近江八幡からの京都リベンジ その7 終章

というわけで六道珍皇寺をめざして八坂通りをうろうろ。というのも、地図上では六道珍皇寺のあるあたりには来ているはずなんだけれど、いっこうに入口が見当たらない。仕方がないので道を南に折れ、少し歩いたら小さな門があった。

しかしいくらなんでもこれが正面ということはないだろう。勝手口か何かかと思ってさっと過ぎ去り、さらに南下して右に折れたら入口があった。

想像していたより大きくて立派なお寺だ。もっと寂れた、庵のようなところかと思っていたんだけど。お、うれしいことにトイレがあるぞ。いそいそ。実はしばらく前から尿意が襲ってきていて、でも公園とか公衆トイレがみあたらず、いかがすべきか悩んでいたところなのであるよ。では、と借りようとしたら、なんと、特別拝観の日以外は使用できません、と書いてあるではないか。なんたる仕打ち。くそ。いたしかたない。とりあえず冥途通いの井戸だ。

あ、その前に、冥途通いについて紹介しておこうかね。Webの記事を見てみると…。平安時代の役人に小野篁という人がいて、遣唐使にも任ぜられたけどトラブルなどで結局、船には乗らず。あげく、遣唐使批判までして朝廷の怒りを買い、島流しに。その後、赦されて役人に復帰し、そこそこ出世した人けど晩年は病気に悩まされたらしい。でこの小野篁なんだけど、昼間は役人として働いていたんだけど、夜になるとあの世に出かけ、閻魔大王の補佐をしていた、という伝説があるらしい。24時間働いてたのかね。でまあ、あの世に行くときに使ったのが井戸だった、と。その井戸が六道珍皇寺にある、ということらしい。ちなみに、勝手口かと思ったのは「黄泉がえりの井戸」があるところで、↑のGoogleマップの画像を拡大して見ると、そう書いてある。とはいえ、この「黄泉がえりの井戸」が発見されたのは最近のことで、隣接する敷地(旧境内だった模様)にあった井戸を、六道珍皇寺側がそう主張しているだけで、別段の根拠があるわけではないらしい。あの世から戻るために使った井戸は別の所にあった、という説もあるらしいしね。

というわけで冥途通いの井戸を探すが、それらしいものは境内に見当たらない。どうなっているのだ。戸惑いつつキョロキョロしていると、本堂の右端に小さな階段があって昇れるようになっている。なのでとりあえず上がってみると戸板に覗き窓がうがたれていて、どれどれ、と覗き込んだら、10メートルぐらい先の方に井戸らしいものが見えた。えええっ。あれがそうなのか? しかし出し惜しみすぎだろ、これって。

さらによく見ると、冥途通いの井戸は特別拝観時にしか見られない、などという薄情な貼り紙があるではないか。どういう事情なのかしらないけど、寺の目玉商品なのになんなんだ、これは。

まあ、仕方がない。とはいえ本堂内には上がれるらしいので、よっこらしょ。中に入るとおっさんが何らや仕事中で、振り向くなり「御朱印?」と聞いてきた。そんなつもりはさらさらないので、いえいえ、と手を振ると、残念な様子でまた作業に戻っていった。人を見ると反射的に現金収入と判断するのか。まあ、このお寺さんは拝観料は徴収しないので、売上確保にも日頃の努力が必要なのか。だったら、井戸拝観料でも取ればいいとも思うけど、そうしない理由はなんなんだろう。
というようなわけで六道珍皇寺もクリアした。でもまだ日は高く、時間もある。ではと追加のお目当てに向かうことにした。それはどこかというと、石塀小路である。

京都の平熱 哲学者の都市案内』という本があって、作者は京都出身で阪大総長も務めた哲学者の鷲田清一。この本で鷲田は、京都市バスの206系統に乗って京都駅から出発し、市街地をぐるりと円環状に一周する路線の、その行程にあるあれやこれやについてなんだかんだ言及しているのだ。タイトルには案内という文字はあるけれど、フツーのガイドブックとはまったく毛色が違っていて、ほとんどが極私的な経験談や逸話ばかり。だからこそ興味深く読めるわけなのだけれど、祇園についても結構なボリュームが割かれている。
そんななかに、石塀小路について書いているくだりがあるのだが、あまり人に知らせたくないような感じで書かれていて、だったら行ってやろう、という気持ちになるではないか。ここ、六道珍皇寺から5、6百メートルも東へ行けばたどりつけるのだから。

さて、先のG院の手前から西に卍のように折れ曲がる石塀小路に出る。石垣が連なる邸宅がそのまま、観光地を避ける京好みの客の「隠れ家」になっているという一角である。料亭や料理旅館、お茶屋、それにかつて石原裕次郎や勝新太郎をはじめ映画関係のひとたちがひそかに投宿した老舗のバーもある。大正の初期に造られたというこの一角、住宅地のように見えるのに、生活の匂いはいっさいしない。のれんがかかっているのに、料理店という趣がない。もちろん車は通れない。雨に濡れた石畳は風情がありすぎて、怖いくらいだ。電信柱が、バランスをとるかのように、その風情にちょっとだけほころびをあたえる。小路も終わりになって、頭上に二階をわたした薄暗い狭苦しい路地にさしかかる。ひっそりとしているが、内をうかがわせぬややもすればすました風情がそこで潰え、下町育ちのわたしはやっと、ちょっと、ほっとする。
           『京都の平熱 哲学者の都市案内』鷲田清一

