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家庭訪問

〝喜劇〟というお題で書いた短編ドラマです!
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【登場人物】
副島ほなみ(そえじま ほなみ)(32) 専業主婦
副島孝明(そえじま たかあき)(40) ほなみの夫
副島晃樹(そえじま こうき)(7) ほなみの息子
ヤス(43) 強盗
タジ(37) ヤスの弟分
教師(28)

【本文】
○副島家・外観(朝)
ランドセルを背負った副島晃樹(7)、玄関から元気に飛び出してくる。
晃樹「行ってきまーす!」

○同・玄関
副島孝明(40)、座り込んで靴を履いている。傍らに置かれた再生紙ゴミの束に目をやる。一番上に、『家庭訪問のお知らせ』のプリントがあり、荷造り紐で束ねられている。
まじまじとプリントを見る副島の背後に、副島ほなみ(32)が弁当包みを持って慌てて駆けてくる。ほなみの頭には寝癖が目立つ。
ほなみ「はぁ、間に合った!ごめんなさい、お弁当の日だってすっかり忘れてた・・・」
ほなみ、弁当包みを渡す。
副島「(笑顔で受け取り)ありがとう」
ほなみ「ごめんね。今度こそ、忘れないようにするから。絶対。死んでも忘れない」
ほなみ、手を合わせて詫びる。
副島「いいよ、いいよ。それよりほなみさん、今日の予定は?」
ほなみ「今日?部屋掃除して、お昼食べて、お母さんとこにお裾分けの梨持って行って、買い出し行って、夕飯作り・・・だけど?」
副島「(笑顔のまま)・・・。」
ほなみ「え、何?」
副島「ほなみさん。これから大事な用事、絶対に忘れなくなるおまじないをしてあげよう。手を出して」
ほなみ「(満面の笑みで)え、なになに?」

〇副島家・玄関
ほなみ、『家庭訪問』の字が無数に書き込まれた両腕を唖然と見下ろす。
副島の声「ほんじゃ、行ってきまーす」
ドアが閉まる音。ほなみ、閉まったドアを見つめる。
ほなみ「耳なし芳一じゃないんですけど、私・・・(息をつき)ま、いっか」
玄関を後にするほなみ。

○同・前
副島、再生紙の束を手に下げて家から出てくる。家の前のゴミ置き場に、再生紙の束を置く。その隣、既に置いてあった再生紙の束の一番上には、『被害多発中!装い強盗に注意!』のチラシ。
歩き去っていく副島をじっと見つめる、二人の男の後ろ姿。

〇同・リビング(昼)
奇妙なダンスのステップを踏み、鼻歌を歌いながら掃除機をかけるほなみ。

〇同・キッチン
俎板の上に梨を置くほなみ。システムキッチンの引き出しをあさる。
ほなみ「あれ、果物ナイフ・・・どこだったっけ・・・」
鳴り響くインターホンの音。顔を上げるほなみ。

〇同・玄関ポーチ
ヤス(43)、インターホンを押している。その隣にはタジ(37)。二人ともスーツで、いかにも堅いビジネスマン。
ヤス「おい、今回はお前がメインでやれ」
タジ「は!?何で俺が」
ヤス「お前もこの世界長えんだしさ、いつまでも俺におんぶにだっこじゃなくて、そろそろ一人前にならねえと」
タジ「(泣き顔で)いや兄貴、そんな・・・」ヤス「大丈夫、演じるのは最初だけ、中に入れば後は力業よ。ほら、行けって」
タジ、ごくりと唾を飲み、ヤスより一歩前に出て、玄関ドアの前に凛々しい面持ちで立つ。しばし沈黙。
タジ「やっぱ無理です!」
タジ、逃げようとする。その首根っこをつかまえるヤス。
ヤス「バカ、ここまで来てビビッてんじゃ・・・」
玄関ドアが開く。ヤス、慌てて玄関に向き直る。ドアの向こうにほなみ。
ヤス「(笑顔で)こんにちは、私、市役所の者」
ほなみ「(ヤスの言葉にかぶせて)まあー先生!どうも、いつも晃樹がお世話になっておりますー!」
ヤス、面食らった顔になる。
ほなみ「お入りください。さ、どうぞ」
ほなみ、ドアを全開にする。ドアに隠れていたタジの姿が現れる。
ほなみ「あの・・・どちら様で?」
タジ「えっと、あの・・・」
ヤス、焦って目を泳がせるが、ほなみの腕に書かれた無数の『家庭訪問』の字が目に入り、慌てて取り繕う。
ヤス「あ、こちらは、副担任の・・・」
ヤス、タジの背中を後ろで密かにどつく。タジ、ヤスに合わせて慌ててお辞儀する。ほなみの笑顔が戻る。
ほなみ「まあ、そうでしたかぁ!どうぞ~」
ほなみ、屋内に引っ込む。

