2. 多角的なアプローチで肩関節の動作を整える(月刊トレーニング・ジャーナル2020年12月号 特集/投球とコンディショニング)


久下明範・阪堺病院SCA主任トレーナー、堺シュライクストレーナー

投球傷害など肩のケガに悩まされる野球選手は少なくない。そうした悩みを持つ選手や患者を勤務する病院や指導先のチームで多数の指導経験を持つ久下氏に、肩関節のケガ予防やパフォーマンス発揮のための取り組みについて、お話を伺った。


肩へのアプローチ

 私は大阪府堺市にある阪堺病院内のトレーニングジム「Strength & Conditioning Academy:SCA」の常勤トレーナーとして勤務する傍ら、野球のさわかみ関西独立リーグに所属する堺シュライクスのトレーナーをしています。選手に肩について説明する際は、たとえば肩甲胸郭関節のスタビリティが獲得できないと肩甲上腕関節やローテーターカフのエクササイズをしても効果は落ちるということがあるので、そういったことを選手に話すことが多いです。その際には実際に選手の肩甲骨を触って「ここに肩甲骨があるよ」と認識させるようにしていて、ローテーターカフのことは選手にわかりやすく「インナー」という共通言語で話しているのですが「インナーが肩甲骨から上腕骨についているよ」という風に説明しています。

 肩甲骨というのは浮遊関節ですごくよく動く反面、不安定なので「インナーをがんばって鍛えても肩甲骨がきちんと安定したポジションにないとインナーには効いてこないよ。だからまずは肩甲骨を安定させる、いいポジションに保つためのトレーニングをしているんだよ」という説明をいつもしています。

 肩甲骨のポジションを安定させるためのエクササイズは順番が大切で、私は前鋸筋のエクササイズ(写真1)を最初に行うようにしていて、プッシュ動作で前鋸筋の活性化をさせていきます。肩甲骨のポジションで一番問題になるのは翼状肩甲だと私は考えています。なぜかというと肩甲骨が前傾・内旋位になり前方・肩が下がっている位置になっている人が肩の痛みを訴えるケースが多いのですが、それを菱形筋や僧帽筋にアプローチして後ろから引っ張ることで後方に戻そうとすると思いますが、肩甲骨が翼状になっていると肋骨との距離が離れたままになってしまうので、いくら菱形筋や僧帽筋で引っ張っても改善しきれません。そのため、前鋸筋の働きで肩甲骨を胸郭に近づける方向へ力がかかるようにすることで、肩甲骨と胸郭のポジションを整えるということを第一に行います。



写真1 前鋸筋のエクササイズ

 そこから僧帽筋の中部や下部、菱形筋のエクササイズをすることによって肩甲胸郭関節の安定性が出てくるということを経験してきましたし、PRIなども勉強していく中で、前鋸筋と肋骨下部の内腹斜筋との関係性も考えるとやはり前鋸筋は重要だなと思ったので重要視しています。

荷重・圧縮ストレスをかける

 エクササイズを指導する中で、私が多く行っていることに荷重をかけるということがあります。たとえば肘をついてプランクの姿勢をとった状態で肩甲骨内転位から外転位にして(写真2)、さらに股関節を屈曲しながら骨盤を上方へ持ち上げるといった動きです(写真3)。内転位にする際は上体の重みで落とすようにして、胸椎の伸展も入るようにしています。肩甲骨の外転や身体を上方へ上げる動作は肘で床を押しながら行い、このときに肩甲上腕関節に圧縮ストレスがかかるのですが、それに伴って関節のメカノレセプターが反応して、自分の肩がどこのポジションにあるのかという情報を脳に伝えます。肩関節は日常では牽引ストレスがかかっていることが多いので、その状態で得ている情報から違う情報を脳に送ることにより肩甲上腕関節の適合性が高まるポジションになりやすく、圧縮ストレスをかけることで求心性が高まるかなと思っています。


写真2 前鋸筋のエクササイズ

写真3 前鋸筋のエクササイズ

 ほかにもプランクから上体を回旋させて片手支持にしてそこから上方回旋させたりするというエクササイズ(写真4)も行っています。姿勢を保てるポジションにすると、自然とスキャプラプレーン上になるので、その中で上方回旋や外転することで協同運動になるので、圧縮ストレスを入れた状態で行うのが効果的かなと思っています。

