大学・競技の枠を超えて共に学ぶ ──2つの大学の間で始まった教員・学生の交流|橘 肇(月刊トレーニング・ジャーナル2022年12月号、連載 実践・スポーツパフォーマンス分析 第12回)


橘 肇・橘図書教材、スポーツパフォーマンス分析アドバイザー

監修/中川 昭・京都先端科学大学特任教授、日本コーチング学会会長

(ご所属、肩書などは連載当時のものです)

この連載では、大学におけるスポーツパフォーマンス分析の教育のあり方を主要なテーマの1つとしている。今回はこの夏、2つの大学の間で始まった取り組みについて取材を行った。

連載目次ページ
https://note.com/asano_masashi/n/nb58492f8076d

 8月31日、体育・スポーツ系の教育を行っている2つの大学の教員と学生が、オンラインミーティングを開きました。桐蔭横浜大学(横浜市青葉区)と仙台大学(宮城県柴田町)でスポーツ情報分析を専攻している教員と学生が、継続的な交流を視野に入れた交流会を行ったのです。この2つの大学については、この連載でも幾度か取り上げてきました。桐蔭横浜大学はスポーツ情報分析専攻を設け、授業やクラブ活動に使用できる充実した施設を整備しています。一方の仙台大学も、実践的なスポーツ情報分析の教育に力を入れ、これまでに多くのアナリストをスポーツ界に送り出してきました。2つの大学の間で始まったこの交流会について、当日収録されたビデオを視聴させていただきました。まずはその模様からお届けします。


■桐蔭横浜大学・仙台大学 スポーツ情報分析交流会

・開催日

 2022年8月31日(水)10:00〜 オンライン開催

・参加者(途中参加も含む)

桐蔭横浜大学:西村歩真氏(3年生)、坂田将人氏(3年生)、山縣玖美氏(1年生)、溝上拓志氏(スポーツ健康政策学部講師)

仙台大学:須田翔大氏(4年生)、齋藤倖太氏(1年生)、星萌乃香氏(1年生)、佐藤修氏(体育学部教授)、石丸出穂氏(体育学部准教授)、林直樹氏(体育学部准教授)、吉村広樹氏(体育学部新助手)

学外者:丸井剛氏(株式会社SPLYZA)

・内容

 開会の挨拶(交流会の目的)

 参加者の自己紹介

 活動紹介のプレゼンテーション

 ゲームパフォーマンス分析のグループワーク

 分析についてのグループ発表


図1 交流会の参加者。上段左から:須田氏、溝上氏、吉村氏、齋藤氏、中段左から:西村氏、丸井氏、山縣氏、星氏、下段左から:坂田氏、佐藤氏、林氏


学生トレーナーのような交流の機会を

 10時、コンピュータの画面上に両大学の教員と学生が顔を揃えました。学生たちの少し緊張した表情が並ぶ中、まず桐蔭横浜大学の溝上氏の挨拶から交流会が始まりました。

溝上:学生トレーナーの世界では、「学生トレーナーの集い」というイベントが長年開かれていて、学生交流と大きな学びの機会になっているようです。また、大学間での交流会なども定期的に開かれていると聞いています。情報分析の分野でもそういったことができないか、ずっと考えていました。今日はまず、コミュニケーションをとってお互いを知ることを第一に、積極的に発言や意見交換ができたらと思っています。

 続いて、両大学の教員と学生が自己紹介を行いました。仙台大学からは、学内の団体である「スポーツ情報サポート研究会」から3名の学生が参加しました。

須田:バドミントン部に所属していて、1年生のときからアナリストを務めています。今日は自分の取り組みについてご紹介します。

齋藤:競技歴は剣道ですが、野球の分析活動をしたいと思っています。競技歴がなくても野球に携わる道があるんじゃないかと思って勉強しています。

星:ソフトテニス部に所属しています。テニスについて分析したくて、スポーツ情報サポート研究会に参加しています。

 桐蔭横浜大学は、溝上氏のゼミなどから3名の学生が参加しました。

坂田:小学校から今までずっとやっているサッカーの分析に興味を持っています。今年中には具体的な活動を始めたいと思っています。

西村:高校までサッカーをやっていたのでサッカーの分析に興味があったのですが、今までその機会がありませんでした。これからどんどん活動したいと思っています。

山縣:高校まではソフトボールをやっていましたが、大学では軟式野球をやっています。野球の奥深さに魅了されて、戦術や分析に興味を持つようになりました。


図2 桐蔭横浜大学と施設(坂田氏のプレゼンテーションより)


