「お正月の不思議」高村光太郎

ひとまりしてきた地球が
顔をあらつて、お早うといふ。
冬でもぬれてるニツポン的な空の色も、
物の音も、人間の顔も、ドブ川の流も、
わたくしの肋間神経痛も、
すつかり新年といふことで、
去年いちねんにつみ重なつた
手におへない、あぶないものが
あぶないまんま凍結して、
虚無のやうに平安な
前代未聞にあたらしい
一代雑種のやうな朝が来た。
世界平和と人類破滅とが
仲よく隣同志でそこにゐる。
こんな矛盾が矛盾にならないほど
微妙な天秤に人間はのつてゐる。
そのくせ、虚無のやうに平安な
お雑煮をたべて笑つたり、
おとそをのめば、いつのまにか、
心の中が楽しくなりさうだから不思議である。


読書に朗読に、ご自由にお使いください。
出来るだけ誤字脱字の無いよう心掛けましたが、至らない部分もあるかと思います。個人的文字起こしなので何卒ご容赦下さい。

底本:「高村光太郎全詩集」新潮社
昭和四十一年一月十五日発行
「典型」以降(昭和二十五年~昭和三十年)

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