 手術後の選手やSLAP損傷の選手には初めから圧縮ストレスをかけるということはできないのですが、それでもOKCでチューブを使用すれば軽い圧縮ストレスをかけることができるので、そういったエクササイズから行うようにしています(写真5)。ただOKCのエクササイズを行うと、肩の動きも代償動作が入りやすくなってしまうので注意が必要です。荷重をかけて行うと状態が上がっていくという経験があるので、この圧縮ストレスは効果が大きいのかなと思っています。荷重エクササイズも膝をつくなど負荷は調整できるので、高齢者の方にも行えます。


写真4 前鋸筋のエクササイズ

写真5 チューブを用いたエクササイズ

 また、SLAPなどの選手でもこれまでこのエクササイズで痛みを訴えた選手はいません。SLAPの原因とされているレイトコッキング期の牽引ストレスと減速期の牽引ストレスがありますが、加重は圧縮の力がかかるので、受傷機転と同じストレスがかかることはありません。もう1つ言われているストレスが、関節後下方の拘縮によって上方に変異してインピンジメントを起こしてしまって損傷するというメカニズムです。そういう選手には痛みが起きるかもしれません。ですがこれは肩甲骨と上腕骨の位置関係がずれての圧縮なので、そこをまず整えるという意味でも問題はないかなと考えています。やってみて痛みがあれば問題だと思いますが、これまでそういう選手はいませんでした。

 ただ、プランク姿勢で翼状肩甲になる選手もいるので、それは三角筋など別のところに代償が起きたりすると別のストレスがかかってしまいます。サイドプランク(写真6)でも肩の位置が悪いと肩に疲労感や痛みを訴える選手もいるので、そこは注意して見るようにしています。痛みが出るということは代償動作が起きているということなので、その場合はレベルを落としたり荷重感覚を変えたりしています。



写真6 サイドプランク(姿勢が崩れている)

 しかし、これらのエクササイズを見るときにあまり細かいところまで動きを見て、細かく言うことによって反対に選手に力が入ってしまったりするので、言葉のかけ方も注意が必要です。それでも本人に意識してほしいところは前鋸筋なので、脇の辺りに力が入っているかは確認して、インターナルキューイングも入れながら、肘で地面を押すようにといったエクスターナルキューイングも意識して行っています。

 野球選手だけでなく、一般の方でも痛みがある患側の肩ばかりエクササイズを行ってしまうケースが多くあり、その上で痛いところばかり探してしまう。すると姿勢筋緊張による可動域の低下など別の問題も起こってしまったりするので、肩のエクササイズをする場合には必ず健側から先に行うようにしています。

エクササイズの負荷

 私は肩甲上腕関節のエクササイズについて、機能改善にはそこまで大きな負荷は必要ないのではないかと思っていて、それよりも刺激を変える。メニュー自体を変える方がよいのではないかと考えています。エキセントリック収縮に耐える筋力向上のためにウェイトトレーニングを入れていくということが多いです。もう1つの目的としてウェイトトレーニングは筋力を上げるだけでなく身体の使い方を学習するアシストになるので、私はそういった狙いでもウェイトトレーニングを取り入れています。ウェイトトレーニングもベンチプレスなどの種目だけではではなく、ケトルベルを使用したエクササイズを行っています。たとえば足を前後に広げたスプリットポジションでのワンハンドケトルベルショルダープレスで、スキャプラプレーン上で動作を行うといったことをしています(写真7〜8)。前鋸筋も働きますし、挙げたときに肩甲上腕関節に圧縮ストレスもかかるのでよく行うエクササイズです。



写真7 ケトルベルショルダープレス


写真8 ケトルベルショルダープレス

 あとは同じくスプリットポジションでのランドマインプレスも行います。これはプッシュ動作の際に手が前額面上で半円を描くような軌道でプッシュしていくというエクササイズです。どちらもスプリットポジションで行っているのは、エクササイズ中の下半身の調整力を使いにくくするという狙いと、体幹の前額面上での安定性を狙って行っています。この前額面上の動きを安定させた状態で行うということが大切なので、そのための負荷をかけたりしています。

