3.養護教諭の仕事に、これまでの経験が活きている(月刊トレーニング・ジャーナル2021年6月号 特集/スポーツ医科学の背景が活きる仕事)


西村徳恵・高校養護教諭、鍼灸あん摩マッサージ指圧師、JSPO-AT

定時制高校の養護教諭として、保健室で生徒の健康に携わる仕事をしている西村氏。業務内容や、これまでのアスレティックトレーナーとしての仕事と共通する部分、これからの展望についてお聞きした。

普段の仕事について

 2019年度に養護教諭として、東京都の定時制高校に着任しました。13:30から22:00までが勤務時間です。養護教諭の業務内容は、基本的には生徒の健康管理に関するあらゆることを担当しています。保健室の先生というと、ケガをした生徒に絆創膏を貼るとか、包帯を巻くなどといったことが、皆さんのイメージする姿だと思います。もちろん日常的にそのような対応もしますが、他にも学校の美化や健康診断の計画と実施、授業に出席できない生徒についてスクールカウンセラーと今後の方針や対応の話し合いなども行います。また、私の勤務する学校には中途退学を防ぐために、都から専門のユースソーシャルワーカーを派遣してもらっているので、学校や家庭での学習困難に対する支援や進路支援を行うために連携を取っています。

 よく「保健室の先生は暇でしょ」と知り合いだけでなく生徒にも言われることがあるのですが、そんなことはありません。定時制高校は、生徒が学校に滞在できる時間は17:00から22:00までで、45分間の授業が4限あり、卒業までに4年間通います。また、定時制とはいえ、全日制と同じくらい保健室を利用しにきます。授業時間(約3時間)の間で、20人ぐらい保健室に生徒が来るときもありました。そのうちのほとんどは体調が悪いわけではなく、ただのサボりなのですが、1日に10人弱ぐらいは保健室に来ますので、常に授業中に保健室に生徒がいるという状態ですね。絆創膏貼ってくださいといったケガの対応ももちろんありますが、友達と喧嘩しただ、彼氏と喧嘩しただので1時間勝手に喋って戻っていく生徒もいます。そういうときは右から左に聞き流していますが(笑)。

 教科の先生は授業の準備などを生徒がいない時間にできるので、ご自身の授業がないと基本的には時間が空いていてその間に他の仕事ができますが、養護教諭は教科の先生とは逆パターンですね。授業中にできないことを他の時間でやらなければいけないので、1日の時間が足りないときもしょっちゅうあります。他の先生は授業の準備などを生徒がいない時間にできます。ご自身の授業がないと基本的には時間が空いているので、その間に他の仕事ができます。また、新型コロナウイルス感染対策として分散登校などで授業がない先生は自宅勤務という選択もできますが、私は全校生徒が対象なので、ある学年が来ていないときも他の学年が学校に登校しているため、基本は毎日学校に来て保健室を開けた状態でした。

 基本的には都立高校に養護教諭は1校につき1人しかいません。全日制では、全校生徒900人ぐらいを1人の養護教諭で対応している高校も沢山あります。複数配置の都立高校もありますが数校です。生徒数という点では、全日制に比べると量的負担は少ないですが、「話がしたい」生徒ばかりなので、質的には大変だと思うことがしばしばあります。都立の定時制高校の生徒数は、大体が1学年1クラスで、総生徒数が50人前後ですが、私の勤務する学校はマンモス校で、全校生徒で200人弱います。今は、入学する生徒自体が少なくなってきているので在校生は少なくなってきていますが、それでもかなり多い方です。

 定時制の年齢層は幅が広く、15歳の高校1年生から入学できます。上はもう本当に上限がなくて、だいたいは20歳前後の同年代が多いのですが、私が着任した年度に卒業された人で90歳の方がいました。その方は卒業後放送大学に進学して、今は大学生をされています。今年度も70歳代の方が入学します。中学卒業後は集団就職がほとんどだった時代の方とか、戦時中で中学校を卒業できなかったとかで、隣に夜間中学があるので、そこを卒業されて定時制高校に入学するという方も多いです。また、私の学校は外国籍の生徒も多くて、成人になってから日本に来日されて、夜間の中学校を卒業して高校に通い、卒業して日本で仕事に就くために頑張っている生徒もいます。ただ、年齢層が幅広いと言っても業務の内容は変わりません。逆に年齢が高いと、「高校を卒業したい」と、学校に来ている目的が明確です。また、私の学校だと外国籍の生徒も多くて、成人になってから日本に来日されて、夜間の中学校を卒業して高校卒業して日本の永住権を得るために頑張っていらっしゃる学生もいます。そのため、年齢が高い生徒は基本的に保健室には来ません。やはり来るのは思春期の高校生年代の子たちです。成人の生徒は糖尿病などの基礎疾患を持っていることもあるので、注意は必要ですが、年齢が幅広いからといって特別何か準備しておかなければいけないということはないですね。