図3 桐蔭横浜大学のスポーツ情報分析専攻の授業(一例)(坂田氏のプレゼンテーションより)

自分たちの取り組みをプレゼンテーション

 次にそれぞれの大学や専攻の紹介、また自分たちが行っている情報分析活動について、プレゼンテーションが行われました。

 桐蔭横浜大学からは3年生の坂田氏が、スポーツ健康政策学部(2023年度から「スポーツ科学部」に改組)の概要、スポーツ情報分析専攻の授業科目などについて紹介しました。中でも坂田氏が「桐蔭横浜大学で最もすごいものだと思っています」と強調した、スポーツ情報分析の実習室「TOIN Sports Analytics Lab」は、仙台大学の学生にも強い印象を与えたようで、どのように利用されているか尋ねていました。さらに、学内サークル「スポーツアナリティクスチーム」という団体をこれから立ち上げ、活動を始める予定であることを報告しました。

 仙台大学からはバドミントン部でアナリストを務めている須田氏が、自分たちの活動について報告しました。練習中はiPadとビデオの遅延再生のできるアプリを使って、打ち終わったらすぐに自分のフォームを確認できるようにしています。また試合の分析には、Microsoft Excelのマクロ機能を使って作成したプログラムを用いています。選手が見やすい形で結果を出力するように工夫しているそうです。桐蔭横浜大学の学生からは、分析の対象や分析を行うタイミングなどを尋ねる質問が続きました。


図4 桐蔭横浜大学の学生団体(サークル)設立について(坂田氏のプレゼンテーションより)


図5 仙台大学バドミントン部でのiPadを使ったビデオフィードバック(須田氏のプレゼンテーションより)

混成グループでのゲーム分析演習

 プレゼンテーションの後は、今回のテーマでもある「大学の枠を超えた交流活動」、映像分析ツールを使った分析の演習です。大学を混合して3人ずつ2つのグループをつくり、映像分析ツール「SPLYZA Teams」を使って、卓球の映像を題材にしたグループワークに取り組みました。分析のテーマは自由とし、分析の中で見えてきたことや気づいたことを最後に説明してもらいます。溝上氏からグループワークの目的として、「大学だけでなく、学年や専門競技の枠を超えたコミュニケーションをとることで、いろいろな考え方に触れ、一緒に学んでもらいたいと思います」という話があり、学生たちはZoomのブレイクアウトルームに分かれて作業に取り組みました。50分ほどの作業時間の後、自分たちの行った分析やグループワークについての感想をコメントしました。


図6 Excelのマクロ機能を使った試合分析ソフト(須田氏のプレゼンテーションより)


図7 分析結果を出力した画面(須田氏のプレゼンテーションより)

Aグループ

須田:Bグループがもしかしたら得点を調べるかなと思ったので、失点の内訳について調べてみました。最初はアウト、ネット、決められた失点という3つのタグだったのですが、途中でショットミスもあればいいという意見も出てきたので、追加しました。

星:いつもは1人で作業してわからないときに誰かに聞いていたのですが、最初からグループでやることで、自分とは全然違う視点というのを感じることができました。

西村:1人で考えるよりも複数で考えて、失敗しながら試行錯誤していくことが自分のためになると思いました。


図8 Aグループの分析の結果

Bグループ

坂田:サーブの成功と失敗の数を見たのですが、トップレベルの選手だったので失敗がないという結果になってしまいました。時間の関係で分析の内容を変更できなかったのですが、サーブ側の得点なのか、レシーブ側の得点なのかという視点での分析もあるねという話が出ました。

齋藤:数人でああでもない、こうでもないと話しながらやったことに面白さを感じました。最後に「こうすればよかったね」というところに辿り着けたことも良かったと思います。

