『スポーツ・トレーニング理論』第10章 トレーニング負荷 ──質・量・強度


村木征人

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https://note.com/asano_masashi/n/n40aa5f53a648

10 1 トレーニング負荷

トレーニングを考える際には、トレーニングの主要な目標・課題に対応した、最もふさわしいトレーニング手段としての運動、およびその遂行方式としての手段が選ばれる。実際のトレーニング手段としての運動の遂行で、克服すべき「トレーニング(運動)負荷」の性質とその度合い(大きさ)は、選択されたそれぞれの運動特徴として、経験的に大まかな理解がなされている場合が多い。

トレーニング理論では、トレーニングの種類(側面・方向)、内容(手段・要素)および形式などの面で、トレーニングの目標・課題との適合性をトレーニングの「質」(Trainingqualitat; Training quality)と呼ぶ 6), 36), 96)。

トレーニングの「質」は、トレーニングの「強度」(後述)と混同して用いられる場合も多いが、両者は区別しておく必要がある。トレーニングは、全体性の基盤に立ちながらもトレーニング水準が高くなるほど、一定の指向性(特異性)を深める傾向にある。これは、競技水準が高まるほど、専門的で強度の高いトレーニング刺激が必要とされる所以である。

トレーニングはまた、環境や運動による刺激に応じて変容してゆく生体の適応能力(Adaptability)に基づくものであるが、トレーニングでの運動が刺激となって選手の身心に及ぼす作用は「トレーニング負荷」(Trainingsbelastung; Training load)と呼ばれる。したがって、トレーニング負荷は運動によって及ぼされる以下の諸作用の総体とみなすのが一般的である 6), 36), 96), 129), 139)。

・トレーニング運動の量

・トレーニング運動の強度

・調整の複雑さ

・心理的緊張の度合い

・休息インターバルの値

しかしながら、トレーニング負荷は運動の違いによって、遂行されるトレーニング内容が違うため、トレーニング単位またはトレーニング周期全体を定量し得る共通の計測単位を見つけるのは極めて困難である。したがって、とくに試合に関しては「試合負荷」と呼び、トレーニング系と試合系の負荷を区別している。また、技術的・戦術的側面を主なトレーニング課題・内容とするものでは、試合負荷と同様、暫定的なものとして等級並びに点数化の利用や、選手の自己評価に基づくものも指標に含めている。

トレーニング負荷は、選手に課せられたトレーニング内容・要素を特徴づける規準として重視されるが、ソ連学派ではトレーニング負荷の評価と記述のために、下記の通り内的負荷・外的負荷の区別をしている(Матвеев, Л. П. 1972)57)。

(a)外的負荷

トレーニング運動の外的な定量的性質を表す基準で、走行距離、継続時間、トレーニング運動の反復数、運動の速さとテンポ、挙上重量等々を意味する。

(b)内的負荷

トレーニング運動の遂行に際しての選手の生理学的、バイオメカニクス的、心理学的な反応の度合いを意味する。たとえば、生理学的指標例としての心拍数、酸素負債量、酸素消費量、血中乳酸量等々である。

一般に、試合負荷は、トレーニング負荷に比べて、精神面に及ぼす非定量的な内的負荷としての作用が顕著であり、試合密度の高いトップレベル選手ほど重要と言える。

トレーニング運動の合理的適合性に関する運動の「質」的吟味は、トレーニング手段・方法の選択の前提でもあり、運動学的および方法学的吟味が常に求められるべきである。また、個々の選手に応じた、主要なトレーニング手段に関する内的負荷と外的負荷の適合関係の見極めは、トレーニングの合理化にとって不可欠な内容である。そこでは、スポーツ生理学、医学、生化学、バイオメカニクスなどの個別関連スポーツ諸科学の貢献が大である(第7・8章参照)。

以下の例は、持久性運動種目で心拍数を基準にトレーニングを分類し、合理的に計画されたはずの準備期の週間(ミクロ)トレーニングでも、ある選手にとっては不本意な結果となり得る具体的な検証例である(Zalessky, M. 1979)140)。

