アナリストとコーチの相互作用と成長を導く ──日本ハンドボール協会情報科学委員会の活動|橘 肇(月刊トレーニング・ジャーナル2023年11月号、連載 実践・スポーツパフォーマンス分析 第23回)


橘 肇・橘図書教材、スポーツパフォーマンス分析アドバイザー

監修/中川 昭・京都先端科学大学特任教授

(ご所属、肩書などは連載当時のものです)

各競技の日本代表チームの情報分析活動を支えているのは、主に競技団体の情報分析部門である。資金や人材に余裕があるとは言えない小規模な競技団体では、どのような発想や工夫で情報分析活動に取り組んでいるのだろうか。

連載目次ページ
https://note.com/asano_masashi/n/nb58492f8076d

 8月から9月にかけて行われたバスケットボール男子のワールドカップは、日本代表のパリ2024オリンピックの出場権獲得で大いに盛り上がりました。現在、バスケットボールだけでなく他の球技でも、来年のオリンピックに向けた予選が大詰めを迎えつつあります。男子は1988年以来、女子は1976年以来の予選突破を目指すハンドボールもその1つです。筆者(橘)がスポーツパフォーマンス分析に関する仕事を続けてきた中で、ハンドボールの日本代表チームはゲームパフォーマンス分析ソフトの導入や、リアルタイムでの分析について、他の競技よりも早くから取り組んでいるという印象を持っていました 1)。そこで今回は、公益財団法人日本ハンドボール協会で情報分析部門の責任者を務めている、強化本部情報科学委員長の市村志朗氏(東京理科大学教養教育研究院長・教授)にお話を伺いました。市村氏はご自身も数々の大会で日本代表チームのアナリストとして帯同した経験を持ち、また自分自身が行っている分析ツールの開発や分析方法の工夫などについて、積極的に情報を公開、発信しています。

情報科学委員会の役割

――日本ハンドボール協会の資料には、情報科学委員会の役割として「ICTを活用した情報・戦略に関する活動」「日本代表チームが活用するための情報提供とその活用支援」「主要大会活動後の客観的な評価」の3つが記されています 2)。まず、日本代表チームへの支援についてお尋ねします。

市村:情報科学委員会のメンバーは約20名で、大学の教員や大学院生に加えて、日本リーグのチームの分析担当者も全員入っています。日本リーグの分析担当者も日本協会の活動に加わっているというのは、他の競技団体にはあまりないことかもしれません。

 私の仕事は、各カテゴリーの代表チームへのアナリストのマネジメントと、そのアナリストの後方支援です。たとえば、日本が優勝した今年7月の第10回女子ユースアジア選手権では、開催地のインドにいるアナリストが、試合映像のインターネットからのダウンロードを必要としていました。現地の回線状態がよくないのと、ダウンロードする時間をなくして、別の作業をしたいからという理由です。そこで僕が映像を全部ダウンロードして現地に送りました。またクロアチアで行われた8月の第10回男子ユース世界選手権では、映像のダウンロードに加えて、2試合後、3試合後に当たる予定のチームの分析を依頼されました。そこで、日本で僕を含めた3人で映像にコードを打って(データ項目を入力して)現地に送るという作業を行いました。これらは単純な入力作業で、こちらで映像やデータを見て考えたり感じたりしたことは一切伝えていません。アナリストとの事前の打ち合わせで、解釈が欲しかったら言ってほしい、基本的に入力作業以上のことはしないと決めていました。それでも、アナリストはだいぶ作業が楽になったと思います。8月には広島でパリ2024オリンピックの女子アジア予選が開催されましたが、そちらは現場のアナリストだけで十分対応できるということだったので、とくに支援はしませんでした。チームの方で必要がないという確認が取れれば、こちらから無理に押しかけることはしていません。

東京オリンピックでの情報分析活動

――2021年の東京2020オリンピックのときは、どのような情報分析活動を行ったのでしょうか。

市村:せっかくホームで開催するのだからそのよさを生かそうと、6名のアナリストが集まって情報分析のサポートをするチームをつくりました。ナショナルトレーニングセンター(トレセン)を拠点にして、オリンピックの全ての試合を分析する活動を行いました。代表チームは毎日トレセンに来てから試合会場へ行くというスケジュールでしたので、コーチと毎日コミュニケーションを取り、渡す資料の内容を決めて、分担しながら進めました。とくに女子チームの方ではかなり活用してくれたようです。またゴールキーパーの分析は僕が担当して、ゴールキーパーコーチにフィードバックしていたのですが、いつもチームがトレセンを出発する前に渡すことができていたので、「自分でやったら一晩かかっていたのに、おかげで寝られるようになったよ」と言ってもらいました。ベースになるデータはあらかじめ全部打ち込んでおいて、コーチから欲しいと言われたものを追加すればよいようにしていたので、ちょっとした作業で全部準備できるようにしていたからです。

 サポートチームの第一の目的は、対戦相手を分析した情報をチームに渡すことでしたが、同じくらい大切なもう1つの目的がありました。それは、集まったアナリストがそれぞれ持っている分析のためのナレッジ(知識)を共有して、全員が持ち帰るということです。たとえば試合の映像を入手する方法や、分析ソフトウェア「XPS」(*注1)の取扱説明書にも載っていないちょっとした裏技といったことなどです。この第二の目的は、分析に参加する人たちに最初に伝えていました。ボランティアで参加する人たちにもメリットがなければいけない、だからみんなが情報を共有して持ち帰り、また次の機会に集まって、新しく知ったことを共有するというサイクルをつくろうと言って集まったのです。


写真 東京オリンピックの際のハンドボールの情報分析チームの作業の様子

まず自分から全ての情報を共有

――情報やノウハウの共有をとくに心がけていらっしゃるのですね。

市村:情報科学委員会のメンバーの中では、それぞれのチームでやっていることで、言ってもいいことは全部共有しよう、真似しようと積極的に呼びかけています。また分析の結果も、出せるものはみんな共有しようと呼びかけています。このことをバスケットボールやラグビー、サッカーといった他競技の関係者の方に話すと「ハンドボール界はすごいですね」とよく言われます。

 僕が委員長になったとき、「まず僕が持っている情報を全部出すから、そういうスタンスでやりませんか?」と呼びかけました。実際にみんながどこまで情報を出しているかはわかりませんが、結構出してくれていると思います。XPSにはデータの共有機能があるのですが、僕のつくったデータには誰でもフルアクセスできるようにしています。そうすると、みんな同じように自分のデータをフルアクセス可能にしてくれるのです。

 海外での国際大会のときには、チームに帯同するアナリストに、日本にいる僕たちにどういう入力をしてほしいか、要望を出してもらいます。そしてデータを入力するための「コード」も、アナリストの使いたいものをコピーして、全員で同じものを使います。これは課題の1つなのですが、ハンドボールの試合中のプレーには、誰が聞いてもわかる共通した名称のないプレーが多いのです。ですから、分析の際の共通のフォーマットを情報科学委員会でつくらないと、スタッツを出すときや、情報を比較するときに困ることになります。しかし、それぞれのコーチの方にも用語にこだわりがあって、現在のところはそれに合わせてカスタマイズせざるを得ないところもあります。

――そうした問題を、どのような工夫で克服しているのでしょうか。

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