スポーツパフォーマンス分析の現在地と展望 ──現場の人たちの言葉で振り返る2年間|橘 肇(月刊トレーニング・ジャーナル2023年12月号、連載 実践・スポーツパフォーマンス分析 第24回・最終回)


橘 肇・橘図書教材、スポーツパフォーマンス分析アドバイザー

監修/中川 昭・京都先端科学大学特任教授

(ご所属、肩書などは連載当時のものです)

昨年1月から始まった本連載は、コーチングや教育の中でのスポーツパフォーマンス分析の活用について、現場の第一線で活躍している人たちの生きた声を取材してきた。

連載目次ページ
https://note.com/asano_masashi/n/nb58492f8076d

 本連載の初回(2022年1月号)では、とくに掘り下げたいテーマとして次の4つを掲げ、スポーツパフォーマンス分析に実践者、また教育者としての立場で関わっている人たちへの取材を続けてきました 1)。

  1. スポーツアナリストの役割の変化と多様化

  2. アナリストとチームスタッフのコミュニケーション

  3. スポーツパフォーマンス分析に関する教育の今後

  4. コーチングに活かすスポーツパフォーマンス分析の視点

 今回はこれらのテーマに沿って、インタビューの中の言葉から国内のスポーツパフォーマンス分析の現状を探ってみることにします。とくに注釈がない限り、登場する人物の所属や肩書きは掲載当時のものです。なお、意味を変えない範囲で、談話の部分を編集しています。

1. スポーツアナリストの役割の変化と多様化

 スポーツアナリストとしての経験や、日本代表チームやトップレベルのプロチームを支えてきた経験を活かし、新しい仕事や事業に挑戦する人たちが現れています。

競技の普及・発展へのチャレンジ

 かつて卓球日本代表のアナリストを務めていた池袋晴彦氏(株式会社京都卓球クラブ代表取締役)は、2022年にプロ卓球チーム「京都カグヤライズ」を設立し、国内最高峰の卓球リーグ、Tリーグへの参入を果たしました。

「リオデジャネイロオリンピックの後、アナリストを続ける選択肢もありました。しかしコーチのほうが選手に近い存在ですし、Tリーグが立ち上がったタイミングでもありましたので、コーチになる道を選択してよかったと思っています。アナリストのときは、チームの意思決定になかなか関わることができない、もどかしさを感じることもありましたし、やりたいことをやるには、自分が上に立たないといけないのではと思いました。もちろん、それにはお金もかかりますが、それを持ってくるのも自分次第です。やっぱり面白いです、本当に」 2)

 トップレベルのラグビーチームでアナリストとしてのキャリアを積んだ柴谷晋氏が現在取り組んでいるのは、小中学生対象のラグビーアカデミーの設立、そして様々な工夫を凝らした普及活動です。

「大田区は23区で最も面積が広いにも関わらず、小中学生向けのラグビースクールやアカデミーがほとんどないことがずっと気になっていました。そこで2021年7月から大田区内でタグラグビーの体験会を、そして10月からはラグビー教室を開校したのです。目標は、2025年に大田区初の中学生チームを発足させることです。様々な年代のコーチングに携わってきた中で、日本のラグビー選手に最も必要だと感じたのは、テクニック(技術)の指導です。テクニックとは、プレッシャーがない状況でパスやキックなどを正確にできることです。これらを身につけないままシニア選手になってしまうと、修正するのは大変難しいということを現場で実感してきました」 3)

分析力を活かした新しい仕事

「スポーツ分析コーチ」という新しい仕事を切り開いている米澤穂高氏(スマイルスピリッツ)は、自らの立ち位置について、次のように語りました。

「自分の軸は「分析」、つまり自分や相手を「知ること」の専門家だと思っています。その選手が持っているさまざまなリソースを使うタイミングとか、どれを使ったらいいのかということを整理整頓して気づかせてあげること、それこそがまさに分析する人ができることだと思うようになりました。コーチ自身が映像分析やデータ分析を理解し、そこからの評価ができるようになってくれば、トレーナー、メンタルコーチ、栄養士のようなスタッフとの連携がより深まり、その人たちの価値も上がっていくんじゃないかとも思います」 4)

2. アナリストとチームスタッフのコミュニケーション

 アナリストとコーチングスタッフの間のコミュニケーションの重要性については、アナリストの側からだけではなく、コーチや指導者の側の考えについても取材を行いました。

情報を活かすためのコーチとアナリストの関係性

 球質測定のデータを、投手のコンディション管理の情報の1つとして活用している梶田和宏氏(京都先端科学大学健康医療学部健康スポーツ学科講師)が強調したのは、チームメンバー間の関係の重要性でした。

