期待値が乗ったラクダ



新しいことをやるというのは、どれだけ大変だろうと思う。

0を1にするのが得意な人と、1を100にするのが得意な人がいて、0.5を0.5のまま必死に抱きしめている私からするとどちらも平等にすごい。

新しいこと、というと0から1をイメージしがちだけれど、1を100にする人だって新しい何かを取り入れているからその結果になっているわけで。

先日とんでもなく素晴らしいコンテンツを見て、
同じ業界の人は、これと同等もしくはそれ以上を期待されるようになるのかとひしひし感じた。それが成長であり、枷であり、未来であると思った。

なーーーーーんてわあわあ思ってウワアアアと何故か部屋中を転げまわりたい気分になったのだが、ひとまずめちゃくちゃに踊り狂ってから就寝した。
受け取り手からすると、個人の頭の中にある、そこだけの壮大なイメージはすべからく表現として世にでてほしい。
その気持ちを外に放出してからでないと眠れなかった。



8月公開のラストマイルが楽しみすぎて、アンナチュラルを見返したいと思っていたところでネトフリに出た。本当に感謝しかない。1日で(なんなら半日で)全部見た。おもろすぎる。

2度目だからか、「あれ、ここ、こんなさっぱりしていたっけ」と思う部分があったのだけれど、変わらぬおもろさを享受できる今。その瞬間。天を仰いでいる。翌日はしっかり仕事だったのでしっかり寝不足で頭が痛かった。

メインテーマの"不条理な死"に立ち向かっていくなかで、女性蔑視だったり、えん罪への過剰な責めだったり、様々な"理不尽なこと"へも対峙していく人間模様が
「リアリティ」とだけで片付けていいものか…というほどある。痛い。かなり痛い。

ミコトと中堂が初めて?の協力体制になるブロガー殺人事件、裁判のシーンでは検事のカラスさんにもかなりイライラしたんだけれど、でもそれ以上に被告人にイライラした。なあにが女性は信用できないだバカタレお前がずっと周りの人間に流されてきただけだろうが!と思っていたところに中堂の決めゼリフ。

アチー。中堂系というキャラクターが人気すぎる理由がちゃんとある。

MIU404のめんつも集まって、それはそれは壮大なクロスオーバーを期待してしまうわけだが
公開までの3ヵ月で今以上に膨らんでいくであろう気持ちは、なんとなくずっと続くジェンガみたいになりそうだなと思う。


なんだそれ。



人との関わり方の、手本にしたい人がたくさんいる。
もちろん反面教師もいる。それはそれはいる。
手本にしたい人の共通点は、いい意味で自分軸であること、そして人に押し付けないこと、からの、それなりに無関心であること。
期待しないというより興味がないと言ってもよさそうなくらい、ある程度までを気にしない。
ただ、そこにはちゃんと愛はあるからすごいと思う。そのバランスどーなってんの?といつも思う。

意識してできることと、今までの積み重ねで自然にできていることと、天性のものと、それぞれに差はないと思いつつやっぱりどこかで天性に憧れている自分がいる。
ないものねだりで羨ましがり。寂しいな。

私自身に自分軸が全くないとまでは思わなけれど、なんかやっぱちょっと違うんだよなァ~

自分への期待値、メーターふれなさすぎてぶん殴っちゃいそう(ばくわら
叩いても直らん。



大好きな散歩に行くのが億劫になってきた。
季節の変わり目で温度調整がーとか、そんな話ではない。
朝顔を洗うことにも、今までより100倍以上気力が必要になっている。ついこの間は、起床後5時間キャンセル界隈(洗顔部門)に所属していた。

こうやって精気ってなくなっていくんだァ…などとベッドと床を往復しながら思っていた。いつも以上に重力を感じる。

VIVANTを見始めた。
これぐらい頭回していきてえと思っていたら夢の中だった。
寝てたとかじゃないのに砂漠でラクダに投げ捨てられていた。

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