京都 徘徊つれづれ 4日目 その1

■まずは朝飯、ひさしぶりのバイキングだぜ

昨夜は0時頃寝て、5時過ぎに一度覚醒。の、後また寝て7時半に起きた。7時間は寝ているとはいえ、連日の2万歩超えで身体はかなりこたえている感じ。でもとりあえず、まずは飯だ。8時前に1階におり、隣接するレストランは提携なのかよく知らんけど、そこに行って食事券を提示すると席に案内してくれる。本日はホテルによくあるバイキング形式である。多くの宿は腰がひけてこういうのあまりやってないようだけど、自分で朝飯をコーディネートしていく感じは、ちょっと楽しいよね。昨日は弁当で誤魔化されたから、なおのことそう思う。
手袋をしろ、などの簡単な説明を聞いて、イザ調達に。周囲には夫婦連れやカップルもフツーにいる。お客さんの数も少なくなくて、このホテル人気なのかね。最初に手にしたトレイの形が面白い。9つの凹みができていて、そこにトングで、少しずつ取り分けろ、という趣向か。料理の基本は和食だけど、ひととおり選んで飯を盛り、みそ汁も調達すると視野が広がってくる。別のテーブルにパンとかウィンナ、スクランブルエッグなんかもあるじゃないか。まさかご飯とパンを両方食べようとは思わないけど、だからといってせっかくいらっしゃるのだから無碍にもできんだろ。と思ってしまうのが貧乏人のあさましさ。やめときゃいいのに、ちょっとだけ手を出してしまう。これが失敗のもとで、思わぬ取り過ぎ食べすぎになっちゃうんだよな。でもあとの祭。やだね、貧乏性は。

食い過ぎだろ

食った食った。で、部屋に戻ると、喫緊の課題が頭に浮かんでくる。当初の予定通り明日金曜に帰るか、それとも1日のばして土曜に帰るか。本日中に決めなくてはならないのだ。元気なままならもう一泊追加してもドンと来いなんだけど、果たして体力がもつのか? という不安が立ちこめてきている。さあ、どうするか。
というのも理由があって、実はこの春、東京国立博物館で『空也上人と六波羅蜜寺』という企画展が開催されていたんだけれど、それが5月8日で終了し、空也上人は東京出張を終えて京都にお戻りになっている。そしてなんと、本拠地である六波羅蜜寺での再公開は6月21日の土曜日、つまり明後日からなのだという。しかも、東京での観覧料は1600円だったのに、対する六波羅蜜寺はなんと600円ポッキリなのだ。なんだこの差は、なぐらい魅力的でしょ奥さん。もちろん一泊追加したら6〜7000円余分にかかるのは十分承知の助。でも、せっかくきている京都で空也上人に面会しないというのは、そりゃあ失礼というものだろう。などと悶々がつづいていて、食い過ぎた! と反省しつつも行く末についてはだらだらと、どうしようかと思い悩むのであった。

■本日は1人建築探偵団、まずは旧京都府庁から

閑話休題。で、本日の予定としては、京都のレトロ建物見て歩きに時間をついやすつもりで、まずは旧京都府庁は外せない、でもって同志社キャンパスも魅力的。四条河原町あたりにはレトロなカフェがあるらしいからそこもうろついて。最後は、昨日はさらりと流しただけの三条通りをつぶしていくか。などと算段をするのはいいんだけど、あれこれクリアしていったら本日も歩数メーターが上がりっぱなしだぞ。果たして大丈夫か? とくに旧京都府庁は宿から地下鉄で1駅半ぐらいの距離だから、ふだんなら当然徒歩。だけど、朝から疲労はなんだから、行きはタクシーで省エネ作戦でいくか。などと思いつつ、10時30分に宿をでた。そうそう、ここに2連泊するので荷物の大半は部屋に置いたままの手ぶらだよ。
宿をでると、東西に走る御池通りはすぐ近く。ここでタイミングよくタクシーがきたら、乗ってたかも知れない。けれど、運よくなのか悪くなのか、タクシーはやって来ない。なので、待つより歩きだろ、と思ったらどんどん勝手に足が進んでいく。徘徊者に刷り込まれた習性はこわいね。
通りを渡り、北へ北へ。京都でも、あい変わらず錆びたトタン壁とか、路上のサインだとか、くっだらないものばかりに目が行ってしまうのはこれも徘徊者の性癖ですな。丸太橋通りを越えるとすぐに平安女学院の建物があり、昨日の宿も見えてくる。しかし、女学院という文字を見ただけで心がわくわくしてしまうのは、なんなんだ。女学生のひとりも見かけていないのに…。ここは対面授業はしてないのか。などと怒りを発散させてもしょうがない。なんて考えているうちに、めざす旧京都府庁はもうすぐだ。
入口の警備員に「見学」というと、「どうぞー」な感じで奥の建物の方へと腕をかざす。それに従い、こちらはずんずん。まずは本館2階へ行くと見学係も兼ねているらしい女性が「見学ですか」と尋ねてきた。実はHPには事前予約が必要とあって、なので電話したけど「この電話は現在使われておりません」としか反応しなかったのだ。なので予約はせずやってきたのだけれど、快く知事室へと促してくれた。華美なところはなく、質素ながら剛健な意匠。普段なら未公開の、つながっている奥の部屋も開いていて、たまたま引っ越しの荷物がどうとかいってたかな。次の見学スポットである議場は1階というので、ひとりでてくてく降りて、本館背後にある議場へ入る。ぱっと明るく開ける場内、高い天井、足元に敷きつめられた緋色の絨緞。少し小ぶりに見えたけど、むかしの府会議員の数は少なかったのかな。議場にいたのは、少し老年にさしかかりなボランティアらしい女性で、あれこれ基本的なことを話してくれた。なーるほど。

他に見学者もおらんので、あれこれ質問したりなんだかんだ話していくと、次第に打ち解けてきて、いささか雑談モードに。生粋の京都人ではなく、嫁いでからの京都暮らしだとかで、
「私もふだんは自転車を使っているけれど、やっぱり京都は歩かないと分からない。まだまだ知らないところがあるし、こんなところに路地があるのなんて思うところがたくさんあるの!」なんていうので、こちらも、
「路地の入口が木の枠になっていて、上に表札みたいなのが並んでたりするの、見かけたことあります」というと、
「そうそう!」
とか、
「いま裏で工事をしていて、建物が建つと五山のひとつが見えたのに見えなくなっちゃうの…」
なんていう具合に世間話が2〜30分つづいてしまったけれど、それも含めて楽しい議場見学だった。
さて、この建物、重要文化財とはいいながら現在も府庁の事務室として使用されている部屋も多いらしく、府庁の職員がフツーに働いている。そんな廊下をふらふら。壁のペンキ(?)は剥がれ放題だけどそのままなのは、勝手に直したりできないからなのかな。中庭から見上げる姿も乙でござるな、などと、なかなか地味によかった。
というわけで京都府庁を後にして、さらに北上。同志社を目指そう。


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