2. 短時間高効果を楽しく実現するトレーニングの1つとして(月刊トレーニング・ジャーナル2021年1月号 特集/高所および低酸素トレーニングの活用)


新田幸一・ハイアルチ最高技術責任者

高地トレーニング専門スタジオとして全国展開するハイアルチは、子どもから高齢者まで一般の方が気軽に利用できる低酸素トレーニング施設として知られる。一般の方の隣でトップアスリートもトレーニングする光景は、科学的根拠と確かな効果の表れである。今回は、ハイアルチの共同創業者で開発者、最高技術責任者の新田氏に、低酸素トレーニングの考え方や取り組みについてお話を伺った。

一般の方に向けた専門施設

 俗に言う高地トレーニングや低酸素トレーニングは10年以上前から都内には何カ所か施設がありますが、トップアスリートや本気のトレーニーの方を対象としたところが多いので、ハイアルチは低酸素トレーニングを通して運動の裾野を広げたいという考えで進めてきました。どうしても高地トレーニングや低酸素トレーニングというと「アスリート向けのもの」というイメージが世間にあったのですが、低酸素トレーニングの効果を調べていくうちに女性に対してのメリットがたくさん出てきたので、施設のターゲットを女性に絞ったら面白いのではないかと思って、ハイアルチCEOである共同創業者の坪井と協力して会社を立ち上げたという経緯があります。ただターゲットが一般女性であっても、施設のスペックが低くてよいわけではないので、トップアスリートが利用しても対応できるスペックでありつつ、一般の方が気軽に利用できるような施設として運営しています。そのためアスリートの会員が多い店舗でも会員の比率は3%程度で、残り97%は一般の方に利用いただいています。タイミングが合えば、近所に住む一般の方がトレーニングをしている横で、サッカー日本代表の選手がトレーニングをしているという光景が見られます。

 低酸素トレーニングの効果として30分で2時間分の効果が得られると提唱しています。短時間で高効果と聞くと息苦しいとかハードトレーニングを連想しがちですが、極力苦しくもない負荷でコントロールして行っていて、トレーニングプログラムとしては歩くまたは10km/h以下程度のジョギングのみです。ハイアルチはトレーニングジムというよりスタジオと捉えていて、会員にはサロンのような感覚で週に1回来て楽に楽しく運動ができる、自分のホームといった感覚で気軽に来てもらえる場所として運営しています。

 初めて来られる方に多いのですが、低酸素環境の設定で標高2,500mというと、富士山の6合目くらいで雲の上のイメージが強くあります。また施設を利用しているアスリートのSNSなどで苦しいイメージを持たれている方が多いのですが、実際に入って運動してみるとそんなに苦しいものではなかったと言われることが多いです。思ったより楽だし苦しくなかったという声をよくいただきます。

負荷の管理を徹底

 トレーニングでは数値を「見える化」して負荷を管理しています。心拍数や血中酸素濃度、ランニングマシンの速度をスタッフが常に管理するといった方法です。速度はランニングマシンで設定できますし、心拍数や血中酸素濃度は測定装置を指につけて計測し、リアルタイムで表示するようにしています。

 安全面でも、基本的にウォーキングとランニングの有酸素運動なので、心拍数と血中酸素濃度を管理していれば安全な範囲でトレーニングすることができます。スタッフに関してもトレーニングを教えるというより、上がってしまうペースを抑えるという役目が大きくなります。一般の方に対して頑張ってトレーニングをさせるのではなく、もっと楽にできる範囲で行ってもらう役割なので、そこが従来のトレーニング指導やジムと違うところだと思います。そのため、会員の中にはタブレットを持ってきて動画を観ながら運動をされている方もいらっしゃいます。ハイアルチ1号店ができて4年になりますが、これまで事故は1件も起きていないのはこうした数値の徹底管理を行っている結果だと思っています。もちろん負荷を上げて努力量を増やすほどトレーニングの効果が高まるので、アスリートにはほんの数分集中してそういったトレーニングをしてもらいます。たとえばハイアルチの中でアスリート向けのプログラムとして、30段階のレベルを1つずつクリアしていくというプログラムを設けています。

 私はアスリートに指導している中で、一般の方への運動は同じでいいのかなと常に考えていました。そしてアスリートが実践しているトレーニングを必ずしも一般の方も求めているわけではないということに気づきました。選手のトレーニングの負荷を一般向けに下げるのではなく、選手のトレーニングで得られている効果の1つを切り取って、それをいかに短く楽に、ハードルを低くできるかというところに徹して一般の方のプログラムを作成しています。これは私の中でその意識が変わったタイミングであり、最近ようやく一般の方のプログラムが浸透してきたと感じています。

