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ウォセ・カムイ~吼える神~について

こんにちは、暑い日が続きますが皆さまいかがお過ごしでしょうか?
前作の「十六夜」から約三ヵ月、このたび拙作「ウォセ・カムイ~吼える神~」を電子書籍で出版することができました。
本作の出版は絶対に真夏の花火の時期でなくてはならない、いわゆる季節モノとしてのこだわりがあり、ギリギリではありますが何とか間に合ったのでホッとしています(自己満足です)
今回は本作の一部を公開します。これは二人の主人公のうちの一人(陽生/ハルキ)がもう一人(七瀬/ナナセ)にあてて書いた手紙です。意味不明な部分も多いでしょうが、こんな感じのお話なので、よろしければ読んでやってください。
注:BLみを含みますので、苦手な方はご注意ください(ヘンな注意書き)

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七瀬、
オレからのこの手紙を、おまえが読むことは無いだろう。
おまえも知っているようにオレは根っからの筆不精だし、そもそも手紙なんて書くガラじゃない。
それくらいなら電話をかけるか、いっそ会って話せばいいという言いわけをずっとしてきたから、近くにいた3年の間には年賀状さえ出さなかった。
でもおまえはオレが返事を出さないといくら言っても、年賀状や暑中見舞は必ずくれていたっけ。クラスは違っても毎日会うのに、よう分からんメモみたいな手紙も何回かもらったし。
いつもなぜかカイやユウタ経由で、またラブレターがどうとか、からかわれたな。
しかも普通に折ってあるならまだしも、チョウチョ結びみたいな器用な結び方がしてあって、なんやねん?と思いながら開くと『今日いっしょに帰ろ』とか。
おまえは時々、ワケが分からんかったなぁ。

けどな、七瀬。
オレは本当は、嬉しかった。照れくさかったけど、嬉しかった。もしおまえに会うことがあれば、その気持ちだけは伝えるかもしれない。
それでもやっぱり、オレはこの手紙を出すつもりはないんだ。
会えなくなってから長い時間が経って、話したいことがいっぱいある。
ありすぎて、何から話したらいいのかが分からない。だからおまえへの手紙にしてみようと考えた。
何もかも包みかくさず書く。言いわけや泣き言も、全部書く。
決して出さない手紙だけれど、おまえが読むことを想定して書く。
矛盾していると思う、でもオレは自分自身に対してさえ、素直になれない性格なんだ。
だから自分あての手紙とか日記なんかでは、オレは話したいことの半分も書くことができないと思う。
だからこのオレがもし誰かに手紙を、心からの手紙を書くとしたら、相手はおまえ以外にはいないんだ。

七瀬、
オレはまず、おまえに謝らなくちゃいけない。
東京に来たばかりの頃、オレは自分の変わった力にうんざりしていた。本当に、心底うんざりだった。
だからマッキーと電話で話して、おまえがオレのことを忘れているようだと知ったとき、正直オレはほっとしたんだ。
どれだけののしられてもいい、恨まれてもいい、でもオレを思い出すことでおまえがこれ以上傷つくくらいなら、いっそ最初からオレなんかいなかったことになった方がいい。
本気でそう思っていた。つもりだった。

それでもな、七瀬。
時間がたつごとに、オレの考えは変わって行った。その大きな原因は、小椋という友だちができたことと、小椋を通して親しくなった千歳さんという女性だ。
初めて小椋に会ったとき、ヤツが何を言ったと思う?
あいつはオレの足元を見て、でっかくて白い犬を連れてるって。
小椋には神様が視えるんだそうだ。オレとは違って自分の能力には全く無頓着で気にしていなかった。
最初のころはヤツが神様(=良いもの)しか視えないせいだと思っていた。
でもしばらく付き合ってると、もしかすると逆なのかな?と思うようになった。小椋は裏表の無い、アホみたいにストレートなヤツなんだ。
相手によって態度を変えるとか、心にも無い社交辞令で紛らわすとか見栄を張るとか、そういうことは考えたことさえないようなヤツだ。
こういうヤツだからこそ、神様が視えるんじゃないのか―――オレは段々そう考えるようになった。
その小椋が言うには、オレがおまえの話をすると、オレの近くにいる犬の神様(小椋はそう呼んでる)がぽぅっと明るく光るんだそうだ。「喜んでるっぽい」と言っていた。
神様が視えるからといって会話ができるわけじゃないから、ヤツは自分が感じたままを口にする。
「大丈夫、ハルキとナナセの縁は切れてないよ」 小椋がそう言ったとき、オレはようやく気がついた。
おまえに忘れられていても構わない、むしろほっとした、というのがオレの本心ではなかったことに。
そう、オレは―――オレにとっておまえがかけがえのない存在であるように、おまえにとってのオレもそうありたいと願っている、それがオレの本心だった。
もしもう二度と会えないとしても。
おまえが傷の痛みとしてしかオレのことを思い出せないとしても。
きっとオレは時の流れと共に、少しずつおまえに忘れられて行くのが怖かったんだと思う。
それならいっそ、完全におまえの記憶から消えてしまう方がいい、と。
自暴自棄になっていたオレは、そんな思考閉塞に陥っていたんだろう。
オレはまた自分自身を呪縛していたんだ、と小椋のことばが気づかせてくれた。いや、思い出させてくれた。
オレが最初に呪縛から解放されたときのことを。