「データも大事なのですが、それだけではなく、僕と選手の間の良好な関係性、心理学の用語で『ラポール』と言いますが、それができていたことも大きかったと思います。コーチングはデータだけを伝えれば選手が受け入れるような単純なものではなく、その背景が大事です。選手が本当にコーチのことを信頼して、納得して実践しようという気がなかったら、多分変わっていくことはありません」 5)

 京都大学硬式野球部でアナリストを務めていた三原大知さんが中学、高校で所属していたのは野球部でなく、生物部でした。そんな三原さんを京大野球部へ導いたものが、やはり球質測定のためのツールでした。

「当時の監督から、「専門的に操作できる人がいないと導入した意味がない。とにかく徹底的に使って投手を見てほしい」と言われました。チームが求めていたところに、僕がやりたいことがぴったり嵌ったという感じです。そこから独学で使い方を学び、データを含めた様々な情報を生かしながら、リーグ戦で登板できる投手を育てることに取り組みました。」 6)

 そうした三原さんの力を最大限に発揮させる上では、元プロ野球選手である近田怜王監督の姿勢にも大事な点があると感じました。

「データ班や三原くん、筧くんの活動に関して、僕から特に指示を出すことはありません。『面白いデータがあれば教えてほしい』という姿勢を保つようにしています。データを見て自分で考えることができる、数字で見た方がわかりやすいという学生たちに対して、僕の『感覚』を押しつけることは極力なくしたほうが、伸び伸びとプレーできるだろうと思っているからです」 6)

情報をどう選び、どう伝えるか

 ソフトボール日本代表のアナリストとして、東京2020オリンピックでの金メダル獲得に貢献した大田穂氏(順天堂大学スポーツ健康科学部助教)は、選手に伝えるための情報と言葉の選び方について語りました。

「たとえばある国のエースピッチャーの投げる特定の球種について、『日本リーグのピッチャーの誰々と似ているボールだよ』と、みんなが共通理解できる言葉に合わせてあげると、凄く選手に伝わりやすいんです。知らないピッチャーに対しては、やはりみんな凄く構えてしまうんですが、このピッチャーと似ているよって言ってあげるだけで、心理的な怖さがなくなったり、イメージが持ちやすくなったりすることにつながりましたね」 7)

 スポーツデータサイエンス教育に携わっている酒折文武氏(中央大学理工学部数学科准教授)が強調したのは、相手の興味を惹くための工夫です。

「表にまとめたり可視化したりして、そこから何が読み取れるのか、わかりやすく示すことも大事だと思います。最近はさまざまな計測機器が発達してきて、いろんなデータや数字が出てきますが、結局どこを読めばいいのかというのは一番分かりづらいところです。それに対して、こういった部分を見ればいい、こういうところに注意すればいいということを示してあげることが必要だと思います。」 8)

 一方で、柔道という常に最高の成績を求められる競技に携わっている川戸湧也氏(仙台大学体育学部講師)のデータ分析への向き合い方には、他の競技とは少し違ったものがありました。

「我々が戦っているのは、他の競技に対しては失礼かもしれませんが、本当にトップの中のトップ、オリンピックの頂点を取るかどうかという舞台です。そこでは統計的な有意差であるとか、数学的な偏りというものが意味をなさない場合があるんです。国内のリーグだけで戦うのなら、分析の結果を信じた方が勝率が高くなるのかもしれません。けれどもわれわれが戦っている舞台では、やはりその現場を実際に踏んだことのある先生方の感覚や違和感というものをすごく大事な情報として捉えています」 9)

チームづくりの中のスポーツアナリスト

 社会人野球の最高峰、都市対抗野球大会を今年の夏に制したチームに所属していた田原康寛氏は、アナライザーの役割の1つとして、野球部の1年間の方針の作成、そしてそれに基づいたチームづくりの支援を挙げました。

「選手たち1人1人が、年初に担当コーチと話し合いながら、育成シートというものを作成します。そこには『都市対抗で活躍する』といった成果目標だけでなく、そこに至るまでのプロセスに関する目標も定めます。そこでは具体的な数値で目標を示す必要があるので、そのためにも見える化が必要になってきます。データに基づいた、ある程度達成可能な目標を設定しますので、目標が高すぎた、あるいは低すぎたということはありません。」 10)

3. スポーツパフォーマンス分析に関する教育の今後

 理論と実践のバランスの取れたスポーツパフォーマンス分析の授業をどう構築していくのか、また学生たちの進路についてどう考えているのか、大学教員の方に話を伺ってきました。

高校・大学世代の教育に携わる立場として

 スポーツ情報分析に関するカリキュラムを持つ2つの大学の間で始まった交流について、双方の大学の先生は次のように語りました。

「地理的に東京から離れていることもあり、学生の頃、どうやって情報を得ればよいのか、どうやって学外の方とつながればいいのか、悩みがありました。そうした経験から、今の学生たちに学外の仲間ができたらという思いがありましたので、お話をいただいたとき、ぜひやりたいとお答えしました」(仙台大学体育学部新助手 吉村広樹氏) 11)