それではと、六道珍皇寺から大通りである東大路通りにでると、あたり一面観光客だらけ。インバウンドの成果なのか、中国語らしい言葉を話す着物姿の男女が、何10人もぞろぞろ歩いている。団体コスプレだな、こりゃ。もちろん大きなザックを背負った西洋外人や、バカでかいキャリーカートを転がす日本人お嬢様など、有象無象がわいがやとうごめいていて、まさにもう京都観光地獄の様相を呈している。

ちゃんと雪駄草履の中国の方々。日本の娘など足元はスニーカーだったりするからなあ。
東山料理飲食組合なんていう場所もあった。

でまあ、そういう方々をかき分けつつ石塀小路の方角に近づいていくと、知らぬ間に高台寺の門前のようなところにたどり着いた。すると、おおお! 左手に公衆トイレがあるではないか。これ幸いと小用を済ませて心も身体も軽くなり、すぐ近くにある石塀小路をめざすのであった。

石塀小路までは2分と看板に書いてあるではないか。

↑石塀小路の入口。路面に「石塀小路」とプレートが埋め込んであって、別段、隠れ里のようにはなっていない。鷲田清一が本に書いた頃と違って、すでに誰でも知っている場所になっちゃってるのかな。
↓は夜の石塀小路らしい。通ったのは昼間なので、こんな風情は目にしてはいない。

おずおずと足を踏み入れる石塀小路は、ほんとうに静謐そのもの。周囲の喧噪を遮断するバリアをくぐり抜けたみたいに別世界で、さっきまでの観光客の騒々しさも、まるでとどいてこない。もちろん観光客相手の、どうぞいらっしゃい、な看板も店構えもない。むしろ、入って来ないでねという冷徹な拒否感すら感じられる。素人は、ただ、通り抜けるだけ。立ち止まって何かをする空気ではない。小路だけあって長さもそれほどなくて、あっという間に小路の出口が見えてくる。路上に二階屋をのせた出口近くは、トンネルの如しで、若い衆が路面にホースで水を流していて、傾斜にそって出口の向こうへと流れ出している。それでも若い衆からねめつけられることもなく、トンネルのような小路をくぐり出て、広い通りににでた。なかなか緊張のミニトラベルだった。

さて、追加のミッションもクリアした。近くにあるからといって八坂神社や高台寺を覗くというような、そんな気力も体力も、もうない。あとは東京めざして帰るだけだ。でも、京都駅までどうやってたどりつくか、それが問題だ。ムリをすれば京都駅まで歩けないことはない。でもすでに2万5000歩は優に超えている。このうえ歩いたら気絶して意識混濁状態になるやもしれん。熟慮の結果、ここはなんとかバス停でも探そう、ということに落ち着き、まずは広い通りに出ることにした。
まずは東大路通りにでて、南下。こういうときスマホで位置検索でバス停でも探す発想がありゃいいんだけど、まずは歩く、がインプリントされているので、足が勝手に動いてしまう。のだけれど、東大路通りの混雑ぶりは相変わらずたいへんなもので、高台寺や清水寺が近いせいか、老若男女の観光客が右往左往状態のぐちゃぐちゃ状態。それも、荷物をゴロゴロさせていたりしてジャマくさいったらありゃしない。五条近くにはレンタル着物屋があったりして、みなさんこういった店で京都の人に変身するのかね。

さらに行くと大きな五叉路にでくわした。お、遠目にバス停らしきものが見えるぞ。と、よろよろと近づいて見ると、京阪五条坂というバス停らしい。時刻表を見れば、本数は少ないけれど、あと10数分で京都八条口に向かうバスがくるというタイミングの良さ。地獄に仏、ああ、救われた!

ということで、本日2度目のバスの人となった。バスは西へ西へ。烏丸通を通過して西本願寺の前を南下し、京都駅の南側へ。京都駅は南口っていわないで八条口とか新幹線口とかいうんだな。ああややこしい。駅に入るとすぐ、ローソンのLoppiみたいなスタンドアロンの券売機が突っ立ってて、そこで新幹線の自由席切符は簡単に買えた。これから乗ろうとしているのは17時24分発の のぞみ だったかな。で、ホームにたどり着いてみるとすでに数人並んでいる。観光客が戻ってきていて、この時間帯の東京行き。はたして座れるかどうか。ちょっと心配。なので、弁当を買っても座って食べられるか分からないので、やめておいた。
するするすると入ってきた新幹線。どの車両もほぼ満席に見える。降りてくる乗客はいるけど、そんなに多くはない。ちょっとドキドキで乗り込んで、空席を探しながら通路を歩くと、2人がけの窓ぎわの席が空いていて、隣の人に聞いたら空いている、と。おお、ラッキー。あとから乗り込んできて、席がなくて行ったり来たりしている人もいて、なんかお気の毒。
隣席は名古屋で降りて、また別の人が座り、その人が降りたのは新横浜だったかな。以降、となりは空席のまま、な感じで席はほぼ埋まりっぱなしな感じ。去年は自由席でも余裕で楽勝だったけど、これからはなかなかムリなのかもなあ。
てな感じで19時35分に東京着。近所のスーパーで20%引きシールの貼ってある500円ぐらいの寿司を買って帰り、それで夕食を済ませましたとさ。2泊3日、近江八幡からの京都リベンジの旅、これにて終了!(2023.04.21)

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