1.青森県での野球検診の取り組み ──『野球検診手帳』の生まれた経緯と目的(月刊スポーツメディスン No. 250 特集/野球検診が担うもの)


前田周吾
青森労災病院 整形外科、青森県スポーツドクターの会

月刊スポーツメディスン 特集記事 目次ページ
https://note.com/asano_masashi/n/n940c46650669

野球検診手帳ができるまで

 青森県では、開業医の先生が一部の地域で野球検診を始めていたのですが、県全体として検診をやっていこうとなったのは2014年度からです。

 始めは青森市と弘前市で開始したのですが、なぜ検診が必要なのかもなかなか理解されず、毎年受けてもらえるわけでもなかったのです。ひとくくりに「野球肘」といっても、離断性骨軟骨炎という将来に悪影響を及ぼすものがあります。小学校中・高学年から中学生の間に見られることが多く、一度検診で離断性骨軟骨炎がないことが分かっていても、野球を続けていく間に発症する選手もあり、経年的に変化を見ていかないといけません。野球検診を青森県で広めて定着させるために、青森県スポーツドクターの会と弘前大学大学院医学研究科整形外科学講座のスタッフで野球検診手帳作製ワーキンググループを立ち上げて検討を始めたのです(カコミ記事参照)。


■『野球検診手帳』

 新潟県では2012年に日本で初めて野球選手に必要なストレッチや障害予防チェック法、成長期の野球選手に多い障害などの情報をまとめた「野球手帳」を発刊し、選手に配布していました。新潟県ではこの手帳を利用して選手の障害を防ぎ、楽しい野球がずっと続けられるようにと野球の「現場」と「医療」の連携が始まっていました。私たちもこの取り組みを参考にして、2018年度にワーキンググループを立ち上げ、野球手帳の発案者である山本智章先生に許可をいただき、新潟の野球手帳を参考にして、青森県版の『野球検診手帳』ができました。

 この手帳があると、野球検診の時に選手に持ってきてもらい、検診結果を記入しておくことができます。また、野球選手に多い障害やストレッチ、ウォーミングアップなどの選手に役立つ情報もまとめているため、何かあったときにこの手帳をちらっと眺めて、「また検診を受けた方がいいな」などと選手や保護者が自覚しやすいように、という狙いがあります。

 選手が病院にかかるときに医師の前では言いたくても緊張してしまい、うまく伝えることができない選手がいます。『野球検診手帳』の最後のほうに「14.医療機関との連絡欄」を設けています。記入していくことで、自分の頭で整理してまとめることができ、病院で医師にうまく伝えられますし、選手も言い残すことがなくなります。

 また、この連絡欄には、診断名、そして担当医からの投球および打撃の禁止期間の有無、その期間、治療内容を記載する欄があり、ドクターから選手した説明や指導内容を、現場の指導者、保護者に伝えることができるようになっています。コミュニケーションツールとしてうまく使っていただければということで設けました。

 検診を受けて終わりではなく、そこから先があるという考えでまとめました。


検診の手応え

 検診を実施したことによる効果について、まだちゃんとしたデータとしては出ていませんが、すぐに病院で手術しなければならないというような選手は少なくなってきた印象があります。

 離断性骨軟骨炎は初期で見つかるとほとんどは手術に至ることはありません。検診で離断性骨軟骨炎が見つかる場合は初期で見つかることが多く、そこから治療に入っても時間はかかりますが手術をしないで治すことができ、また野球に戻ることができます。青森県で検診が始まってから離断性骨軟骨炎の手術の数は減っている印象がありますが、これから青森県全体で調べようと考えています。

 離断性骨軟骨炎で手術を実施している医療機関は青森県では限られています。検診活動が始まる前後での手術件数を比較し、さらに手術となった選手が野球検診を受けていたか受けていなかったかも調べると、検診による予防の効果が明らかになります。検診も青森県スポーツドクターの会と弘前大学でやっている野球検診に参加している人が多いですから全体の把握がしやすいのではと思います。検診による重症化の予防効果が明らかになれば、参加する選手や保護者、指導者に継続して検診を受けてもらえるようになると思います。

