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作家・麻見和史さんが小説創作の極意を特別公開!/新シリーズ『殺意の輪郭 猟奇殺人捜査ファイル』刊行記念エッセイ

 土中で発見された遺体の死因は溺死――。深川警察署刑事課の尾崎は、美貌の相棒・広瀬と不可解な事件の捜査にあたるが、彼らを嘲笑うかのように、犯人からの犯行声明が届く。指定された倉庫に座っていた男の頭部には、黒いポリ袋が被せられており……。待望の新シリーズ始動!
 テレビドラマ化の作品も多く発表されている麻見和史さんの新シリーズ『殺意の輪郭 猟奇殺人捜査ファイル』(朝日文庫)が、2024年6月7日(金)に発売となりました。刊行を記念してご寄稿いただいた、著者本人による小説執筆の極意を特別公開いたします。なぜ猟奇殺人をテーマに据えるのか、その意図を綴っていただきました。

麻見和史著『殺意の輪郭 猟奇殺人捜査ファイル』(朝日文庫)
麻見和史著『殺意の輪郭 猟奇殺人捜査ファイル』(朝日文庫)

猟奇という舞台装置

 ウェブ連載をやってみませんか、というお話をいただいたとき、最初に頭に浮かんだのは「矛盾なく最後まで書けるだろうか」ということだった。

 デビューして今年で18年目になるのだが、私はずっと警察小説の書き下ろしをやってきたので、連載は経験したことがない。書き下ろしの場合、執筆、修正、校正などすべての作業が終わってから作品は世に出ることになる。しかしウェブ連載では事情がまったく違う。月に数回サイトに文章が掲載されるとなれば、その回数だけ締切がやってくる。充分な手直しができないのではないか、と不安になったのだ。

 しかし挑戦してみたい気持ちもあった。初めていただいた連載の仕事だ。滅多にないチャンスだと言える。

「原稿が全部出来上がってからの連載というのも、ありですかね?」

 編集担当氏にそう尋ねると、かまわないという回答をいただけた。これはありがたいことだった。事前に何度も直せるのなら問題はない。しっかり校正まで終わらせ、完成度を高めてから刊行することができる。

 初めての連載に向けて、私は準備を始めた。

 今まで私は、小説の冒頭で必ず大きな事件を起こすという方法をとってきた。事件現場には何らかの謎があり、それを手がかりとして主人公たちは捜査を進めていく。自分としてはこの書き方に、ふたつの意味を持たせていた。

 ひとつは、事件の衝撃や不可解さによって興味を引くということである。最初にショッキングな事件を起こせば、小説の目的が設定される。事件解決というゴールに向かって刑事たちは行動していくわけだ。読者の方々も、それに並走してくださるに違いない。

 もうひとつは、猟奇的な事件によって人の業を描きたい、ということだった。猟奇殺人などというとセンセーショナルでどぎつく、読者の方々を誘い込むための単なる仕掛けだと思われるかもしれない。だが、実はそのほかに考えていることがあった。

 私の書く小説には、快楽殺人者は登場しない。多少の性格の偏りなどはあっても、普段は社会人として生活している者が事件を起こすという話が多い。どこにでもいる普通の市民が、あるとき凄惨な犯罪に走ってしまうのである。作中、なぜそんなことが起こるのか。

「おとなしい人でした」「礼儀正しい人でした」と言われるような人物が猟奇的な犯罪を行ったのなら、そこには相当大きな理由があるはずだ。いつもは常識的で真面目な人間だったとしても、いや、そういう人間だからこそ、個人的な恨みのために暴走してしまうことがあるだろう。今まで他人に迷惑をかけず、実直に生きてきた。それなのに、なぜ自分はこれほど理不尽な目に遭わなければならないのか。やられたのだから、やり返さなければ収まらないという感情。身内を傷つけられたとか、殺害されたとか、過去の出来事が重大であればあるほど復讐は残酷に、凄惨になっていくのではないか。

 元は常識人だったはずの人物が起こしてしまった、猟奇的な事件。そういう舞台装置を用意することで、悪意とは何か、犯罪とは、復讐とは何かということを私は描きたいと思っている。追い詰められた人間の行動や、その心理について掘り下げていくため、滅多に起こらないような深刻な事件を扱う。それが今の私のやり方である。

 そういうテーマを念頭に今回、事件をいくつか考えた。現場に残された遺留品は、いずれも犯人の意思や感情に深く関わるものとした。

 最後にひとつ悩んだのは、捜査員側のキャラクター設定だった。主人公は男性刑事、相棒は魅力的な女性刑事と決まっていたが、そこから先が難しかった。年下の女性刑事を指導する男性刑事というのは、すでにほかの作品で書いている。せっかく新キャラを作るのだし、今までとは違う形にしたかった。やがて思いついたのが「同い年だが女性のほうが一年先輩、しかしその後の昇任で立場が逆転し、今では男性のほうが上司」という組み合わせだった。

 前半で上司を立てていた女性刑事が途中から態度を変えて──となるのだが、これは書いていて楽しかった。ミステリーだから謎解きに重点を置くのは当然だが、その物語を支えるのは登場人物である。ふたりの間の距離感や信頼関係の変化によって、捜査シーンの印象もずいぶん変わる。あらためてバディものの強みを実感した。

 サブタイトルに〈猟奇殺人〉と入れた本作、捜査のサスペンスとともに、どうにもならない人の業というものを感じ取っていただけましたら幸いです。


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