〇同・玄関
ほなみ、姿勢を低くして二人分のスリッパを出している。
ヤスとタジ、中に入る。
タジ、泣き顔でヤスを見上げ、話が違うということを身振り手振りで訴える。
ヤス、タジをどつき、胸ポケットから何かを引っ張り出すジェスチャー。
タジ、緊張した面持ちで頷き、胸ポケットからナイフを取り出す。
ほなみ、二人に背を向けて歩き出す。
タジ「お・・・おいっ」
ほなみ、振り向く。タジのナイフを見るが、傍らの靴箱の上に目配せする。
ほなみ「あら、もしかして靴箱の上にありました?その果物ナイフ!やだーもう私ったら!すみませんねぇ」
ほなみ、笑顔でタジからナイフを取り上げる。
ほなみ「どうぞ、お上がりください。ほら!遠慮なさらないで」
唖然となるヤスとタジ。

〇同・ダイニング
ほなみ、切った梨を盛りつけた皿をテーブルに置く。そばに置かれたティーカップからは湯気が立つ。
ヤスとタジ、居心地悪そうに座っている。
ほなみ、向かいに座る。
ほなみ「それで、どうですか?うちの晃樹の様子は」
沈黙。ヤスに肘で突かれ、タジが慌てて話し出す。
タジ「あの・・・心配ないです、息子さん、本当によく頑張っています。勉強にも非常に真面目に取り組んでいて・・・」
ほなみ、タジの顔を睨むようにじっと見つめる。
タジ「な・・・何か?」
ほなみの目に涙が浮かんでくる。
ほなみ「はぁ・・・ごめんなさい、何かすごく、安心してしまって。だってあの子、こないだ7点のテスト持って帰ってきたものだから、ずっと心配で」
ほなみ、顔を伏せて涙を拭う。
タジ、やばい、という顔をする。
ヤス、呆れ顔で首を振る。
ほなみ「たぶん、あのテストが難しすぎたんですね。あの子はあの子なりに、ちゃんと頑張っているんですよね」
ヤス「(苦笑しながら)あの、お母さん・・・」
ほなみ「(ヤスの言葉にかぶせて)私は不甲斐
ない母親です。仕事も持ってないのに、家事も満足にできなくて、息子のことさえちゃんと把握できていない」
ヤス、真顔になる。
ほなみ「だけど、だからといって息子が学校でご迷惑をおかけしてるんじゃないか、って思ったのは、大きな間違いでした」
タジ、やれやれと首を振って適当に相槌を打つ。
ほなみ「子どものこと、ちゃんと信じてあげられないなんて、ほんと、母親失格です」
ヤス「それは・・・お母さんだけの話じゃないですよ」
ヤスの声が上ずっている。タジ、異変を感じてヤスを見上げ、ぎょっとする。
ヤス「親ってのはみんな、不甲斐ない思いを抱えて生きてるんですよ。自分も、息子にもっと立派な姿、見せてやれたらどんなに良かったか」
ヤス、号泣している。慌てるタジ。
ヤス「でもね、いつだって子どもは、親がこんな出来損ないとは知らずに、にこーって笑うんですよ。ほんで、父ちゃん、父ちゃん、って・・・ううッ」
ヤス、盛大に泣き伏す。
ほなみ「先生も、そんなお辛い思いを・・・」
ほなみ、涙ぐんでティッシュを使う。二人の泣き声が重なる。
タジ、途方にくれる。
    *     *     *
ほなみ以外に誰もいないリビング。
ほなみ、ティーカップを片付けている。
インターホンの音。
ほなみ、モニターを見る。
男の姿が映る。
ほなみ、真顔でボタンを押す。

○同・玄関ポーチ
インターホンからほなみの声。
ほなみの声「あのー、うちは間に合ってますんで」
ぶち、と通信が切れる。
教師「は!?」
教師(28)、傍らの晃樹を見下ろす。
晃樹、他人事のように肩をすくめる。




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