 最初に検診を実施したときにすぐに手術が必要な選手がいました。その選手は肘が痛くても保護者や指導者に言えず、病院にいく機会もない状況だったようです。検診会場でみたときに肘の曲げ伸ばしが明らかにおかしく、「前から痛かったでしょう?」と聞くと「はい」と。「言えなかったです、試合もあるし」と選手が言っていました。ちょうどお母さんも一緒で、「お母さん、ご存じでしたか?」と聞くと、母親も肘の状態を知らなかったとのことでした。超音波検査をしてみると進行した離断性骨軟骨炎の状態で、「これは病院でちゃんと調べましょう」と言って、来院するきっかけになりました。

 最近の検診でみつかる離断性骨軟骨炎はほぼ無症状か、ちょっと痛いくらいで、初期の離断性骨軟骨炎がほとんどです。この初期の状態であれば手術をせずに治ることがほとんどです。やはり離断性骨軟骨炎は早く見つけて、早く治療を開始するのが重要です。

 離断性骨軟骨炎が見つかる割合と、この検診活動に必要となる経費やマンパワーなどを考えたとき、中には「そこまでやる?」と考える人もいます。今検診に参加している人たちは「検診が大事でしょ」と意識が高いのですが、離断性骨軟骨炎が検診で見つかる割合は2〜3%で、95%程度の選手は何ともありません。それを保護者・指導者の中には「ほとんどの選手が大丈夫なら検診は必要ないのではないか」と考える人もいます。

 離断性骨軟骨炎は今は無症状でも進行すると手術になるかもしれず、また後遺症が残る可能性もあります。安全に野球を楽しむうえで、まずは「大丈夫」という許可証のようなものとして、毎年一回は受けてください、という話をしています。青森県は今のところ無料で検診を受けることができます。

 検診には私たちのように野球肘治療の経験が豊富な専門家が参加しています。症状が出てから自分で病院に行くといっても、選手はどこの病院に行けば専門的な診断や治療がうけることができるかなかなか判断ができません。また病院にいく時間もなかなかとれないことも多いです。シーズンオフの休日に30分〜1時間で検診は終了しますし、その場ですぐに結果が分かるので、是非参加して下さいと毎年強く勧めています。

 検診では肘の超音波検査だけではなく、理学療法士によるストレッチ指導を一緒におこなったり、今関勝さん(元プロ野球選手)による投球指導の講義・実技や、公認スポーツ栄養士によるスポーツ栄養の講義・実技もしたり、プロ野球でトレーナーをしていた方によるウォーミングアップの講義・も行っていました。新型コロナウイルスの流行によって、そうしたイベント的なことはできなくなりました。検診は継続して行うことが重要であり、コロナ禍でも肘の超音波検査だけは続けようと取り組んでいきましたが、検診だけだとなかなか選手は参加しにくいようです。

 アンケートをとると、野球教室などがあって最後に肘のチェックをして帰る、というような、イベントと一緒に野球検診を開催してほしいという意見もありました。みんなが参加しやすいような形を模索していけたらと思います。検診の重要性がわかっていて、毎年野球検診を受けるチームもあるのですが、やはり全県レベルでの普及が課題なので、いろいろな企画と一緒に実施し、多くの選手に参加していただければと考えています。


写真1 野球肘についての講義を行っている

検診のスタイルはそれぞれ

 野球検診を日本で最初に開始した徳島県では、野球の大会に合わせて会場脇にテントを準備し、検診を実施しています。地域によっては同じように大会期間中に会場で検診を行っているところもありますが、私たちはシーズンオフの休日に各地区で開催しています。施設を借りて検診をしているので、選手や指導者・保護者に対する野球肘の講義を時間をかけて行うことができます。

 青森県はまだまだ検診が定着していない地域もあるので、やはりなぜ検診が必要か、ということを指導者も選手も保護者もちゃんと理解したうえで初めて検診に継続して参加してくれるようになると思いますし、定着してくると大会の会場で肘の超音波だけ受けて帰るということもできるのではないかと思います。我々医療従事者だけで検診をやろうとしても、選手や指導者にとってはハードルが高いです。より現場に近い人が間に入って、一緒にみんなで子どもたちを守りましょうという意識でメッセージを発し、医療従事者やスポーツを指導している人、さらには野球連盟や自治体の人たちでタッグを組むということ、それが大事だと思います。

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