スポーツ分析コーチという仕事 ──自ら成長するアスリートを育成 〈米澤穂高氏 スマイルスピリッツ〉|橘 肇(月刊トレーニング・ジャーナル2022年4月号、連載 実践・スポーツパフォーマンス分析 第4回)


橘 肇
橘図書教材、スポーツパフォーマンス分析アドバイザー

監修/中川昭
筑波大学名誉教授、日本コーチング学会会長

(ご所属、肩書などは連載当時のものです)

先月まではスポーツデータ企業に所属するアナリストを取材し、アナリストの能力を活かしたさまざまな事業展開の可能性を探った。今回はチームや企業に所属せず、スポーツパフォーマンス分析を軸にしたコーチング活動を行っている人物を取材した。

連載目次ページ
https://note.com/asano_masashi/n/nb58492f8076d


 スポーツパフォーマンス分析には大きく言って、「映像による質的なパフォーマンス分析」と「数量データによる(量的な)パフォーマンス分析」があります。これ以降の記事の中では、それぞれを表す用語として「映像分析」と「データ分析」を使うこととします。

 私が長年スポーツパフォーマンス分析に携わってきた中で、アナリストではない、ストレングス&コンディショニングコーチやアスレティックトレーナーといった職種の人たちが、動作分析やゲームパフォーマンス分析をトレーニングや技術的な指導に活かしている場面を数多く見てきました。そうした光景を見るたび、将来、スポーツパフォーマンス分析をトレーニングやコンディショニングの知識と同じ1つの強みとして、独立して仕事を行うこともできるのではないかとも感じていました。

 今回インタビューを行った米澤穂高氏(スマイルスピリッツ)は、その先駆けとも言える活動をしている人物です。以前からインターネットやソーシャルメディア上で、スポーツパフォーマンス分析を活用した米澤氏のコーチング活動の記事を拝見するたび、「この方はトレーナーやトレーニングコーチなのだろうか、それともスキー競技のコーチなのだろうか」「どういったコーチングを行っているのだろうか」ということが気になっていました。

 米澤氏のウェブサイト 1)には、映像を活用した独自の分析方法「スポーツトータルアナライジング」(STA)と、フォロワーシップコーチング(行動を変える思考にするアプローチ)によって、自ら成長するアスリートの育成を目標にしているとあります。その中で実際にスポーツパフォーマンス分析をどう活用しているのか、まずは米澤氏自身の立ち位置に関する質問からインタビューを始めました。


よねざわ ほたか

アスリートの感覚を映像分析で支援

 僕は映像分析やデータ分析を活用したコーチングを仕事にしています。立ち位置としては「スポーツ分析コーチ」というところです。

 僕の専門はスキー競技のモーグルという種目です。ですから、指導をしている選手にはスキー選手がたくさんいらっしゃいますが、Jリーグや日本代表のサッカー選手、Bリーグのバスケットボールの選手も指導してきました。それ以外には、フェンシングとかトライアスロン、ラクロスのチームや選手も指導しています。またパラリンピック競技では、水泳や、東京パラリンピックでメダルを取ったボッチャの選手もいらっしゃいます。

 映像分析にはもう15年ぐらい携わっています。とくにこの10年くらいの間に、アナリストという存在がスポーツ界にだいぶ浸透して、いろいろなスポーツで活躍するようになったと思っています。たとえばJリーグやBリーグの選手に聞いてみると、アナリストがチーム内でデータ分析や戦略の立案に関わって勝利に貢献しているところは、選手としてももちろんありがたいと言っています。けれども選手個人の成長ということを考えると、それをサポートできるだけの時間的、物理的な余裕はアナリストにはありませんし、そのための人材もまだまだ足りていません。そういう状況で次に求められるのは、選手個人の最大パフォーマンスの発揮やより高いレベルへの成長という点からの分析を行って、チームの勝利に貢献できるように支援する、そういう人材ではないかと感じています。

 映像分析を使う理由は、アスリートにとって一番大切なのは感覚だと思っているからです。アスリートとしての感覚を研ぎ澄ませたいというのが僕のテーマなのですが、感覚だけでやっていると限界があります。たとえばスキーの指導の際、もう少し前傾してとか、膝を曲げてとか膝を横に倒してとか、言葉だけで指導をしても、ちょうどいい位置はずっと見つからないかもしれません。そのときに「あと少し」は2cmくらいだとか、その2cmというのはこの感覚だといったことを映像分析を通じて理解できると、短時間でちょうどいい位置を見つけられることがあるのです。

映像分析で心の動きも観察

 僕自身がスキーの選手だったときに、世界一になるためはどうしたらいいかと考えたり、スキーやスキー以外の競技で世界一になるような選手に出会えたりもしました。その中で、世界一になるための共通点のようなものが見えてきました。その1つが心の揺らぎが少ないことです。たとえば自分が他の選手よりも劣っていると感じて落ち込んでしまうような、そんな無駄な心の揺らぎが世界チャンピオンになるような人にはないのです。そういうことも映像から読み解けることがあるので、そこはすごく活用しています。

 もちろん選手によって変わってくるのですが、たとえば目だと瞬きの数が多くなったり、目線がちらついたりする人がいます。呼吸ですと、鼻でしているのか、口でしているのか、また早さはどうなのかといったことを見ています。そうした身体の一部分だけでなく、身体全体の動きも観察しています。

 以前はそうした心の揺らぎがわかっても、どう修正したらいいのか、たとえばどんな声かけをするのがいいのかよくわかりませんでしたが、10年以上経った今はそれがわかるようになりました。身体の使い方についても、無駄に力みが多かったり、大きく動いてしまったりしているものを、力を伝えたい一瞬に力を発揮できたり、コンパクトに動かせたりするように指導したり、軸とか重心移動のところを注意したりしながら、パフォーマンスを上げていくための指導をしています。

