スポーツパフォーマンス分析の普及発展のために ──今後の連載で深めていきたいこと|橘 肇(月刊トレーニング・ジャーナル2022年1月号、連載 実践・スポーツパフォーマンス分析 第1回)


橘 肇
橘図書教材、スポーツパフォーマンス分析アドバイザー

監修/中川昭
筑波大学名誉教授、日本コーチング学会会長

(ご所属、肩書などは連載当時のものです)

今回から新連載として、スポーツパフォーマンス分析の知識や手法を、コーチングや教育の様々な現場において生かす方法、そのために学ぶべきことについて、さらに探っていく。

連載目次ページ
https://note.com/asano_masashi/n/nb58492f8076d


 先月号まで2年間、「スポーツパフォーマンス分析への招待」と題して、スポーツパフォーマンス分析の基本的な知識や手法について解説してきました。今回は新連載の1回目として、これまでの連載内容を振り返りながら、今後の連載で取り組みたいこと、その展望を述べてみたいと思います。

 この連載を始めるきっかけとなったのは、2020年2月に出版された『スポーツパフォーマンス分析入門』 1)です。この書籍の原著である“An introduction to performance analysis of sport” 2)は、英国の大学でスポーツパフォーマンス分析を専攻する学部生が読むことを念頭に置いて書かれたものです。今から6年前、私は初めてこの原著を目にしたのですが、大学でこうした専門書を使ってスポーツパフォーマンス分析の基礎を学ぶカリキュラムが整っていることに驚きを禁じえませんでした。


図 「スポーツパフォーマンス分析入門」表紙 1)

 当時の日本国内においても、パフォーマンス分析のための様々なテクノロジーやスポーツアナリストへの注目は高まっていました。スポーツパフォーマンス分析に関する商品販売の仕事に就いていた当時の私も、そうした分野への投資額が年々増えていることを実感していました。しかし同時に、とくに大学の授業科目やカリキュラムの整備状況を見ると、スポーツパフォーマンス分析を体系的に学ぶ機会がまだまだ限られているとも感じていました。この連載を始めたのは、ちょうど2019年のラグビー・ワールドカップが大成功のうちに終わり、まだ延期が決まる前だった2020年の東京オリンピックを翌年に控えていた頃です。日本スポーツ史上の一大イベントであるこのオリンピックが終了した後も、スポーツパフォーマンス分析やスポーツアナリストへの注目が一過性のものとならず、さらに発展していくために、自分なりに少しでも貢献できることは何か、そのように考えて連載をスタートしました。

スポーツアナリストの役割の変化と多様化

 スポーツアナリストは「技術成績や戦術傾向を分析して、コーチや選手に役立つ情報を提供する専門家のことである。球技種目のゲームを戦うスポーツにおけるアナリストとは、主にゲームパフォーマンス分析と呼ばれる活動を行なっているチームスタッフのことを指す。」とされています 3)。

 まさにスポーツパフォーマンス分析を競技の現場で実践するために欠かせない存在であり、とくにオリンピックやワールドカップといった大きなイベントのときには、その存在がメディアでもクローズアップされてきました。トップレベルのスポーツチームにおいて、アナリストを配置するチームやその人数が増えている現状からも、その重要性が確実に増していることが伺えます。

 アナリストの仕事について、ラグビーワールドカップ日本大会で日本代表チームを支えたアナリストは次のように答えています。

「僕たちアナリストは、試合に向けた準備の、そのもう一段階前の準備というのが仕事になっています。(中略)コーチの考えるゲームプランを実行するためにはどういった練習をしなくてはいけないのか、そこの部分に関わります。また、そのプランを実行する際には、自分の主観的な考えによるのではなく、客観的な方法を用いて、自分たちと相手のパフォーマンスを分析するというのが、アナリストの仕事になります。」(15人制ラグビー日本代表アナリスト・浜野俊平氏) 4)

 こうした試合に向けた準備と並んで、競技によっては試合中に「リアルタイム」でゲームパフォーマンス分析を行い、コーチや意思決定者に有効な情報を提供することもアナリストの重要な任務となっています。とくにサッカーやラグビー、バレーボール、バスケットボールといった競技では、リアルタイムでゲームパフォーマンス分析を行うための機材の設置やソフトウェアの操作、さらにはチームスタッフのPCなども含めたIT関係のサポートは、アナリストの必須スキルの1つとなっています。スポーツアナリストによる講演会やセミナーに出席すると、よく学生の参加者が「アナリストにとって必要なスキルや学ぶべきこと」について質問をしている様子を見ます。その問いに対して、「(分析ソフトウェアを含めた)ITの知識・能力」はよく聞かれる回答です。一方、「どのようにすればアナリストへの道が開けるのか」という問いに対しては、公募などではなく、「人の縁」という回答が多いように感じます。

