チームの目標に基づく、一貫した分析とコーチング ──筑波大学ラグビー部を支えるチーム文化|橘 肇(月刊トレーニング・ジャーナル2023年3月号、連載 実践・スポーツパフォーマンス分析 第15回)


橘 肇・橘図書教材、スポーツパフォーマンス分析アドバイザー

監修/中川 昭・京都先端科学大学特任教授、日本コーチング学会会長

(ご所属、肩書などは連載当時のものです)

国立大学でありながら、関東大学ラグビー対抗戦グループの上位で戦い続け、さらには日本代表やトップレベルのチームに、選手だけでなく、アナリストや指導者など多くの人材を輩出しているのが筑波大学ラグビー部である。その根本にあるものに迫った。

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https://note.com/asano_masashi/n/nb58492f8076d

 2022年度の大学ラグビーの掉尾を飾った第59回全国大学ラグビーフットボール選手権大会。この大会で注目を集めたのが、関西、関東の強豪である天理大学と東海大学を連破し、8年ぶりにベスト4に進出した筑波大学の戦いぶりでした。筑波大学ラグビー部については、私自身も長年、予算や人材獲得に制限のある国立大学でありながら、早稲田や明治といった私学勢と互角に戦い続けるその実力に注目してきました。そしてもう1つ特筆すべきことは、筑波大学の学生時代にアナリストを務めた人たちの多くが、卒業後に日本代表やリーグワンのチームのアナリスト、また大学の指導者として活躍していることです。限られたリソースを最大限に活かして戦い、そしてラグビー界に多くの人材を送り出しているチームの根本にあるものについて、嶋崎達也監督と学生スタッフの方を取材しました。

大学院生を中心とした指導体制

――チームスタッフの中にアナリストを置くようになったのは、いつ頃からでしょうか。

嶋崎達也氏(筑波大学体育系助教、ラグビー部監督):大前提として、筑波大学は元々、教員を全国に輩出する使命があります。国立大学ですからラグビー部が特別扱いされたり、大学から特別に運営費が援助されたりすることはありません。その代わり、将来教員を志望している大学院生がコーチとしてチームをサポートする文化があります。僕が大学院生としてコーチをしていた2007、8年当時も、ゲームパフォーマンス分析ソフトを使ってデータを出したり、映像を使ったりしながら、コーチングを行っていました。

 とくに他の大学から筑波大学の大学院に進学した学生は、チーム文化の違いもあって、すぐにはグラウンド上でのコーチングに入っていけない場合があります。そこで、まずアナリストという形でチームに関わりながら、グラウンド上の指導に出ていくような形を取ることもあります。そのうち、途中で選手を辞めて、アナリストをやりたいという部員が出てくるようになりました。今では最初からアナリストやトレーナーなどをやりたいという学生が入部するようになり、スタッフが充実してきました。

 ゲームパフォーマンス分析を担当しているのは、選手の中の「データ委員会」と、チームスタッフの中のアナリストのメンバーです。データ委員会は、試合の一般的な数値データの集計をしてくれます。アナリストたちはもっとスピードが必要なデータ、コーチ陣が試合翌日のミーティングで必要とするようなデータを担当しています。重複する部分もあるのですが、試行錯誤しながら役割分担をしています。


ビデオ撮影を行う髙木皓太氏

チームスタッフを希望した理由

―― 3人の学生スタッフの方は、どのような考えで今の道を選んだのでしょうか。

髙木皓太氏(筑波大学生命環境学群4年、ラグビー部アナリスト):私は茨城県の茗渓学園の出身ですが、中高6年間を通じてラグビー部には所属していませんでした。けれども体育の授業でラグビーをプレーしたり、中学1年のときに高校部が全国ベスト4の好成績を挙げて、学校全体が盛り上がる雰囲気を感じたりする中で、ラグビーが好きになっていきました。さらに、当時茗溪学園の英語教員だった柴谷晋さんがトップリーグの東芝のアナリストになったことで、裏方のスタッフの存在というものを知りました。そのあたりから、大学では裏方としてレベルの高いラグビーに関わりたいと思うようになりました。

――アナリスト希望で入部したのですね。嶋崎先生、そうした学生には、最初からアナリストとしての仕事を任せるのでしょうか。

嶋崎:以前は、たとえばトレーナー志望の学生に対しても、最初は選手としてプレーを体験させていた時期もあったそうです。しかし今はスタッフとして支える人も重要な存在ですので、トレーナー志望者にしてもアナリスト志望者にしても、最初からやりたいことをやらせるというスタンスです。ちょうど髙木が入学した頃は、筑波大OBがアナリストをしている男女セブンズ日本代表の仕事を手伝う機会もあったので、いい経験ができたと思います。