肩と周囲の連動性を高める

 肩のケガをする選手は、たとえば屈曲可動域が一見出ているように見えても、実は120°くらいから肋骨外旋とか腰椎を伸展させながら挙げている選手が多いと思っています。Functional ROMと言われたりしているのですが、そこの角度が肩関節だけの可動範囲で出せる選手が少なく、肋骨・胸椎・腰椎から動かしてしまっている。それに伴って胸椎や腰椎の伸展のキャパシティも重要で、どこで止まってしまうのか。そこから無理やり伸展方向に持っていくことで腰に痛みが出てしまうのか、肩にインピンジメントが起こってしまうかだと思うので、そういった動的な動作を見るようにしています。たとえば肋骨を押さえた状態で肩関節を挙上してもらって、その際に下部肋骨が外旋してこない範囲はどの辺りかということを見ていて、そこから肋骨が外旋したときに肩関節を自分では自動でそれ以上は動かせないということになります。胸鎖関節や肩甲上腕関節、肩甲胸郭関節の3つの関節が動く範囲を超えて動くには胸椎や腰椎の伸展に頼るしかないので、脊柱の屈曲・伸展の可動性は注意が必要だと思っています。アプローチとしてはまず立位姿勢を見て、腰椎の伸展の状態などを見ていきます。そういう部分も含めて、体幹部分もしっかりと安定させるようにしたり、肋骨を内旋させた状態で肩関節を挙上できるようなエクササイズを入れたりするので、それに伴って呼吸のエクササイズも必須になってくると思います。

 肩の動きですが、肩甲上腕関節だけではありません。屈曲という動きを肩関節だけでなく脊柱でもちゃんとしたポジションをとっておく。そうした両方のキャパシティがなくなるのでどちらかに支障が出てしまうという考えです。バレーボールでも肩の影響で腰に痛みが出る選手がいたりしますが、競技によって矢状面上の動きを出しておいた方がいいのか、回旋系の動きを出した方がいいのかというところは注意して見ていきます。バレーボールならブロックの動きとスパイクの動きでは同じ肩関節の屈曲でも脊柱の動きが異なります。肩関節のセカンドポジションでの外旋時に肋骨がどの角度から浮いてくるのかといったことを見ているのですが、そうするとシンプルに考えることができます。求められる動きの最終形態から、どの要素をどのくらいの割合で使ってどうするかというところから考えることが障害予防につながると思いますし、パフォーマンスにもつながると思います。

■コロナ禍の影響

 新型コロナウイルス感染症による緊急事態宣言中は私がチームに行くことはできませんでした。選手は各自トレーニングをしていたのですが、ウェイトトレーニングは環境的にできる選手とできない選手に分かれてしまいました。それまで調子がよく、身体の感覚も掴めていた選手がウェイトトレーニングを行うことができなくなってしまい、それによって身体の使い方が悪くなってしまったために今シーズン活躍できなかったというケースもありました。

 そう考えた理由として股関節のはまり感については19年の冬につかんで、そこから20年の春先のオープン戦辺りまで調子が良かったのですが、コロナの影響で2カ月間関われなかった間にその感覚を忘れてしまっていて。冬にあれだけ感覚を掴んだと言っていたのに、意識していたことすら忘れていました。感覚が完全になくなっていて、それまでスクワットなどウェイトトレーニングがよいアシストになって感覚を得られていたのが、ウェイトトレーニングができなくなって入力もなくなってしまったので忘れてしまったのだろうなというのが私の考察です。チーム全体での練習再開後には足部感覚が鈍くなっていたのもその選手の特徴で、重心移動がうまくいかなくなることで上半身まで力の連動ができなくなり、上半身と下半身の動きがバラバラになってしまったというケースがありました。緊急事態宣言による活動の制限という理由があったにせよ、私自身何かしらもっとよいアプローチができたのではないかと思っています。

エクササイズの段階

 私はエクササイズを自重で行うのとウェイトを持って行うので分けて考えていて、まずは自重でどれだけコントロールできるかにアプローチしてから、チャレンジとしてウェイトトレーニングをやっていきます。私の経験上トレーナーが負荷を低めに設定してしまうことが多いのですが、それによって選手の可能性を下げてしまうことがあると思うので、チャレンジ的にさせてみてからという流れで行います。

ここから先は

3,053字 / 5画像

¥ 150

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?