「スポーツデータ解析」から「スポーツデータサイエンス」へ ──12回目を迎えたコンペティションのこれから|橘 肇(月刊トレーニング・ジャーナル2023年4月号、連載 実践・スポーツパフォーマンス分析 第16回)


橘 肇・橘図書教材、スポーツパフォーマンス分析アドバイザー

監修/中川 昭・京都先端科学大学特任教授、日本コーチング学会会長

(ご所属、肩書などは連載当時のものです)

実際のスポーツのデータを使用して学生が研究発表を行うコンペティションが2011年に誕生し、毎年発展を続けている。そのコンペティションが12回目を迎えた2022年、ある大きな変更を行った。

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https://note.com/asano_masashi/n/nb58492f8076d

 1月7日、8日の2日間にわたり、「スポーツデータサイエンスコンペティション2022」(主催:日本統計学会スポーツデータサイエンス分科会、情報・システム研究機構統計数理研究所)の優秀発表を選ぶ審査会がオンラインで開催されました。このコンペティションは、さまざまなスポーツの実際の試合のデータを利用して、学生が研究発表を行うというものです。2011年から「スポーツデータ解析コンペティション」の名称で開催され、毎年100題近くの発表を集めてきただけでなく、中高生部門も設けるなど、教育分野でのスポーツデータ分析の普及と発展に大きく貢献してきました。

 そのコンペティションが12回目を迎えた2022年、大きな変更を行いました。名称を「データ解析」から「データサイエンス」へと変更して、新しいスタートを切ったのです。

 この名称変更の持つ意味、それを受けて開催された今回のコンペティションの総括を、主催者の1人として2011年の立ち上げからずっと関わっておられる酒折文武氏(中央大学理工学部数学科准教授)にお聞きしました。お話の内容はコンペティションの振り返りから、スポーツを題材にしたデータサイエンス教育の意義、データを扱う上での注意点などへと広がっていきました。

――今回からコンペティションの名称を「スポーツデータ解析」から「スポーツデータサイエンス」に変更したのは、どういう狙いからでしょうか。

酒折:これまでのコンペの発表内容を見ていると、審査で上位に入賞するチームは、実践的な面から見ても非常に価値のある研究発表を行っていたと思います。その一方で、統計学の授業で学んだ分析方法を、実際のデータを使って行ってみただけという域を超えていないと思われる発表も残念ながら見られました。これはコンペの名称のせいではないと思いますが、私たちの意図したことではありません。そうした発表は、スポーツの現場にいる人が見たときに、「その研究は競技の現場にどう役に立つの?」という疑問を持たれてしまう可能性があると感じたのです。今回、コンペの名称に「データサイエンス」を打ち出すことによって、分析を行うことに留まらず、分析から得られた結果から、スポーツの魅力のアピールやパフォーマンスの向上につながる新しい価値を引き出すような研究がもっと出てくれたらと考えました。さらに応募要領の中で、このコンペの審査基準は高度な分析方法を使っているかという点ではなく、いかに価値のある情報を引き出して、意義のある提言ができているかという点であることを改めて明言しました。開始当初から、このコンペの審査員には我々のような統計を教えている教員だけではなく、スポーツの現場の方々にも参加していただいています。審査基準には、そういった現場からの観点が必ず含まれていますし、それは一貫して変わっていません。

――今回のコンペティションで、演題の数や内容に変化はあったのでしょうか。

酒折:実は発表の件数はやや少なくなりました。開催部門(競技)数が減少していることなどの要因が考えられるのですが、名称を変えて評価基準を明言したことで、ひょっとすると尻込みしたチームがあったのかもしれません。その一方で、これは私自身の感想なのですが、非常に面白い問題意識を持った発表が多く見られたという気がしています。これについては評価基準を明確にしたことで、一定の効果があったのかなと感じています。

――サイエンス、日本語で言うと「科学」を名称に取り入れたことには、分析の方法に留まらず、より本質的なものを追求しようという意図があるのでしょうか。

酒折:コンペを始めた当初と比較して、トラッキングデータや試合映像など、多様なデータを提供するようになりました。画像解析や音声認識など広くデータサイエンスの方法を活用する必要があるという意味で「データサイエンス」という用語のほうが適切であると感じています。また、統計学を学んでいる人が「データ解析」という言葉を聞くと、たとえば回帰分析といった方法そのものを示しているように感じ、ともすればいかに高度な分析手法を使うかを競っているように感じてしまうかもしれません。一方で「データサイエンス」という学問では、データからいかに価値のある情報を引き出すかという点が重要なのです。このようなメッセージを込めています。

