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永久機関の住民

この記事は2020年「東京嫌い」というマガジンに掲載したものです。



〇高校の時付き合っていたひとつ上の先輩は東京の専門学校へ行った。その2ヶ月後に振られた。松田聖子と神田正輝の結婚中継の最中に別れの電話がかかってきた。振られた悲しみよりも、東京へ行っていきなり都会人になりすましたような標準語が言葉の端々にあることが癪に触った。先輩はヘヴィメタのコピーバンドでドラマーをやっていたが、その後子供服の会社に入り、ある日「三宅裕司のイカすバンド天国」という番組を見ていたら出場のコミックバンドのメンバーとして出ていた。

◯高1の時、同じクラスだったYくんは、1学期の時私の隣の席で、始終やる気のない様子で椅子にだらしなく腰掛けていた。特に問題児だったわけじゃないけど、夏休みの前に学校をやめてしまった。音楽をやっていて、時々東京にいるいとこのところへ行っていたらしい。私には「東京へ行ってデカくなるんや」と言った。Yくんがデカくなった話は聞かない。

◯昔は東京へ行く人はなにかを成し遂げるために行くのだと思っていた。そのころ、なにかを成し遂げるには東京へ行くことが最善のように思われていた。同級生のオカボのお兄ちゃんは東京の大学に行っていて、遊びに行くとお兄ちゃんの部屋に置いたままになっているピンク・フロイドの「原子心母」をヘッドフォンで聴かせてくれた。お兄ちゃんに会ったことはなかったけれど、きっと何かを成し遂げるために東京の大学に行っているのだと思っていた。オカボのお兄ちゃんが何かを成し遂げたのかどうかは分からない。

〇東京はよく分らない都市だ。とにかく人が多い。それ自体が名物と言えるだろう。なにしろ通勤電車が観光名所になっているのだから。では他には?そう聞かれると分からない。東京へ観光に行く地方人はまずいない。行ったってあるのは地方のものだから。それに人が多すぎる。

〇歴史と言えば江戸以降しかないのに、江戸はたいがい破壊しつくされている。再開発が年中、至るところで行われ、昔からの町は息の根を止められ強制的に新たな街へと変貌させられる。テレビや雑誌は新たな場所を取り上げそこへ人が殺到する。殺到する人が金を使い金を生み出す。建てる行為も経済、破壊も経済。これを繰り返して行けば永遠に金が産み出されるトリック。

〇東京は同時多発的に、あらゆる場所で、工事が発生していている。東京は姿を変え続け、永遠に完成することがない。自己破壊と自己再建。より一層の経済性が見込めるとなれば町は容赦なく壊され、作り変えられる。自らを壊しながら自らを再建している永久機関、工事をしていないと死んでしまうマグロのような都市。

〇私の住む三重県の鳥羽は隠れた牡蠣の産地だ。特に加熱用の牡蠣がぷりぷりしていおいしい。新宿の町で「鳥羽産牡蠣」と書かれた看板を見た時は、へえこんなところに鳥羽の牡蠣が…と不思議な気持ちになった。

〇特産品というのは土地に根付いたもので、その土地の景色、町の成り立ち、人びとの暮らしの中にある。筏の並んだ湾、磯臭い浜に積み上げられた漁網、干されたワカメの横を歩く猫、皺の奥まで日に焼けたおばあちゃん。名産の牡蠣はその中の一部だ。けれど、海も磯臭さも漁網もおばあちゃんも東京に持って来られない。換金されるのは牡蠣だけ。それを四角いビルの中で大漁旗を飾った、それらしい演出の店の、鳥羽に行ったことも、鳥羽がどこにあるかも分かっていない人たちがフライにして、給食の盆ほどのテーブルの上に並べられる。「生ビール中ジョッキ」とは名ばかりのコップ入りビールと共に。なんだか牡蠣がかわいそう。

〇標準語を話す、東京に住んでいる、東京で働いている、というだけで、彼らをアーバンな人種と崇拝し、対面するだけで訳もなく緊張するというスタッフS子ちゃん。どうか落ち着いて欲しい。英語が話せるからと言って国際人とは限らないでしょう?ニューヨークではホームレスだって英語を話すし、パリでは泥棒もフランス語を話す。東京住みの多くは3世代、4世代遡れば地方人だし、年に一度も新宿も渋谷も行かない人がほとんどだし、熱海から向こうは原始人が住んでいると思っている世間知らずも多いのですよ。

〇日本全国からの集合知としての東京があった時代がある。知の絶対値は小さい。地方の知は東京へ行き、さして知でもない人はさらに東京へ行く。結果ただただ人が増え、東京は名もなき労働者で溢れかえる。名もなき労働者は東京の経済活動に欠かすことができない。彼らによって金が産み出され、金が使われ、東京が永久機関として機能し続けることができるから。

〇強欲な東京はそれだけではない。地方へ進出することによって一層の金を集める。国道沿いのチェーン店やコンビニ、イオンで使われた金は東京に回収される。東京はますます太り、金の使い道に困ってまた祭りのように破壊を始める。それの繰り返し。地方は破壊され、東京も破壊され、こんなに破壊されて環境が変わっているのに世界が変わることに今でも付いて行けない不思議の国。それが日本。

〇東京っぽい人というのがいる。大量の人間の中で生き延びるための術なのか、目立たない。普段から気配を消すことに慣れているのか、突出しない。それなりにキレイにしていて、ちゃんと受け答えをするけど、どんな人だったか、後で思い出そうとしても何も思い出せない。東京の人と言ったけど、正確には地方から出てきている東京の人だ。もともとの東京の人は案外野生児のようで素朴だったりする。地方から東京へ来ている人は東京へ同化するのに日々忙しい。ヘンなことも言わないけど気の利いたことも言わない。ハプニングを恐れている。こちらの言うことに笑ったりするけど、本当に笑っているのか分からない笑い方。彼らは透明の固い殻を被っている。こちらの投げかけは全部その殻にぶつかってただただ殻の表面を流れ、彼らには届かない。彼らは殻の中から適当に相槌をうち、喜怒哀楽のわからない表情でこちらを見ている。

○いつか東京が終わるかもしれない。ローマだって終わった、世界の、日本の、いろんな地方が一度は終わっている。東京は関東大震災と空襲で2回終わったけど、凄まじい勢いで蘇った実績がある。だからかどうか、ゴジラが来ても電車でやっつけたからかどうか。東京は不死身だと思われている。しかし東京の永久運動はいつかは終わるだろう。それがいつだか分からないだけのことだ。それとも、このまま終わらずに続いていくとしたら…。

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