子どもは神で大人になるのは神から人になるということと私は例えます

皆さんは神というと何を想像するでしょうか?

宗教的な話ではないです。
自分なりの例えみたいなものですので気軽に読んでもらえればと思っています。

私からすれば
子ども=神として考えるようになりました。

そして大人になるという事は人になる事なのだと。

子どもは純粋で思ったことを口にする
人の世界のルールをまだ熟知していない
人との距離感を他人と接する事で把握していく

これらが私からすれば子どもの頃は神と考える理由になります。

簡単に言えば空気を読むようになるのが大人なのかなと思うのです。
子どもってこれを言ったらマズイかな?という言葉を平気で言いますよね?
大人ほど言葉の意味や種類を知らないので許されるのでしょう。

大人が平気で人を罵るような言葉を使ったり、その場の空気にそぐわない事を発言した時は子どものようにはいかないでしょう。
それは人として見られているからだと私は思うのです

ルールを学ぶ事や他人との距離感を自分なりに考えていくのも同じ事だと感じます。

だからといって大人になったら神であってはいけないのかといえばそうではなく、心は神のままでいて欲しいと思っています。

子どもの頃の純粋な気持ちや穢れ無き想い
いくつになっても変わらない探求心

年をとっても心は子どものように柔軟であって欲しいのです。

でも最近は神が人になるまでの速さが変わってきたように感じています。
例えるなら草食動物のよう。
生まれてからすぐ立つことが出来ないと肉食動物に食べられてしまう。

人の世界もそれに似てきたように感じています。
子どもを大人の都合の良い様に利用する、そんな事が特に多くなってきたように感じます。
SNSによる子どもの被害は特にそれを物語っているようにも思えます。
身を守る為の教育が早くから行われる事がそれに似ていると感じました。

人になるまでの速さが変わった事が良い事か悪い事か、私には分かりませんが純粋な神でいられる時間は本当に短いです。
その神でいられる時期を周りの大人がダメにしてしまっているのが現代。

神から人へ変わる事が出来ずダメになってしまう神も多くいます。

子どもの時に人生に挫折して自ら命を絶つ神。
自分を卑下してしまったせいで誰かに危害を加えてしまう神。
大人という人から心身に危害を加えられ成長を妨げられた神。

神は自分の思うように前へ進まないし言う事も聞かない。
だからといっていい加減に接して良い訳ではない。

神を大切に想う心遣いや行動が神を人にさせてくれる。
神が人になりたいと思うようになる。

私はそう考えます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?