化として与えられる。また、そこでは、選手が目指す当該競技の最重要試合、たとえばオリンピック大会、世界選手権大会での試合環境、選抜方式、日程等々の諸条件についてのモデル化も含める。

試合方式の具体例として陸上競技を取り上げてみよう。陸上競技はトラックとフィールド競技に大別され、それぞれに以下のような競技特性の違いが顕著である。とりわけオリンピック大会や世界選手権などの大試合では、一般の試合と異なり決勝までの選抜段階(予選スタート数)が増大し、競技日程も2日以上に長引くのが特徴である。

表9.1は、陸上競技のトラックとフィールド両者の競技方式と競技手順の違いを比較したものである。また、表9.2は、水平跳躍種目での試合当日の試合準備および試合行動を例示している。


表9.1 陸上競技の競技方式の違いと大試合の特徴



表9.2 陸上競技水平跳躍種目での試合当日の試合準備・試合行動の模式図


これらの内容に従って、最重要試合での試合準備行動、ならびに試合行動に対する直接的準備過程でのトレーニングの実際的なモデル化が行われる。たとえば、400mまたは800m競走では、決勝までのスタート日程の具体的なモデル化であり、第一次予選から決勝まで1日1レースずつ、4日間にわたって集中力を持続させる必要がある。また、とくにフィールド競技では、その競技経過にも注意が向けられる必要がある。

図9.3は、第1回世界選手権ヘルシンキ大会(1983)での女子走高跳決勝の競技経過を示す(図上段)。そこでは、設定試合試技高(横軸)が高くなるにつれて各試技高での所要時間(実線)、各試技高での延べ試技数(破線)、挑戦者数(鎖線)は大きく変化している。ベスト8が決定されるのは1.92mで、入賞レベルに到達するまでに選手は極めて長時間、しかも変化に富んだ試技間のインターバルでの高度な集中力の持続が求められるのである。

また、下段は、奈良国体での少年(予選なし)および成年(予選あり)の男子三段跳決勝の試合経過を示している。同じフィールド競技でもバー種目が、漸増的に設定されたバー高ごとに所定試技数での典型的なふるい落とし方式であるのに対して、水平距離種目では3回試技終了段階でのベスト8選抜を経て、さらに3回の試技を通算して順位決定する方法がとられる。したがって、投擲種目も含めたすべての水平距離競技では、出場選手数と予選ラウンドの有無に応じて、およその所要時間の推定が容易である。



図9.3 大試合での競技方式の異なる2つの種目の競技経過の比較
上段は、鉛直距離種目(バー種目)の代表例である第1回世界選手権での女子走高跳。下段は、水平距離競技の例として奈良国体での三段跳(予選ありおよびなし)の競技経過を示す。前者は、漸増的に設定されたバー高ごとの所定試技内での典型的なふるい落とし方式(パス含む)。後者は予選ラウンドのある場合(通常、大規模な大会に限る)を含め、3回試技終了時のベスト8選抜を経て、さらに3会の試技を通算して勝者決定する方法が特徴である。



球技系スポーツの場合でも同様に、目標とする大会ごとに用いられる試合方式には大きな違いが見られる。これらの代表的分類はリーグおよびトーナメント方式であるが、実際には大会ごとでそれらの種々のバリエーションが用いられ、試合負荷構成にも大きな影響を与えることになる。

柔道でも同様に、国際ルールでの試合時間は5分であるが、一般国内試合は4〜6分の試合ごとのバリエーションがあり、全日本選手権では10分もの長時間勝負で国際試合との違いは著しい。国際試合をモデル化した試合訓練では、倍の試合時間を要する全日本選手権に比べ、圧倒的にスピード・パワー的攻略要素が重要となる。

試合的運動には、上記のような試合方式のモデル化的反映と共に、試合運動(もしくはゲーム)の時間的・空間的・人的なそれぞれ(もしくは複数)の方向に、短縮もしくは拡大された全習的分習もしくは強調訓練を含んでいる。時間的条件は主に、試合時間とインターバル時間を意味する。空間的条件は主にコートサイズ、人的条件はティーム人員および対戦相手の競技レベルを意味する。したがって、試合的運動のカテゴリーとしてのこれらの条件は、変化させたいずれの場合も、目標とする試合レベルでの運動形態および機能面での全体的特徴に本質的な違いが生じない範囲に留められる必要がある。

大幅な試合数の増加をもたらした今日のトップレベル・スポーツでは、試合そのものをトレーニング試合やテスト試合として、トレーニングの一環とする考え方もある。この場合重要なことは、専攻する競技の試合システムの構造的理解と、最重要試合へ向けての必要な選抜手順・段階への布石、並びにタイミングよくピーク・パフォーマンスを発現するための適正なトレーニング構成の下で選択され、組み込まれたものであるかどうかである。

9 2−2 専門的運動

専門的運動とは、上記の試合運動の専門的な要素、部分並びに運動形態が本質的に似たものを含むものをいう。また、同時に試合運動の構造的特徴を類似的に再現した、模倣的(イミテーション)運動、および近縁的運動が含められる(図9.2参照)。

ここから先は

10,417字 / 3画像

¥ 350

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?