 近年、プロ野球のチームにおいても、情報戦略部門の人材を強化する動きが活発になっています。時折、国内の他の競技ではまず目にしない求人情報媒体でのアナリストの公募も見られることから、人材の確保が急がれているようです。報道などでこうしたプロ野球チームのアナリストの仕事内容を見ると、従来の「ゲームパフォーマンス分析」の範疇には留まらないようです。高度な測定装置を使って測定したピッチャーの投球の回転数や回転の向き、バッターの打球速度といったデータを活用して、技術面のコーチと協力して選手のパフォーマンスの向上や改善を支えるという仕事へと広がっているようです。本誌の別の企画で取材をした研究者の方は、今後野球界ではバイオメカニクスを学んだ人の活躍の場がますます増えるだろうと語っています 5) 。

「アナリストに現場で求められていること」は、裏を返せば「アナリストを目指す上で何を学んでおくべきか」ということに他なりません。これまでの取材対象は、私が関わることの多かったラグビーやバスケットボールといった競技のアナリストでした。取材対象の幅を広げ、アナリストに求められている役割の変化や多様化、それに伴って必要とされるスキルセットについて、さらに考察したいと考えています。

アナリストとチームスタッフのコミュニケーション

 アナリストとコーチングスタッフの間のコミュニケーションの大切さは、コーチやゼネラルマネージャーの立場の人からも、アナリスト自身からも必ず聞かれます。しかしそれはただ表面的に「よく話をする」ことではありません。

 連載第1回で引用した書籍の中で、1997年当時、元ラグビー日本代表監督の「ミスターラグビー」、故平尾誠二氏は情報を使う側と集める側の関係についてこう語っています。

「(情報を)処理する側がいくら優秀でも、価値のない情報ばかり集められてはどうしようもないですからね。両者のコミュニケーションが図られ、考え方が統一されていないと、うまくいかないですね。」 6)

 東京オリンピックにおいて歴史的な快挙である銀メダルを獲得したバスケットボール女子日本代表の新監督に就任した恩塚亨氏は、アナリスト時代にコーチとの関係づくりにまず心を砕いたことを語ってくれました。

「まず一番は、『お前の話だったら聞きたい』っていう関係をつくることだと思いました。ですから、信頼関係をつくるための時間を意識しました。」

「昔の私は『こんなことができるんです』っていうことをひたすらアピールしようとしていました。それは矢印が私に向いていますよね、相手じゃなく。誰のための仕事なのか、そのことをちゃんと理解して仕事をする、それがテクニカルスタッフにとっては大事です。」 7)

 アナリスト側のコメントからは、自らの持つデータや情報が選手に与える影響の大きさに対する慎重さが伺えます。

「アナリストの方も、分析によって得た情報を伝えるべきかどうか、考えることがあると思います。(中略)責任者である監督やコーチを飛び越えて、アナリストだけで判断してしまうと、それまで築いてきたものを一瞬で壊すことになってしまうかもしれません。」(日本スポーツ振興センター・永尾雄一氏) 8)

「シンプルなものをジェイミー(=ジョセフ、ラグビー15人制日本代表監督)は望んでいて、複雑だけども何もアウトプットに影響しないものは必要ないという考えです。僕たちのレポートなどもそうです。それが選手にどう影響を及ぼすのかということを重要視する人ですので、選手のためにシンプルなものをつくらないといけない、複雑すぎると選手が理解できない、という考えです。」(前出・浜野俊平氏) 4)

 アナリストのチームの中での立ち位置、スタッフや選手との関係性といったことは、競技やチームの方針、また指導者によって細部は千差万別でしょう。アナリストと共に仕事をする指導者やコーチの方がどのような組織づくりを考え、その中でアナリストに何を求めているのかをより深く知ることで、アナリストの役割を鮮明にしていきたいと考えています。


写真 試合中にパフォーマンス分析を行うオーストラリアのサッカーのS&Cコーチ(2006年、筆者撮影)

スポーツパフォーマンス分析教育の今後

 スポーツ情報分析やスポーツ情報戦略に関する教育というテーマについて、多くの大学教員の方にインタビューを行ってきました。これも1つの「実践」の場と考え、今後も重要なテーマの1つとして追いかけていきたいテーマです。

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