長距離走での心拍数と疾走スピードは、現在用いられているトレーニング管理の主な指標である。たとえば、毎分の心拍数が150拍までのものは有酸素領域、160〜170拍は中間領域、それ以上のものを無酸素領域と区別している。しかしながら、心拍数と血中乳酸の対応関係からこれらを再吟味してみると、以下のように大きなずれや個人差も見られる。

有酸素領域(乳酸値:30〜35mg%)で、160〜170の心拍数を示す選手もいれば、中間領域(同:40〜50mg%)でも心拍数が140〜150の選手もいる。通常、心拍数が毎分200〜210拍まで上昇することは稀であるが、このような心拍数は、乳酸値が60〜80mg%の中間領域でも、90〜300mg%の無酸素領域でも見られ、厳密には心拍数でのトレーニング管理は困難であると言える。心拍数はまた、心的疲労、情緒的ストレス、オーバートレーニング、気象条件などによっても影響を受ける。また、トレーニングが、中間タイプまたはとくに無酸素的タイプのものに続いてなされた場合、そこでの乳酸の上昇はより顕著でもある。

図10.1と表10.1は、同じ記録レベルの2人のトレーニング負荷の強度(スピード)、量(走行距離)は、外的負荷の基準では2人とも同じレベルとして計画されたものである。B選手は、計画通りのトレーニングを消化し、持久力と有酸素性作業能を向上させる望ましいトレーニング効果が得られた。しかし、A選手にとっては、このメニューを実際に消化してみると、B選手に比べて中間タイプが大半となり、全体に強度過多のオーバートレーニングの症状を呈する結果となった。結果的にA選手は、計画通りのトレーニングの継続が難しくなり、負荷を減らして回復手段を組み込まざるを得なかった例である。


図10.1 2人の女性ランナーの週間ミクロ周期・トレーニング中の血中乳酸値の変化(Zalessky, M., 1979)140)



表10.1 心拍数を基準とした同一内容のトレーニング週間(ミクロ)周期を消化した際の、血中乳酸値レベルによるトレーニング内容再分類の結果(Zalessky, M., 1979)140)


トレーニング負荷の統一的な指標を見出すのは難しいとはいえ、スポーツ種目並びに主要なトレーニング手段(運動)ごとに共通する負荷の指標を設定することはある程度可能である。トレーニングの実用的で実際的な観点では、まず、トレーニング負荷を現場で扱い得る外的基準に限定してトレーニング負荷の量と強度での共通理解を得ておく必要がある。このことは、トレーニング分析・評価に基づいて、適正な計画の立案を具体化し、競技力を高めるためのトレーニング構成の合理化の際に極めて重要である。

この理由の第一は、トレーニング負荷の増大が、一般的にはある程度トレーニング水準並びに機能達成レベルの向上に結びついていること。第二には、トレーニング負荷の大きさ(総量)は、その強度と量との関数関係にあり、それらが同時に増大することはある程度可能でも、それ以上では、一方の増加が他方を低下させる関係にある。すなわち、量的増大は強度の低下をもたらし、その逆も真である「負荷の二面性」が特徴である(図10.2)。


図10.2 個別のトレーニング運動における量と強度の指標関係(Матвеев, Л. П. 1977)57)。


第三には、トレーニングの量と強度の相互関係が、トレーニング過程の方向づけと、適正時期に最高の最高スポーツ・フォームの獲得へ導くトレーニング管理の重要な支配要因をなすこと。すなわち、トレーニング強度の変動は一般的傾向として、競技達成レベル(記録)の変動と一致し、強度は試合負荷と共に先行するトレーニング量を前提として、記録の上昇を直接刺激する要因となるためである。

