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新品のトレンチコートをおろした。
ハリのある生地感で、まだシワのひとつもついていない。
これからベルトの跡がつき、裾の広がりはおさまっていくんだろう。
寂しくなどないさ、馴染むとはそういうことだからね。
ただ僕は出不精だ。
着る機会が少ない。
春と、秋と、着たとしても柔らかくなるのを待つにはあと何度歳を取ればいいかな。
……いいさ、気長にいこうじゃないか。
一目惚れしたんだ、僕の生涯の相棒として、共に季節が変わる瞬間を見ていこう。
だいぶ寒くなってきた。今年はこれで終いかな。
網目の粗いニットの上でもいける君は優秀だな。
少し暖かくなってきた。中を薄手のものに変えようか。
確かしばらく着られていなかったペイズリー柄のシャツがあったはずだ。どこにしまっていたかな。
なかなか外に出られないな。冬物のコートに変える前にデニムのジャケットを合わせて一度だけ落ち葉のプールを見に行こうか。
結局着ることなく暑くなってしまった。窓からの日差しの強さを見ても、君の出番は見送りだな。
どれだけ部屋を暖かくしても冷たさが身体にこたえるようになってきたよ。
僕は冬を越えて君に袖を通すことができると思うかい?
もうだいぶ痩せ細ってしまったから、サイズが合わなくなってしまっているだろうね。それでも僕は君を相棒に選んだんだ。
生涯の、死ぬまでの相棒だ。
なに、諦めたわけじゃない。
人より時間がかかるかもしれないがそれもいい。
君を馴染ませるまで
いいさ、気長に生こうじゃないか。
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