七瀬、
初めてオレがおまえの家に行ったときのこと覚えてるか?
オレがおまえの亡くなったお祖父ちゃんと挨拶をしたと話しても、おまえは全然動じなかった。オレを見る目も変わらんかった。
あのときがそうだった。おまえこそが、オレを長年の呪縛から解放したんだ。あの瞬間からもう、オレはおまえという存在を失いたくないと願っていた。
小椋が『縁が切れてない』と言ってくれたおかげで、オレははっきりとあのときの自分の気持ちを思い出した。

幼い頃、オレはしょっちゅう熱を出して寝込む子供だったらしい。特に身体的に弱いわけでもなく、生まれつきの持病も無い。それが突然高熱を出し、数日間寝込むことがよくあったらしい。
『らしい』としか言えないのは、オレ自身は熱を出している間の記憶が欠落しているからで、そういった話は両親、主に母さんから後になってぽつりぽつりと聞かされた。
赤ん坊のときはともかく、ことばを話す年になると、高熱に浮かされたオレは必ず『だめ、だめ』と口走りながら手で空をつかむしぐさをしていたそうだ。
まるで何かを、誰かを引き止めているような様子だった、と母さんは言った。
5才の誕生日を迎えると、原因不明の高熱を出すことはぱったりとなくなった。
両親はさぞ安心しただろうが、今になって考えるとそれは『受信機』としてのオレの身体的条件が整った、ということだったのだろう。
なぜなら5才になったオレは、以降常人とは異なった視覚を持つことになったから。

それは時にバカにしたように『霊視』だの『超能力』だのと呼ばれる類のものだった。でも幼なかったオレは、
当然両親や他人にも同じものが視えていると信じて疑わなかった。
その一因は母さんにある、と言ってもいいだろう。
これはずいぶん後になってから聞いた話だし前におまえにも話したことだけど、母さん自身もオレが腹の中にいた期間、霊のようなものを視ていたというから、オレの言うことが本当だと分かっていたのだろう。
オレの言うことをただの一度も否定したことが無かったのだ。正直そんな母さんの気遣いを、疎ましく感じた時期もあった。
特にようやく自身が『他人とは違う』ことに気づいた頃は、なぜ前以て教えてくれなかったのかと恨めしくさえ思った。

小学校3年生のときだった。これは今でもよく覚えている。
となりの席の伊藤という子が、妙な歩き方をしていることに気がついた。右足を重たそうに引きずっていて、右足のつま先は完全に内側を向いている。
まるで血の通わない、足の形をした重いくつをはいているような歩き方だったのだ。
どうしたん、その足?オレが訊くと、その子はきょとんとした顔になった。
足って、なんで?とオレに訊き返したから、痛そうに引きずってるとオレは答えた。
大人のように眉間にしわを寄せ、その子は気味が悪そうにオレを見た。
それからぷい、と顔を背け、もうオレと顔を合わせようとはしなかった。
その日、学校から帰る途中で彼は交通事故にあい、右脚をヒザから切断しなくてはならないけがを負った。

オレがその事故を予言したと言うウワサは、またたく間に広がった。
事の真を問う、或いは興味本位や嫌がらせの電話がひっきりなしにかかってきた。
自身の異能力に気づいたというショックもさることながら、その一件を通じて、周囲は実はずっとオレの異質さを疑っていたと肌身に感じたのが、何よりも大きな衝撃だった。
翌日からオレは学校に行かなくなった。いや、最初の数日間は意図的に行かなかった。それが、次には
『行けなく』なった。どうしても朝、ベッドから出られなくなったんだ。
それが2週間くらい続いただろうか、それでもオレは徐々に回復した。
長期欠席後に初めて学校に行ったときはさすがに少し緊張したが、行ってみるともうとっくに誰もオレに特別な関心など持っていないと分かって、安心するのを通り越して呆れた。
ただとなりの席がずっと空いたままなのが、時折オレの心に影を落とした。
伊藤くんは結局、4年生になる前に転校して行った。
本人不在のまま形式だけのお別れ会があり、クラス全員でメッセージを贈るための色紙が回ってきた。
迷ったが結局何も書けず、そのまま後ろの席に回した。
それを見た担任の女性教師が、明らかにほっとした顔をしたことを覚えている。