映像分析を活用したコーチングの例

(1)モーグル

 スキーのモーグルは減点競技で、順位の大きな分かれ目になるのがジャンプを飛んだ後の着地です。着地の仕方によってはターンとエアの両方から減点されますし、着地してからいかに早くターンに入るかも大事です。ですので、そこに絞って映像分析を使ったアドバイスをよく行います。たとえば着地でちょっと深く膝が曲がっていたら、「ターンは当然遅くなるよね。もう少し着地をよくするには踏切をどうすればいいだろう?」といった話をします。

 映像分析には「ダートフィッシュ」ソフトウェア 2)を使用しています。個人競技の場合でも、チームスポーツの場合でも、よく使う機能は「タギング」です。試合や練習をライブで分析するときには、なるべく項目を絞っています。

 動作を細かく分析したい場合は、着地のよかったときと悪かったときを横に並べて比較することが多いですね。新しい技に取り組み始めたときや、選手が普通の速度で理解できていないと感じるときには、スローモーションで見ることもあります。たとえば何回も回転する技を行う場合には、速過ぎてわからないことがありますので、空中での身体の締め方を見る際などに結構使っています。選手自身も、その技ができているのかいないのか、曖昧に感じているときには自分で見ています。それが感覚として掴めてくると、選手も僕もスローモーションではなく通常の速さで確認するようになっていきます。


写真1 モーグルの選手への映像分析を使った指導


写真2 モーグルのエアの映像分析を行っているダートフィッシュの画面


写真3 モーグルのエアの改善前と改善後を比較しているダートフィッシュの画面

(2)バスケットボール

 僕がサポートをしているBリーグのバスケットボール選手の例です。あるときシュートがなかなか入らない、入ったとしても何かしっくりこないという相談を受けました。そこで、シュートが入っているときと入っていないときの映像を見比べてみると、ほんのわずかですがシュートを打つときの足の左右や前後の幅に違いがありました。そこで、数cm前後に開いてみたら身体が安定して動きやすくなるのではという提案をしてみました。すると本人もしっくり感じたようで、実際の試合でのシュートの成功率も改善されました。


写真4 指導しているバスケットボール選手と米澤氏。右は栄養指導を担当している妻の米澤恵里氏






写真5 バスケットボールの映像分析を行なっているダートフィッシュの画面(上:アナライザー機能、下:タギング機能)

(3)ボッチャ

 ボッチャでは「BC3」という、アシスタントにサポートしてもらいながらランプという道具を使って投げるクラスで、世界一を狙っている選手をサポートしています。このクラスはボッチャの中でもかなり心理面が鍵になるので、心理面と戦略面の両面でサポートをしています。

 たとえば心理面では、自分自身の投球動作のときや、逆に相手が投球しているときの自分自身の映像を見せて、自分の心理状態を理解させることがあります。

 戦術面ですと、その選手は、余裕のある場面だとちょっと思い切った戦術をとりたくなってしまうときがあったのです。それがうまくいって勝利につながればいいんですが、かえって不利な状況に陥ることもあるので、「その考え方はどうだろう?」といったディスカッションをしていました。

 昨年の東京パラリンピックのときには、出場国の10年分ぐらいのデータが蓄積していました。それで各国の戦術の特徴は掴めていたので、僕は次に対戦する国のデータを先に見ておいて、それを選手に事前に伝えていました。使うか使わないかは選手に任せたのですが、勝った瞬間は分析をしていて気持ちのいい経験でした。


写真6 指導しているボッチャの選手と米澤氏


写真7 ボッチャの映像分析を行っているダートフィッシュの画面

映像分析が仕事になるという確信

 そもそもスキーの選手の間では、ビデオを撮影してそれを見返すことを、昔から当たり前のようにやっています。僕自身は1998年にモーグルの選手として活動を始めたのですが、その頃はビデオテープのカメラで自分の滑りを撮影してもらい、午前中に見て午後からの練習に活かしたり、宿で見返して翌日の練習で改善したりしていました。自分自身の成長のためにできることは何でもやろうと思って取り組んでいました。


写真8 映像コーチングを始めた当時の米澤氏

 ちょうど大学院に通っていた頃、トレーニング・ジャーナルだったと思うんですが、映像分析ソフトの広告が目に留まり、開発者の村田祐造さん(スマイルワークス株式会社代表取締役)にすぐ連絡をしました。実際に実業団のバドミントン部の選手をサポートする現場を見せていただき、ぜひ自分でも使いたいと思ったところがスタートです。ちょうど村田さんが映像分析を活用したコーチングを普及しようと「日本eコーチング協会」を立ち上げるタイミングだったこともあり、その講座にも参加しながらどんどんのめり込んでいったんです。

 そして自分が映像を使ったコーチングでトップを目指すのなら、まず最低限、自分がやったことのないスポーツでも結果を出さないといけないと思いました。そこで縁があって、当時創部5年目だった愛媛大学のラクロス部を一緒に学んでいた友人の鈴木典江さんに紹介していただき、分析スタッフとアドバイザー的な立場でサポートを始めました。するとその年の大会であれよあれよという間に勝ち進んで、地区で初優勝しただけでなく、社会人も含めて日本で5位になりました。その次の年は本格的にコーチとして関わることになったのですが、アジアのチャンピオンを決める大会でなんと2位になったんです。僕自身がプレーしたことのないラクロスという競技で成果を出すことができて、これはいろんなスポーツに応用ができる、仕事になると確信した瞬間でした。

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