■定時制と全日制のワークライフバランス

 定時制の業務時間は全日制の先生方よりかなり時間に余裕があります。勤務時間は13:30〜22:00ですが、全日制の生徒が17:00までいるので定時制の生徒はそれまで学校に入れません。そのため、13:30〜17:00は自分の時間として、教科の教員であれば教材の準備をしたり、会議をしたりとか、そういった時間に充てることができます。これに対して全日制の教員の場合は、生徒と一緒に出勤して、日中は授業生徒対応をして、授業終了後に部活動を行います。全日制では出勤から退勤まで基本的に生徒がいる時間帯に働きますが、定時制は昼の時間帯は生徒がいないので自分のために時間を使うことができ、夜は生徒対応が中心となるという部分で大きく違います。先述した全日制の部活動の依頼は定時制の生徒がいない時間なので受けることができています。そういった意味で定時制に勤務するというところのメリットはあります。

保健室での対応

 内科疾患だと、顔色を見て、緊急を要するようでなければ体温を最初に計測します。そのまま問診をして、具体的な内容を聞く感じです。でも、サボりに来た生徒には、もうそのまま勝手に座っててください、喋らなければ1時間いていいよって言うのですが、おかまいなしにずっと喋っていますね(笑)。保健室に来る時点で具合が相当悪い生徒は今のところほとんどいません。マニュアルには他にも心拍数、呼吸数を計測するなど様々やることはあるのですが、大体は体温を計測して、本人の様子を伺うというのが一般的な最初の対応です。実際、確認しなくてはならないというときのために、酸素飽和濃度を測定するSPO2計もありますが、使う機会はほとんどありません。

 出血などの外科系の対応ですが、保健室で対応できる程度のケガであれば、流水で洗浄をさせてから被覆をするという流れで対応しています。最近は消毒はしません。でも、いまだに「消毒してください」と生徒には言われるので、消毒をすると頑張って治そうとする組織が駄目になってしまうことを話します。また、運動が苦手な生徒が多いので、たとえば、バスケットボールの授業で突き指をして「先生指が痛い」と言った、整形外科系のケガをする生徒もすごく多いですね。突き指で剥離骨折した生徒が何人もいて、生徒が突き指と訴えて来室した際は、必ず内出血の有無や腫れ具合を見てから対応を決めます。でも、生徒はすぐに「湿布ください」と言います。基本的には氷でアイシングをさせます。帰る時に保健室に寄ってもらって、家に帰るまでの冷却として湿布を出してあげることはしますが、基本はアイシングです。製氷機も新しいものを買ってもらいました。今までは半月型に製氷されるタイプの製氷機でしたが、壊れたということもあったのですが、ブロック状に製氷されるタイプの製氷機にしてもらいました。そうでないとそもそものアイシングの袋がつくりづらくて。包帯ではないですがベルトがありましたが、返却の必要がありますし、少し動くと緩んで患部からずれてしまうので、ラップを購入してもらって固定できるようになりました。

アスレティックトレーナーの知識が生きている部分

 勤務して2年経過しますが、ケガをした後に何をするべきかを分かっている生徒はやはり少ないです。そのため、捻挫にしても突き指にしても、炎症症状が見られるのであれば、その日と翌日にお風呂に入らないようにしてねといった基本的な指導をするようにしています。あと、「少し体重を落としたいんだけど何食べればいいんですか」と、栄養面で質問してくる生徒もいます。生徒が自己判断すると、食を減らしてしまうことが多いので、「こういうものを多めにとって、こういうものは少し控えるようにしましょう」「炭水化物もこういう時間帯に摂るといいよ」といった栄養学的な面のアドバイスをするときもあります。また、スポーツ心理学ではないですが、メンタルケア的な部分も役立ちます。こう振り返ると、養護教諭の仕事の全般的に役に立っていると思います。

 また、新採1年目はバレーボール部の顧問をやっていて、大会会場にも行っていました。養護教諭で運動部の顧問やるという例はほとんどないですが、私は小学校から高校までバレーボールをやっていましたし、保健体育の教員免許を持っているという背景があり任されました。週2回、放課後に部活動がありました。バレーボール部では練習や試合のときに起きたケガの対応のほか、応急手当ができるようにトレーナーバッグを準備しました。

 これ以外にも、私のバックグラウンドを知った全日制の顧問の先生からお声かけいただいて、w-upやトレーニングメニューの作成と指導をさせていただきました。私が今回お声がけいただいた時期が、1年間の大会が終わり、ちょっと間が空く2カ月間ぐらいでした。そこで、「最初の月はトレーニングをメインに、しっかり強度を強くしてフィジカル的な部分を中心に高めていって、残りの1カ月になったら疲労がたまらないように注意しながらトレーニングを継続し、技術練習の時間を多くして…」と顧問の先生とお話ししていました。しかし、1カ月後ぐらいに新型コロナウイルス感染症が流行してしまい、臨時休校になり部活動もできなくなってしまったため、計画は途中で終わってしまいました。顧問の先生とは、定期的にテストを行ってトレーニングの効果をみていこうとは話していましたが、全部流れてしまいました。ただ、トレーニングは部活ができない期間の自主トレメニューとして活用していただいていました。

