1.「つながり」でメンタルサポートを行う(月刊トレーニング・ジャーナル2021年3月号 特集/競技選手への心理的サポート)


荒井弘和・法政大学文学部心理学科教授、スポーツメンタルトレーニング上級指導士

メンタルサポートがどのように行われるのか、サポートする側の視点から語っていただいた。当事者同士がお互いにサポートを行う、ピアサポートの試みについてもお聞きした。

メンタルサポートの実際

 私たちが行っている心理的なサポートの内容を紹介します。

 競技レベルの高いアスリートに対しては、メンタルのスキルを提供するというよりは、いわゆるカウンセリングを行うことが多いです。アスリートからじっくり話を聞く、「傾聴」を行います。その際、信頼感を抱いてもらうことが重要となります。

 そこでは、アスリートが認識していることが言葉になっていきます。私たちが問いかけることによって、思っていることを外に出してもらいます。これを私たちは「外在化」と呼んでいます。これによって自分の状況を把握できるということになります。状況がわかればどうしていくかを次の段階で考えていくことができます。

 問題がありますか、と直接的に聞くことはあまりありませんが、「今こんなことを考えている」とか「現在の課題はこれです」という話が出たら、「それはこういうことですか」と聞いたり、「これとは違いますか」「先ほどの話では緊張してダメだと話していましたが、今の話とは合わない気がします」などと繰り返し問いかける中で、自分の課題を客観的に見て、整理していくということになります。

 コロナ禍の現在では、オンラインで面談することも多いです。オンラインで胸の内を語っていただけるのは、これまでに関係を築いてきたからできるからということもあるでしょうし、現在の状況下でほかの人と話す機会が非常に減っているからということもあります。アスリートは普段よりも、自分の考えを言葉にして表現しなくなっていますので、オンラインだとしても話をすることを求めていると思います。

 オンラインでのサポートでは、表情の変化なども重要な要素になります。画面が止まったような状況になったとき、回線の状況が悪いのか、アスリートが私の言葉を待っているのか、思いを言葉にできないということなのか、戸惑ったことがありました。こういうことにも適応していかないといけません。ちょうど最近出た『体育の科学』2021年1月号(杏林書院)では、「体育・スポーツへのオンライン・コミュニケーションの導入」を特集として、部活動やトレーニング指導だけでなく、メンタルサポートについても掲載されていますので、ぜひお読みください。

 私たちメンタルのスタッフは精神科や神経内科などの専門医ともネットワークを構築しており、私たちだけでは対応が難しい場合にはリファー(紹介)して治療へとつなげます。とくに、日本スポーツ精神医学会の先生方には大変お世話になっています。また逆に医師から紹介を受けて、いきなり選手が現場に戻るのが難しそうだというときに、私たちのところでワンクッションを置き、復帰に向けて支援することもあります。

 信頼できるドクターとつながっていることで、私も安心して仕事をすることができます。一人でサポートするのではなく、チームを組んで行うことで全力を尽くすことができます。学校現場であれば先生方やスクールカウンセラーとも相談することもありますし、これからの時代は、連携しながら業務を進めていくことがいっそう求められるでしょう。私たちのことを「潤滑油」と表現する人もいますが、このようなネットワークのハブを担うという意識は重要だと思います。

メンタルサポートに対する誤解

 だいぶ減ってきましたが、私たちの仕事(メンタルサポート)に対する誤解をたまに聞くことがあります。昔の話ですがコーチから「メンタルは俺が鍛えているから、メンタルのスタッフはいらない」とか「選手の根性を叩き直してくれ」と言われたこともありました。メンタルサポートは病んでいる人間が受けるもの、という誤解は根強いと考えています。

 日本ラグビーフットボール選手会は「よわいはつよい」というプロジェクトを立ち上げています。弱い自分を受け入れていくことが本当の強さなんだ、というメッセージです。私も、メンタルのスタッフに頼っても弱いことではないというメッセージを広めていく必要があると感じています。

 私たちの仕事に最も求められる能力は、1対1で選手をサポートできる能力ではないかと思います。一昔前のサッカーでは「日本は個々の技術力というより組織力で戦う」と言われたりしましたが、1対1で勝てないのに組織で勝つというのは無理な話で、これと同様に1対1で選手のパフォーマンスを高められるメンタルのスタッフが必要だと思います。その上で組織力も活用する、つまり連帯していくことが大切です。

 パフォーマンスを高めるということは、リラクセーションをしたり集中力のトレーニングをするだけでなく、選手がコーチとうまくいっていないとか、進路で悩んでいるなど、パフォーマンスの妨げになっていることを明確にしていく必要があります。方法はいろいろとありますが、私たちメンタルのスタッフは、少なくとも、選手のパフォーマンスを高めることから逃げてはいけないと思います。パフォーマンスを高める過程において、選手が話を聞いて「癒やし」を感じることはあるかもしれません。しかし、それが主目的になってしまうのは何か違う気がします。その選手が競技で活躍できるのが、ある意味で尖っているから(たとえば、けんかっ早いとか)だとしたら、その尖ったところを丸めてしまうのではなく、その尖ったところも大事にしながら対応するということです。

 私たちは、面談する相手のことをしっかりと観察することが求められます。目に見える部分、仕草や表情から推測されることや、声の調子、話し方など、さまざまなことを手がかりとして、相手の状態を把握します。相手の言葉を通してだけでなく、観察でしか把握できないこともあるはずです。メンタルのスタッフは、自分自身に対しても客観視あるいは外在化できる必要があり、そういう能力や実感がないと、それを選手に勧めることは難しいと思います。

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