髙木:自分が直接日本代表の合宿などに行ったわけではないですが、先輩が帯同して撮影の手伝いなどをしていたので、そういった話を聞いていました。

嶋崎:今、男子セブンズ日本代表アナリストの中島正太のもとで、女子ラグビーの選手出身で筑波大学時代にアナリストをしていたOGの東茉那がアナリストのサポートをしています。

須永昌孝氏(筑波大学人文・文化学群2年、ラグビー部アナリスト):高校時代はラグビー部でプレーをしていました。高校の先輩が筑波大学で活躍されていたので、ラグビー部から誘いを受けたのですが、レベルの高さなどもあって、選手としてプレーを続けるか悩みました。そのときにアナリストという道もあることを知って入部しました。

 アナリストは、選手のことを一番近くで見られる立場だと思っています。たとえば分析のために試合映像を何回も見ているうち、試合を生で見ているだけではわからない選手の頑張りが見えてくることがあり、やりがいを感じます。

田上碧彩氏(筑波大学体育専門学群2年、ラグビー部S&Cスタッフ):自分は高校でラグビーをプレーしていました。兄が筑波大学のラグビー部で、その同期に女子ラグビーの方がいたので、私も筑波大学を目指しました。ただ筑波大学には女子ラグビーのチームがないので、練習はできても試合には出場できません。そこで他の大学の女子ラグビー部にも所属していたのですが、どちらか一本にした方がいいのかなと悩んでいました。その頃、チームでストレングス&コンディショニング(S&C)コーチをされていた知念莉子さんが日本代表のユースチームなども担当されていて、そういった方の元で勉強したいと思いました。知念さんが日本代表の仕事で筑波にいらっしゃらないときもあるので、その穴を埋められたらと思って、今に至ります。

 現在はS&Cスタッフとして、フィットネストレーニングや試合前のウォーミングアップのサポートをするほか、練習後にGPSのデータをまとめる仕事などもしています。


ゲームパフォーマンス分析ソフトを操作する須永昌孝氏

試合分析もGPSデータの分析も

――「試合分析」だけがアナリストの仕事ではないのですね。

嶋崎:うちのアナリストたちは試合分析だけでなく、S&Cの分野の仕事も分担しています。田上の方では、毎日、練習メニューごとにRPE(主観的運動強度)を記録して、練習時間と合わせて負荷量を出してくれます。アナリストもそれをサポートする形で、たとえばグラウンドでアタックディフェンスの練習を行う際、レシーバーでS&Cのスタッフと連携しながら時間の管理をしたり、コンタクトフィットネスのトレーニングのサポートを行ったりしています。アナリストなので試合分析だけやっているという感じではありません。コーチ陣の数が限られているので、練習が円滑に進むように動いてもらっていることが特徴かなと思います。それ以外には映像の記録ですね。たとえばスクラムの練習だと、両サイドから撮影して、それを練習後に編集してすぐにインターネット上にアップしてくれます。練習のメニューごとに映像を小分けにして共有してくれます。

――とくにスピードが必要なデータをアナリストが担当しているということですが、具体的にはどのような項目でしょうか。

髙木:自分たちが担当しているのは、たとえば試合でのタックルの成功率であったり、ブレイクダウン(タックル後のボール争奪戦)での起き上がりの速さであったり、エリアポゼッション(グラウンドのエリアごとのボール支配率)といったデータで、試合の翌朝にはコーチングスタッフに共有できるように作業をしています。

――練習中に記録しているGPSのデータについて、データの種類や選手へのフィードバックの形、また練習メニューへの活用法など、お聞かせください。

田上:具体的にはRPE(主観的運動強度)、練習時間内の移動距離、メニューごとの移動距離や最高速度などです。練習メニューごとに時間と移動距離を算出して、1分間にどれだけ動いたのかという指標を出しています。選手自身も自分の運動量を知った方がモチベーションにつながるんじゃないかということで、指標になるような簡単なデータだけをまとめて、練習後に選手全員に共有しています。

嶋崎:こうしたデータを取る理由の1つが、練習中に「走りすぎてしまう」問題を起こさないようにすることです。単に強度の波をつくらずに上げて追い込むと、負傷につながってしまうこともあります。選手の主観の部分とデータを合わせて毎日まとめてくれているおかげで、コーチングスタッフはとても助かっています。選手は情報量が多すぎると見なくなりますので、そこはスタッフがひと手間入れて、加工して出してくれています。

――どちらかというと、オーバートレーニングを防ぐという目的のほうが大きいのでしょうか。

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