 ほとんどの運動部は1年間を通して大会があるので、大会までの間のトレーニングをどうするかという部分を、顧問の先生が判断するのは難しいですよね。まさにそこはATとしての知識や経験が活かされていると感じましたし、私が教員になってやりたかったことでもあります。

 トレーニング以外にも、基本的な足関節のテーピングの講習会をやってほしいという依頼もあり、部活の生徒全員が受講するという形で行いました。

 また、緊急時対応マニュアルや、 AEDなどの安全管理の部分などは、ATというよりも養護教諭がやっていかなければならない部分です。学校教育法の中で、「養護教諭は児童の養護を掌(つかさど)る」と明記されており、生徒の健康や安全に関するあらゆることが自分の業務の対象となります。そのため、緊急時対応マニュアルに関しては年度の初めに必ず全教職員に対して周知をし、救急病院の場所や対応できる診療科を調べ、マニュアルと一緒に職員室に掲示し、どの先生にも対応してもらえるようにしています。

■配属先はご縁

 私が勤務している学校は東京都の公立高校なので、東京都の採用試験を受けました。養護教諭は、小学校・中学校・高校・特別支援学校が対象になります。採用試験に合格すると、教育委員会が着任する学校を決めるので、どこに配属されるかはわかりません。養護教諭は、小学校・中学校・高校・特別支援学校が対象になります。

 配属が決まると、配属先の学校から直接電話がかかってきます。私の場合は定時制の高校から電話がかかってきて、校長・副校長との面接を経て入職しました。余談ですが、学校も教育委員会からこの人が配属されます、という連絡で誰が配属されるかを知るそうなので、本当にご縁という感じです。

鍼灸の知識が生きている部分について

 昔は定時制といったら、お昼仕事をして夜に勉強しにくる生徒がほとんどで、私自身そのイメージが強かったのですが、実際は小中学校で不登校だった子たちが通う傾向が強く、リスタートという部分を担っている印象があります。不登校だけでなく様々な精神疾患をバックグラウンドに抱える生徒もいます。鍼灸の資格を取得した後に、東洋医学をメインにした鍼灸院で勉強したことがあり、その治療院には整形外科疾患、内科疾患、精神科疾患など、様々な疾患を持った患者さんが治療を受けていました。そのときの先生に色々ご指導していただいたり、実際に治療現場を見学させていただいたりしたことがあり、鍼灸で学んだ精神科疾患の医学的な知識がだいぶ役に立っています。

 また、鍼灸師は臨床医学や解剖生理学などの知識も学ぶことから、整形外科疾患、内科的、精神的疾患などの病名を聞けば、大体理解することができます。他にも、内科的疾患でも、症状によって専門の診療科を提示できるというのは結構大きい武器かなと感じています。ただ、看護師の資格を持ってる養護教諭も多く、その方々に比べると足りない知識もあるかもしれませんが、鍼灸の勉強をしていた部分はすごく大きな引き出しになっていて、学んでよかったなと感じるところはあります。

ハブとしての役割

 そういう意味では保健室というのは、入り口であって、そこから整形外科など病院につなげるとか、先ほど少し出ましたがユースソーシャルワーカーに繋げて問題解決を図るとかいった役割があり、文部科学省が提示している資料の中にも「養護教諭はコーディネーター的な役割を担うという記載があり、「養護教諭の役割」として求められています。学校には教務、生活指導、進路などといった「分掌」という部署のようなものがあるので、生徒のこと以外でも他の教職員と話をする機会はとても多いです。教職員といっても教員だけでなく事務方とのやり取りもありますし、外部機関の方と連携することもありますので、基本的には全職員といろんな話をしています。沢山話をして、適切な対応や連携ができるようにしています。

個人のカラーが出る仕事

 養護教諭は基本的には学校に1人しかいないので、学校の保健室はその人のカラーで決まります。たとえばですが、養護教諭はテーピングを行いません。そもそもテーピング用のテープがほとんどの保健室にはありません。生徒から「テープを巻いてください」という声が上がっても断る養護教諭が多いと思います。でも、それは業務としてやってはいけないというよりは、テーピングをした経験がある養護教諭がほとんどいないため、経験がないままやるよりはやらない方がよいと判断されることが多いからだと思います。私が着任したときも備品にテーピングがなかったので、保健室の予算でホワイトと伸縮のテープを最低限揃えました。必要と判断した生徒には確認を取った上でテーピングを巻くことがあります。トレーナー経験者としては、そういった部分を強みにしていけたらなと思っていて、それが私の保健室のカラーになっています。

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