「生命の大河」高村光太郎

生命の大河ながれてやまず、
一切の矛盾と逆と無駄と悪とを容れて
がうがうと遠い時間の果つる処へいそぐ。
時間の果つるところ即ちねはん。
ねはんは無窮の奥にあり、
またここに在り、
生命の大河この世に二なく美しく、
一切の「物」 ことごとく光る。

人類の文化いまだ幼く
源始の事態をいくらも出ない。
人は人に勝たうとし、
すぐれようとし、
すぐれるために自己否定も辞せず、
自己保存の本能のつつましさは
この亡霊に魅入られてすさまじく
億千万の知能とたたかひ、
原子にいどんで
人類破滅の寸前にまで到着した。

科学は後退をゆるさない。
科学は危険に突入する。
科学は危険をのりこえる。
放射能の故にうしろを向かない。
放射能の克服と
放射能の善用とに
科学は万全をかける。
原子力の解放は
やがて人類の一切を変へ
想像しがたい生活図の世紀が来る。

さういふ世紀のさきぶれが
この正月にちらりと見える。
それを見ながらとそのむのは
落語のやうにおもしろい。
学問芸術倫理の如きは
うづまく生命の大河に一度は没して
さういふ世紀の要素となるのが
解脱ねはんの大本道だ。


読書に朗読に、ご自由にお使いください。
出来るだけ誤字脱字の無いよう心掛けましたが、至らない部分もあるかと思います。個人的文字起こしなので何卒ご容赦下さい。

底本:「高村光太郎全詩集」新潮社
昭和四十一年一月十五日発行
「典型」以降(昭和二十五年~昭和三十年)


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