 これさえしていればよいというトレーニングはありませんが、トレーニングの根幹を抑えていれば、子どもから高齢者、トップアスリートまで同じ施設でトレーニングをすることができるし、それができればトレーニングの1つの真理に到達できるのではないかと考えています。実際に同じ空間でさまざまな年代の方がトレーニングされているので、理想的な形にはできているかなと思います。世界的に見ても、ここまで一般の方とトップアスリートが混在している場所はないのではないかと思います。

 トレーニングの頻度は目的によって変わりますが、一般の方には最低週1回、できれば週2回トレーニングをしていただきたいところです。フィットネスジムに通われる方の多くは、仕事などが忙しくてトレーニングの時間がつくれないといった理由で続かないことが多いので、どれだけ忙しい人でも週に1回30分だけなら時間がつくれるということでお話ししています。

トップアスリートのトレーニング

 プロアスリート向けのプログラムでは私が指導しているのですが、常にバイオデータをモニタリングして、試合のスケジュールや今のコンディション状態に応じてトレーニングをしています。私は20年ほど選手を指導してきていますが、これまで感覚的だったものがハイアルチで数値化できているので、そのデータを基にプロ向けからU-18、U-15、U-12といったカテゴリー別のプロトコルも設定することができました。数値化することによって、プログラムのレベル1からレベル2に進むには数値的にこの値をクリアすればいいといった段階設定をしています。ハイアルチのスタッフはこの段階設定の基準となる数値を確実に管理できることが求められるのですが、反対に言えばそれさえできていれば経験が浅くてもトップアスリートの指導に携わることもできます。そういうことも含めてハイアルチでは選手にも気楽にやってもらえるように、スタッフは数値化されたものに沿って管理するガイドといった要素が大きいと思います。アスリートの中には開発者の私に見てもらいたいという人もいますが、基本的にはスタッフの誰もが担当できるというスタンスです。

 私が担当しているごく一部の選手には、走り方などスキル的な指導もしますが、これはメソッド化できないですし、選手と私の感覚の話になるので例外的な指導になります。ハイアルチは生理反応を利用するという施設なので、フォーム指導をしたくなる人もいたりしますが、ハイアルチのプログラムは技術やフィジカルに対しては一切介入しないと割り切って運営しています。

 アスリートに対するトレーニングの段階についての変数も、速度と心拍数と血中酸素濃度で見ています。たとえば主観的疲労度が非常に楽でも、血中酸素濃度が低ければ次のレベルには上がれません。各段階で3つの要素それぞれの基準があるので、それをクリアできれば次の段階にいけるようになっています。最も高い段階には現役Jリーガーでもなかなか到達できません。日本代表でも世界に通じるような走能力がある選手が達成しているので、他の選手は「やっぱりあの選手はすごいな」と盛り上がったり目標にしたりしています。

 選手の中には、血中酸素濃度が下がりやすい人もいます。これはパフォーマンスに比例しているとイメージされている方が少なくないのですが、実はこれが大きな間違いだったりします。パフォーマンスが低くても適性が高い人もいれば、非常に運動量が多くて走れるのに低酸素になった途端に全く走れなくなる人もいますが、これは個体差なんだと思います。血中酸素濃度の変化については、たとえばお酒に強いか弱いかというようなアルコールへの耐性と同じような身体的な特徴だと思います。もちろん、たとえば山の上の方に住んでいたというような人だと強かったり、仕事で高所にいるようなキャビンアテンダントの方も強いという傾向はあります。やはりお酒も飲み続ければ強くなるというのと同じで、低酸素環境も頻度をあげることで身体に適応が起きるのでだんだん動けるようになってくる。ただ最初から適性がある人と比べると時間がかかるというところです。

低酸素トレーニングの可能性

 今までのトレーニングは効果を数値化することがなかなかできませんでした。感覚的にここに効いているぞという主観があって、トップアスリートなどはその感覚が鋭いのではっきり感じられるのですが、一般の方に関しては体組成計に乗るしかありませんし、あとは筋肉痛になっているかどうかが指標になっていたりします。数値がリアルタイムでフィードバックされますし、毎回記録することで変化もわかります。この数値が上がってくると実際のプレーパフォーマンスに比例するのですが、それが見える化されているので選手たちも何の疑いもなく信用してくれています。数値の高い選手と低い選手が走ると圧倒的に数値が変わってくるため、低い選手はもっとやらないといけないと感じますし、高い選手は自信を持って「これだけ高いんだから俺は走れるんだ」と思ってプレーしてくれます。

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