10 2 トレーニング量と強度

『スポーツ科学事典』(Rothig, P. 1977 96), Beyer, E. Red. 1987 96))は、トレーニング負荷の量と強度の外的基準について以下の定義を設け、国際的な共通理解を得ている。

(1)トレーニング量(Trainingsumfang; Amount of training)

トレーニング量はトレーニング負荷の要素で、トレーニングのさまざまな時間区分(Training units/cycles)の間に実行された、トレーニング運動(Exercise)の数を示す。スポーツ種目に共通するトレーニング量の一般的指標は、トレーニング単位の継続時間を用い、種目毎のトレーニング量としての客観的指標はトレーニング運動様式と内容に関連して定義づけられ、回数(回)、距離(km)、または重量の総和(t)によって表す。

(2)トレーニング強度(Trainingsintensität; Training intensity)

トレーニング強度は、運動作業に費やされる努力度合い、機能の緊張度、および運動の各瞬間におけるトレーニング作業の量の集中度と密接に関係し、単位時間あたりのトレーニング量または実行されたトライアル数のトレーニング量として定義される。これは、トレーニング単位(全体あるいはより長い期間)を特徴的に示すために、トレーニング量の指標から抜き出して回数(ないし距離または重量)とトレーニング時間の商としても扱われる。

個々のトレーニング形式においては、一般に疾走スピード、1回の挙上重量、あるいは連続技で演じられる個技の数(体操競技、フィギュアスケートなど)によって示される。

金子(1974)38)は、体操競技における合理的なトレーニング計画と管理の指標として、トレーニング負荷を強度と呼び、それを構成している内容的特性により量強度と質強度とに分けて考えることを勧めている。

表10.2は量強度を、表10.3には質強度の区分を示したものである。量強度は、トレーニングをする時間的量によって左右される内容を示し、実用的な観点から小刻みな区分を避け、4段階を分類している。ただし、本表では朝の充電トレーニングは省略した。他方、質強度はトレーニング内容を中心にした尺度を意味し、運動の複雑さ(分習/全習)、演技の種類(規定/自由)、各種の精神的負荷(体調/環境/心的試合負荷)が考慮された段階的区分がなされる。


表10.2 体操競技の量強度区分(金子, 1974)38)



表10.3 体操競技の質強度区分(金子, 1974)38)


これらの理由は、体操競技が技術性の高い異質他種目の運動からなる複合スポーツ種目であり、それら自体並びにそれらの分習的・部分的運動だけでトレーニングの基本的運動手段のほとんどを網羅し得ることによる。他の単構造種目と異なり、そこでは演技種目間同士でトレーニングの一般性(全面性)・専門性を相互規定・相互補完し合っている。したがって、トレーニング手段の分類と負荷の段階的カテゴリーは、目標とする試合運動(演技)の遂行を最大負荷として、トレーニング内容の複合性の度合いに強度の主たる基準が置かれている。

類似のケースは単構造種目でも、試合運動に直結し、運動の技術的側面を中心的課題とする専門的技術トレーニングに応用される。これは、主として試合運動を基準に調整の複雑さと心理的緊張の度合い、並びに専門化の度合いを反映する等級区分である。

表10.4は、この具体例として射撃競技で用いられている等級区分を示している。同様な区分法は、ボクシング、フェンシングなどでも使用される(Матвеев, Л.П. 1974)54)。


表10.4 射撃の専門化の度合いの等級区分(Матвеев, Л. П. 1974)54)。


10 3 トレーニング負荷の適正配分

トレーニング負荷は、主観的な最大の達成能力と関連して、最大−大(または強)−中−軽(または小)といった強度領域を区分するのが一般的である。それらと客観的基準との適合関係は、トレーニングの合理化への貢献を目指すスポーツ科学の重要な研究課題でもある。

表10.5は、トレーニング負荷の相対的強度区分の例を示したものである。個別の当該種目並びにトレーニング単位での個人最高または絶対最高に対する相対値での表示は、トレーニング計画・管理に極めて実用性が高い 27), 51), 54), 57)。

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