山縣:話し合いながら分析をしていく中で自分の考えになかったことが出てきて、チームでやることの良さを感じました。

 最後に、溝上氏から今後も定期的に行っていきたいという挨拶があり、3時間余りの交流会が幕を閉じました。終了後に集めた学生のアンケートを拝見したところ、「全く話せずに終わると考えていたが、想像以上にさまざまな話ができた」「自分の目指したい方向と似た目標を持った人たちと関われてよかった」「別の大学に3人の知り合いができただけでも価値があった」といった感想が寄せられており、オンラインであっても、学生同士のネットワークを広げる確かな一歩になったことを感じました。


図9 Bグループの分析の結果

2人の教員の思い

 この交流会の開催に至った背景やその意図について、開催の中心となった2人の教員の方に、日を改めてお話を伺いました。

(インタビュー日:2022年10月13日、取材:橘 肇、浅野将志)


溝上拓志氏(桐蔭横浜大学スポーツ健康政策学部講師)

吉村広樹氏(仙台大学体育学部新助手)

学外との交流から成長への刺激を

溝上:僕は仙台大学にスポーツ情報マスメディア学科ができて3年目の2009年に入学し、大学院と新助手を経て、昨年度まで仙台大学の教員を務めていました。最近、他の大学でもスポーツ情報に関する学科が設けられたり、授業が始まったり、部活動で実践的なことを行ったりしているという情報を見聞きするようになりました。そうした中で、ほかの大学はどんなことをやっているのだろうか、自分が課題に思っていることは解決されているのだろうかといった疑問を持つようになりました。今年、ご縁があって僕は桐蔭横浜大学の教員となり、また仙台大学には僕のよく知る吉村さんが赴任されました。これは一緒に取り組むチャンスだと思い、まず交流から始めて、走りながら学びの形にしようという感じでスタートしました。

吉村:私は仙台大学で溝上先生の6年後輩にあたります。野球部で一軍の公式戦に出場することを目標に努力し、2年生になったときにそれを果たすことができました。その一方で、授業で聞いたスポーツ情報戦略の話にも魅力を感じるようになり、選手を続けるか、アナリストに専念するか非常に悩んだのですが、思い切ってアナリストに専念することにしたのです。溝上先生には、その頃にいろいろとご指導いただきました。卒業後は3年間、東京にある会社でスポーツ分析ソフトウェアの営業とサポートの仕事をしていたのですが、もう一度学び直したいと思い、大学院への進学を視野に、今年度から仙台大学に戻りました。現在は学内団体の「スポーツ情報サポート研究会」の事務局を務めていて、学生たちのサポートや勉強会の開催、学外の方を招いた講演会の企画などを行っています。

 仙台大学は地理的に東京から離れていることもあり、学生の頃、どうやって情報を得ればよいのか、どうやって学外の方とつながればいいのか、悩みがありました。そうした経験から、今の学生たちに学外の仲間ができたらという思いがありましたので、溝上先生からお話をいただいたとき、ぜひやりたいとお答えしました。

溝上:教員にはそれぞれ専門性があります。僕が授業などで説明していることとは違う角度からの話をほかの教員から聞くと、同じ分野でもまた違う発見があると思います。もう1つは仲間というか、ライバルというか、同じような目標を持つ仲間のつながりはすごく大切です。大学4年間をいつも同じメンバーの中で学ぶよりも、他大学の教員や学生にも出会うことによって、刺激やより成長するきっかけを得られると考えています。

同世代の仲間と一緒に成長していく

吉村:今回は参加希望者を募ったところ、部活でスケジュールが合わない学生もいて、4年生1名、1年生2名の3名になりました。4年生の須田さんは日本バドミントン学会での発表経験があるので心配していなかったのですが、1年生の2人が想像以上にグループワークで活発に、積極的に話をしていたのが印象的でした。

溝上:両大学とも意欲的に学んでいる3名が参加してくれたので、お互いをよく知るという点で少人数でもよかったと思っています。学生たちのアンケートでも、近い目標を持つ人たちと関わることができてよかったとか、他大学に同世代の知り合いができただけでも価値があるといった感想がありました。今年度はいろいろと試行錯誤して、来年度もし一緒にやりたいと思う他の学生さんがいたら、少しずつ輪を広げて年間の計画でともにこの分野の学びを深めていけたらとも思っています。

現場体験と学びの好循環をつくりたい

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