私になるまで4
小学校高学年に入ると、少し周りの状況が変わった。女子は女子。男子は男子で行動する機会が増えてくる。
成長の過程において、当然なことなのだが、そんな中、私は取り残された。
だから何?って誰かに言われそうだが、その時の私は悩んだ。その状況は中学生になると最悪なものになる。
だけどこんな事家族に言える訳もなくて。泣きそうで、苦しいそんな思春期…中学生から部活動が始まった。あるのはバレーボール部とテニス部。今なら無理やからやらないって言えると思うが、その時の私はまだ「頑張り屋さん」の愛ちゃん。みんなと同じ事がしたかったのもあるが、テニス部に入部した。でもみんなと同じという訳にいかない。みんながどんどん上手くなる中。私は取り残された。郡の試合も着いて行くだけで試合に出られたのは町内の試合だけ。まぁ負けると分かってる試合に出られる訳がない!
中学生活で辛かった事と言えば
昼食だった。この頃からみんな好きなもの同士が、集まって食べる。最初は一緒に食べよう!って言うと、逃げられる。そのうち無視されるようになって、中学時代ずっと1人キリでランチタイム。
その上に授業中グループになって話し合いするというのがあった。
私はどこにも入れず、教室の後ろで悔しさを噛み締めて、モジモジ。
すると教師がやってきた。助け舟が来た!と思うも、その教師は「お腹痛いんか?」と的はずれなことを言う。
今ならお腹痛いから帰ります。って言える。しかしその時の私は何にも言えなかたそういう状況下の私だが、文通という楽しみを見つける。
雑誌掲載されている文通相手募集の相手に手紙を書く。暗い話は書かず、楽しいことを書く。顔も知らない相手に出す手紙、なんとでも書けた。 しかしそれも長く続いた事がなかった。それである相手に、私は障害があって身体が動かしにくいこと、でもこんなわたしでも色んな事話せる友達欲しいから手紙を書いた事など打ち明けた。その子は福岡の子だった。私に手紙と一緒に写真が同封されていた。「これからもよろしく」と書かれていた、その子とは高3まで文通が続いた。まぁ自分を理解してくれる人がこの世にはいる!
だから今いじめられてる人も頑張って生き抜こう!
話は変わるが、中学3年生になり、初めての進路指導。
今はまだ修行中の身ですが、いつの日か本にしたいという夢を持っています。まだまだ未熟な文章ですがサポートして頂けたら嬉しいです。