――私自身、大学でスポーツパフォーマンス分析の講義を担当することがあるのですが、講義の軸をどこに置くべきなのか、何を学生に伝えていくべきなのかということをずっと悩んでいます。

酒折:それは授業の対象者や条件によって変わってくると思います。そもそも統計学や数学に強い学生なのかということもありますし、分析の結果を生かす人がプロスポーツのレベルなのか、それともアマチュア、趣味のレベルなのかという違いもあると思います。ただ、少なくともデータの重要性を理解してもらうことがまず大事だと思います。

 自分たちが何をやれば強いチームになれるのかということを考えて、短時間でもいかに効率的に練習を行うか、そうしたことを考えていくためにはデータが必要です。たとえばサッカーで、今どこにスペースがあるのか、あるいはスペースをつくるためにどう動いたらよいのか、そういったことを感じ取れるプレーヤーがいるとして、それがその人の感覚に留まっているうちは、他人に伝えることは困難です。しかしデータ分析によって、こういう状況ではこう動けばよいということが明らかになれば、他人に正確に伝えることができます。さらに、そのことが広く浸透して全体のレベルが上がっていく、それがまさに科学の役割ですよね。もちろん、データだけを見ていればうまくいくというものではありませんので、そこはバランスが大事です。

――データの重要性を伝える上では、いかに相手の興味を惹くかということも大事ですね。

酒折:競技現場の人と接していて感じるのですが、やはり実際に指導やプレーをしている人は自分に対する自負というものがありますから、否定することから入るとまず絶対に受け入れてくれません。たとえば指導者やプレーヤー自身の感覚と、分析の結果が一致していることを示して、数字の重要性を伝えるようなアプローチもあると思います。それで興味を持ってくれれば、さらに食いついてくる可能性もあるでしょう。

 そういう意味では、表にまとめたり可視化したりして、そこから何が読み取れるのか、わかりやすく示すことも大事だと思います。最近はさまざまな計測機器が発達してきて、いろんなデータや数字が出てきますが、結局どこを読めばいいのかというのは一番わかりづらいところです。それに対して、こういった部分を見ればいい、こういうところに注意すればいいということを示してあげることが必要だと思います。

――分析者が、プレーヤーや指導者から「対象のスポーツを理解していない」と言われるというのはあり得る話だと思います。分析者の側から、自分がそのスポーツを本当に理解していることを示す方法はあるのでしょうか。

酒折:それは難しいですね。たとえばプロフェッショナルレベルの人に対して、分析する側がそこまでのレベルに達していない場合は、そのスポーツの基本的なルールや戦略、戦術をある程度理解していたとしても、その心境まではわからないわけですよね。ですからどこまで詳しくなったとしても、そう言われてしまったら言い返せないところは当然あると思います。スポーツアナリストの人が現場の人とうまくやっていくために一番必要なことは、分析の内容よりもまず関係づくりだという話も聞きます。まず話を聞いてもらえる関係をつくって、その上でデータや分析した結果を交えて話すことで、話が通じるとかそういうことになってくるんじゃないかと思います。

――さまざまな統計方法というものは、人間が持っているバイアスに左右されずに、現実のことを理解するために存在すると考えてよいのでしょうか。

酒折:統計学は何か人を説得するときにただ感覚で伝えるのではなく、数字なりグラフなりでより説得力を増すために使われる場合が多くあります。あまりこの点は強調したくはないですが、結論があらかじめ決まっていて、その結論を裏づけるために統計が使われるケースも、歴史的に見ると、良くも悪くもありました。どちらが使い方として適切かということは一旦置いておいて、「客観的に見たら違いますよ」ということを示す使い方もありますし、反対に「ほらこの通りでしょ」と説得したい場合にも使うことができるわけです。

――データを取り扱う人の倫理というか、姿勢が大事になってくるわけですね。

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