サクラリベンジ

週末ちょうど桜が満開になりそうだから、見においでよ。夜桜。

仕事で知り合ったその人は事も無げにさらりと言った。コーヒーショップでの打合せの席で。

おいでよ、と言ってるその街は、車で2時間ほどかかる場所。そこで夜桜を見るとなると、どうしても泊まることになるだろう。

いいの?

微妙な表情で私が聞くと、うん大丈夫、と答える。その表情には何も見えない。
ただ、肩のあたりから、なんとなくだけど、私に興味を持ってる空気が感じられる。たぶん、うぬぼれじゃなければ。

当時出口のない恋にちょっと疲れていた私は、話に乗ることにした。

夜桜は美しく、でも初春の夜はまだ冷えて、桜は早々に引き上げて居酒屋で地酒を熱燗にした。お腹を満たして、私の取ったホテルに向かい、当然のように一緒に部屋に入り、引き寄せられ、そのまま肌を合わせることになった。

てっきり一緒に泊まっていくかと思ったその人は、でも、帰るという。
翌朝また来るから、と言って帰っていく。その背中にはやっぱり何も見えない。

そして朝、約束通りやってきた。
マックで朝ごはんセットを食べてる時に、思い切って聞いてみた。

ひとり、なんだよね?

横を向いた彼は「親と奥さんと子どもと住んでる」と、そこの壁に虫がいることを告げるみたいな調子で言った。

・・・そんな、そんなこと、一言も言ってなかったじゃないの。
何時間か一緒だったのに、そもそもここに来る前に、あのコーヒーショップで、そんなことおくびにも出してなかったじゃないの。
それじゃあまるで私。

口に出かかった言葉を、ぐっと呑み込んだ。代りに出た言葉は「そうなんだ」。

朝食を終え、「じゃあ今日はつきあえないけど」と手を振って彼は帰って行った。奥さんと子どもの待つ家へ。
私は一人、乗ってきた車の運転席に身を沈めて、ふううう、と溜息をついた。

バカみたい。
新しい恋が始まって、今の泥沼から抜けられるって勝手に期待して、バカみたい。
これじゃ、あたし、ただのバカじゃないの。
涙も出なかった。
つまり、これは、遊ばれた、ってことなのね。わかりやすく言えば。

この「都合のいい女」体質をいいかげん何とかしないと、私絶対に幸せになれない。初めて強くそう思った。いつの間にか顔を上げたまま泣いていた。自分のために、かわいそうな自分のために、涙を流していた。そしてこんな涙はもうたくさん、と、本当に思った。

今度ここの桜を見に来るときは、私のことだけ大切にしてくれる人と来る。
絶対。
そう心に刻んで、エンジンをかけた。桜の花びらが風に乗ってフロントガラスに飛んできた。

※このストーリーはフィクションです

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?