2.ラグビー部スカウトの目 ──選手の何を見ているか(月刊トレーニング・ジャーナル2023年11月号、特集/スポーツ選手を支えるさまざまな専門職)


河原清明・日本福祉大学ラグビー部セレクター

大学ラグビー部のスカウトとして活動する河原氏に、選手の何を見ているか、どのような選手に声をかけているかなど、仕事の内容についてお聞きした。

特集目次
https://note.com/asano_masashi/n/n6509ce30c67a

スカウトの仕事

 スカウトは、選手を見定めて、きちんとパフォーマンスや人となりを見たうえでチームに勧誘する役割を担っています。私は今、大学のラグビーチームに関わっていますので、声をかけるのは高校生年代の選手ということになります。

 ラグビーの年間スケジュールを眺めますと、いわゆる「花園」、全国高等学校ラグビーフットボール選手権が12月27日から1月7日に大阪府で行われます。そこが最後の大会になります。その頃には、花園に出ていないようなチームでは、すでに各都道府県で新人戦が始まっており、その時点で高校2年生、1年生が主力で出ています。そして各都道府県大会で優勝あるいは準優勝したチームが出場する、地域ブロック大会が2月から3月にかけてあります。その次に、3月末から4月にかけて、選抜大会(全国高等学校選抜ラグビーフットボール大会)が熊谷(埼玉県)で行われます。地方大会から選抜大会までの1月から3月で、よい選手に対しては、有力大学から声がかかって進路が決まってしまうことがほとんどだと思います。そして新年度に入って、4、5、6月に「高校総体」があります。都道府県大会と地方ブロックの大会の中で、ほとんどの有力選手は強豪、中堅どころの大学へと進学先が決まっていきます。

 このあとは、アシックスカップという7人制ラグビーの大会と、少人数の大会が長野県・菅平で開催されます。それらに向けた各地で予選およびセレクションの大会があります。それらを見に行くことはあります。その後夏合宿を経て、9月から11月にかけて各都道府県で花園予選があります。夏合宿から花園予選の時期に、シーズン当初より大きく成長している選手の出現も、高校生の特色の1つです。

 私の所属する大学ラグビー部は、東海学生リーグに属しています。関東や関西と比較すると、なかなか進路に選んでもらえない厳しさがあります。それでも我々のラグビーの信念や志向を丁寧に伝えながら、強豪、中堅、無名、少人数校問わず選手に声がけをしながら、なんとか我らの大学への入学・入部に向けて奮闘しています。

 私は前述通り高校の実力など問わず、選手1人ひとりしっかり見るようにしています。これはもともと、野球のスカウトの方から話を聞いたことがきっかけです。「社会人も大学も高校も、いい選手はたくさんいる。やはりその選手のスペックを見なくてはいけない。そこに目を向けていたら、学校やチームは関係ないのではないか」ということを話していました。なるほどと思って、選手を見るようにしています。

 また、ラグビーの世界ではよくある話かもしれませんが、身体が大きな選手が絶対だと思っています。ワールドカップでは、巨漢の選手が縦横無尽に走り回っています。それはもちろん、大きくて、速くてうまくて、なんでもできる選手がいたら、それは一番いいです。でもそううまくはいきません。なので、頭脳を使っている選手や、小粒でも運動量が豊富な選手、プレーに関与している時間が長いといった選手を見極めるようにはしています。

いい選手の基準

 私はラグビーのスカウトとして、いい選手の基準の1つは、タックルと向き合い、チャレンジする選手です。タックルに失敗するのは仕方がありません。強いチームの選手にタックルして吹き飛ばされてもよいのです。スキル不足もあるでしょうし。それは大学に入ってから鍛えればよいのです。タックルから逃げてしまっていては試合になりません。ほかのスカウトがどういう基準にしているかわかりませんが、僕は厳しくそこを見ています。身体のサイズなど問わず、“タックルをする”選手にはアプローチします。

 なぜそれができるかというのは、我が大学ラグビー部のコーチングスタッフが正しく教えてくれるからです。うちに預けていただければ、「今できなくても一人前の選手にさせますから」と。

 もう1つ大事なのは、日頃の取り組む態度です。これは練習を見に行きます。高校に連絡をしてから行くこともあれば、連絡をせずに行くこともあります。試合で見た選手が、普段どのような練習をしているか、一番わかりやすいのは、単純な走るだけの練習です。ショートカットしているか、ゴール前で減速していないか。つまり“サボる”選手は、声をかける対象から外すようにしています。このような選手は、重要な局面でエラーをすると感じています。