慣れてみれば、異形のモノたちはほとんど恐るるに足らない存在でしかなかった。
悪さをするわけでもない、たいていの場合はただ知らん顔をして通り過ぎればいいだけだ。
だから心霊特集のテレビ番組で、自称『霊能者』というインチキ連中が、ここにいる自縛霊の怨念がどうのこうのと騒いでいるのがバカらしくてたまらなかった。
もちろんオレは自分が霊能者だとは思ってもいなかったが、もしホンモノの霊能者がいたとしても、間違いなくテレビなんかに出たりはしないだろうと確信していた。

ヒトというものは、自分に災いが降りかからないうちは物見高く、自分や身近な者に害が及びそうだと判断するや、異質なものを排斥しようと全力を尽くすものなのだ。
本当に怖いのはだから、自分たちには視えないものが視えるからという理由で『異質』とみなされ、周囲から浮いてしまうことだった。
小学校3年で、オレは既にそれを学んでいた。
それ以来ずっと親しい友人も作らなかった。誰かに心を開くなら、自分の秘密を隠しておける自信が無かったから、誰も近くに寄せ付けようとしなかった。
中学校は家から遠い私立に通った。通学に時間がかかるのを理由に友人を作らず、オレはますます独りのからに閉じこもることが多くなった。

この頃、単身赴任先から帰ってきた父さんから言われたことを、オレは今でも時々思い出す。
「若い頃の友人は、何にも代え難い宝物だ」
母さんから事情を全て聞かされていただろうけど、父さんはオレの力については一切触れることがなかった。
気を遣っているわけじゃなく、どうも父さんはそれをオレの特性のひとつにすぎないと考えていたようだった。
母さんのことを見ていたからよけい、世の中にはそういう人間もいるだろうとしか思っていないようなところがあった。
今ではそんな風に理解しているけれど、最初に言われたときは腹が立ってしかたがなかった。
こんな力を持っているせいで、友だちができないと本気で信じていた頃だったから。

だから七瀬、
高校生になってもオレは、何も変わらないと諦めていた。同じちょっと珍しい名字、柔らかな耳触りの関西弁を話すおまえと出会っても・・・期待した分失望が大きくなるのを、オレは恐れていたんだ。
でもあの頃、おまえやマッキー、ユウタやカイと過ごした時間は、父さんが言ったようにオレにとって何にも代え難い宝物になった。
七瀬、おまえのおかげで。おまえがオレの全てを受け入れてくれたおかげで。その気持ちを思い出させてくれたのが小椋だった。

この小椋はオレたちと同い年だけど、千歳さんという女性はうんと年上だ。
戦前まで芸者をしていたというから、70は超えてると思う。
この人もまた、不思議な能力を持っている。オレも最初は半信半疑だったけど、それでなくとも物知りで興味深い人なので、小椋と一緒にしょっちゅう遊びに行っていた。
千歳さんはテレビに出るような連中とは全く違っていて、何かを言い当てたり予言めいたことを言ったりもしない。
でも明らかにオレの抱えている悩みを理解していて、まるで駅までの道順を聞かれたみたいに、自然にオレや小椋の疑問に応えてくれる。
そんな千歳さんのもとには、会社の社長や重役、政治家なんかがよく訪ねて来るという。
たいていは芸者時代の顔馴染みだったが、中には千歳さんの能力の噂を聞きつけて紹介してもらう人もいるらしい。

今オレが働いている会社の特殊調査室室長もそういった人のひとりで、ある日千歳さんが引き合わせた人物だった。
驚いたことにそれはオレの父さんがいる保険会社で、断ろうとするオレの意思などお構いなしにあっさりと決まってしまった。
今になってもまるでキツネにつままれたような気分だ。
でもオレは意外にもこの仕事が気に入っている。
保険金を支払う時に、原因がどうしても科学的に立証できない事例を調査するのが仕事で、ちょっとオカルトっぽい案件なんかも扱うから、小椋にはうさんくさいとまで言われるけど。

なぁ七瀬、
オレは昔、自分があの町から追い出されたように感じていた。無理やりおまえから切り離されたと信じていた。
今でも同じように考えているけど、少し見方が変わってきた。うまく言えないが・・・オレをあの町から追い出したのは悪意だけではなかったと、今になって思うんだ。
当時のオレは無力で無知だったから、心が弱かったから、おまえから離されたんじゃないかって。だから狼はオレについてきたんじゃないかって。そんな感じがしている。
それもきっと、この仕事を通じてしか分からなかったんじゃないか、とも思う。

七瀬、
オレには今、以前には持てなかった希望ある。
いつか、もうそんなに遠くはないいつか、再びおまえに会うことができるんじゃないか、という希望だ。
もしかしてそれは、おまえに危険が迫ったときかもしれない、という不安もある。
でもオレはもう逃げない。もう負けるわけにはいかない。絶対に。

おまえの笑顔をもう一度見たい。
おまえといっしょにまた花火を見たい。
オレは今その希望を胸に、生きている。

                 東埜 陽生

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