「僕が授業などで説明していることとは違う角度からの話を他の教員から聞くと、同じ分野でもまた違う発見があると思います。もう1つは仲間というか、ライバルというか、同じような目標を持つ仲間のつながりはすごく大切です。大学4年間をいつも同じメンバーの中で学ぶよりも、他大学の教員や学生にも出会うことによって、刺激やより成長するきっかけを得られると考えています」(桐蔭横浜大学スポーツ健康政策学部講師 溝上拓志氏) 11)

 トップレベルのスポーツチームや日本代表チームに数多くのコーチやアナリストを送り出している筑波大学の嶋崎達也氏(筑波大学体育系助教、ラグビー部監督)は、学生の進路についての考えを語りました。

「僕の立場だと、やはりラグビーで生きていく人のパイが増えることが必要だと思っています。アナリストもそうですし、育成のコーチもそうですし、マネジメントもそうです。リーグワンができたことで、そこに少し期待している部分はあります。うちの大学も含めた卒業生の中から、ラグビーで生きていくことができる人が増えて、豊かなラグビー界になってほしいと願っています」 12)

 プロスポーツチームのアナリストと分析ソフトウェアの販売という2つの立場を両立している三上岳氏(ヴォレアス北海道アナリスト兼通訳)は、高校への普及活動への思いを語ってくれました。

「学校の授業で学んだことを実際に使う場というのは、とくに部活をしている学生にとってはあまり多くないと思っています。その実際に使う場所を提供できるのではないかと思っています。たとえば高校でアナリストを経験した子は、アナリストとしての仕事に就かないとしても、一般企業でデータ分析の仕事で活躍するかもしれないですし、エンジニアとして活躍するかもしれません。学校や学部選びがより合理的にできるようになると思うんです」 13)

研究と現場のギャップを埋めるために

 取材で話をお聞きした大学教員の方からは、共通して「研究と現場のギャップを埋めたい」という強い思いが伝わってきました。

「大学院時代の2004年に学会でアメリカに行ったとき、病院とトレーニング施設とバイオメカニクスの測定室が一緒になっていて、治療から測定、トレーニングまでワンストップでできる施設がありました。こんな施設が日本でもできたらという構想を、20年くらいずっと温めてきました。僕たちの目的は選手のパフォーマンスを上げることです。データを看板にしてはいますが、実際に行うことは、動作分析と体力測定によって選手の現状を評価し、そしてトレーニングを行う、そのサイクルを回していくことです」(株式会社ネクストベース上級主席研究員、國學院大學人間開発学部健康体育学科准教授 神事努氏) 14)

「僕がこういった活動を行っている一番のモチベーションは、日本体育大学の大学院修士課程に在籍していたときに指導教官の浅見俊雄先生がおっしゃった『科学と現場の橋渡しをする人が必要だ』という言葉です。コーチングと研究のどちらも飛び抜けたエキスパートでないとしても、現場もスポーツ科学も両方分かっている人が間に入って受け渡しをしてあげないと、共に進んでいくことはできない、君たちにはそういう人になってほしいと先生はよくおっしゃっていました」(公益財団法人日本ハンドボール協会強化本部情報科学委員長、東京理科大学教養教育研究院長・教授 市村志朗氏) 15)

 スポーツパフォーマンス分析に取り組むのは、チームや教育機関に所属する人たちだけではありません。

 手作業を中心とした分析によってバレーボールの分析と研究に取り組んでいる研究グループの代表者、渡辺寿規氏(滋賀県立総合病院 呼吸器内科部長)は、その情熱の源を次のように語りました。

「バレーボールがどんな競技なのか知りたい、突き詰めたいと思っています。私自身はバレーボールどころかスポーツにも直接関係していないからこそ、冷静に、客観的にゲームを見ることができるので、内部にいる人たちよりもその点で少し有利な立場にいるのかなと思います。数年も経てば技術の進歩で、おそらく潤沢な予算がなくてもiPhoneやiPadなどを使って一般の方でも簡単にトラッキングデータが取得できるような、そういう時代が来るだろうと予測しています。そのときになって『何をどう分析すればバレーボールに活かせるのか』を考え始めていたのでは遅いので、大量のデータをすぐに活かせるような状況を今のうちにつくっておかないと、世界とは戦えなくなると思います」 16)

4. コーチングに活かすスポーツパフォーマンス分析の視点

 より幅広い世代、より幅広いレベルのチームがスポーツパフォーマンス分析を取り入れてみたいと考える動機につながる新しい動きや、コーチングの事例についても取材を行いました。

新たなパフォーマンス指標の開発

 スポーツデータ会社に勤務するサッカー専門のアナリストの方からは、データに対する視点についての話を伺いました。

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