 かつて私が同じチームでプレーをしていた選手が、人より余計に外を回っていて、僕が走っているところを追い抜いていくのです。その選手はケガもせず、現役時公式戦全試合フルタイム出場でした。私の現役時、間近でそういうのを見てきたのがあって、「一緒にラグビーやりたい」選手は、タックルそしてハードワークという基準で、高校生を見ています。

「スカウトとしてやっていけそうだ」という手応えができてきたのも、このような基準ができてからでした。

嬉しかったこと

 これまでのスカウト経験として前所属の大学ラグビー部で、1回戦で負けるようなチームにいた、無名ながらいい選手を見つけたことがあります。プロップです。よく走るし、黙々とタックルし、きっちりとスクラムを組む選手でした。プレーに光るものがある。でも県代表選手などに選ばれたことがないのです。また、ご家庭の事情で、大学進学が厳しいかもしれないという先生の話でした。「ご家庭の事情は、クリアにする。クリアになれば入学してくれますか」と、先生と選手と再度話しました。他方、大学には、パフォーマンスの指数など客観的データを示しながら、そして最終的には「この選手がレギュラーになれなかったら、僕はやめますわ、ラグビー界から去ります」という話をしたのです。監督は「お前がそこまで言うなら」と、その無名選手の獲得について、大学側を説得してくれました。その無名選手は、きょうだいで一番下の子が保育園に通っていて、練習中に「迎えに行ってきます」と、迎えに行って家まで送り届け、また練習に戻ってくるのです。それを聞いて、絶対にきてほしいと思いました。高校の先生に相談したらしく、「難しいほうに進みます」と決意して、我々のもとにきてくれました。そのときは嬉しかったです。フォワードコーチとも相性がよかったのでしょう、大学1年からAチームで出てくれて、ケガもありましたが3年、4年ではレギュラーに定着しました。

 もう1人、無名校にいた選手に声をかける機会がありました。最初はその選手のお兄さんを見ていたのです。よく似ている選手がいるなあと思ったら、いい身体をしているのです。「弟です」ということでした。ナンバー8で出ていたのですが、「本職はプロップです」と。やんちゃで、暴れん坊で、向こう気が強くて、最近ではなかなか見ないファイターでした。「これはおもろいなあ」と思って、「声かかってないの?」と聞いたら、「かかってないですね」ということでした。前年お兄さんに大学にきてもらい、そのあと、弟の試合や練習を見ていたのです。なぜかわからないのですが、県代表チームなどに選ばれなかったのです。この選手のご家庭も事情がありました。そしていくつかの大学から声がかかっていたのです。当時の所属よりもよい条件を出したところもあったようで、獲得できないかもしれないと思っていたところ、我々を選んでくれました。なぜかを聞いてみたところ、「河原さんは1年生の頃からずっと見てくれていたので。それです」とのことでした。その選手も1年生から出て、今はリーグワンの選手として活躍しています。

 これらのことは、自信になりました。ああいうタイプの選手とまた巡り合いたいな、という気持ちでスカウトをやっています。

 昨今ラグビーの選手数が減少し、加えて高校でラグビーをやめてしまうことを目の当たりにします。「せっかくラグビーを選んでくれたのだから」と、選手がラグビーを続けてくれるように持っていくことが、僕の仕事かなと思います。もちろん今の所属でプレーしてくれるのは嬉しいのですが、そういう選手と巡り合って話をして、「うちにこなかったとしても、ラグビーをやってなぁ。見ているから」というのもモチベーションであり、役目であると思っています。ときどき、ほかの大学へ進学した選手が声をかけてくれることもあります。そんなときも嬉しいですね。

スカウトの仕事のきっかけ

 さかのぼりますと、約20年前のことになります。サニックスラグビー部のGMに誘われたのが、スカウトの仕事をするきっかけとなりました。現役のラグビー選手をやめたあとはサラリーマンをしながらアマチュアチームのラグビーコーチをしていたのです。サニックスがトップリーグ(当時)に参入するということで、契約社員としてラグビー部のスタッフ、それもスカウトの仕事を中心にやってくれないかということでした。そのときには大学生選手を中心にみていきました。これがスタートです。

 その後、大学と契約する形となり、大学は2つ目となります。物書き(ライター)の仕事もしていますし、途中でサラリーマンに戻ったり、高校の手伝いをしていた時期もありますが、今はスカウトの仕事に全身全霊を注いでいます。愛知県と福岡県の2拠点を中心に、全国を回っています。

現場へ足を運ぶ

 なるべく練習や試合会場へ足を運ぶようにしています。現場では選手がどんな息遣いや表情、声を出しているかなどがわかります。もちろん動画を通してわかる部分もありますが、身体の使い方、立ち居振る舞いも含めてライブだとさらにわかります。現場に行って見るのに勝るものはないですね。

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