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太田和彦が呑んだ“福岡” 日本一古いアーケード商店街「魚町銀天街」の名物居酒屋で味わう県民性

 居酒屋をめぐって47都道府県を踏破した太田和彦氏が、居酒屋を通して県民性やその土地の魅力にせまった『居酒屋と県民性』(朝日文庫)から、福岡の居酒屋と県民性について、一部抜粋・再編してお届けする。太田さん推薦の居酒屋も必見だ。
タイトル画像:Charles Lopez / iStock / Getty Images Plus(※写真はイメージです。本文とは関係ありません)

太田和彦著『居酒屋と県民性』(朝日文庫)

【福岡】ラテン気質と九州濃度

 朝鮮、中国が近く、はやくから大陸文化とつながってきた福岡は開放的であることに慣れてきた。それはまた新しもの好き、熱しやすく冷めやすい、目立ちたがり屋の性格をつくった。祭や芸事の盛んなところで、熱中する気質を「博多のぼせもん」と言う。

 よってもって福岡出身の芸能人は多い。郷ひろみ、井上陽水、鮎川誠、武田鉄矢、氷川きよし、藤井フミヤ、梓みちよ、中尾ミエ、山本リンダ、松田聖子、小柳ルミ子、仁支川(西川)峰子、浜崎あゆみ、タモリ、小松政夫、イッセー尾形、陣内孝則、高倉健、千葉真一、草刈正雄、米倉斉加年まさかね、細川俊之、妻夫木聡などなど。今も音楽や芸能で一発のしあがろうと、夜の那珂なか川の春吉橋で地面に座り込み、ギターで歌う若者が絶えない。

 一方「食都」。辛子明太子、鶏の水炊き、一口餃子、もつ鍋、豚骨ラーメンなど、福岡発全国区となった食べ物はいくつもある。共通するのはインパクトの強さ。居酒屋「寺田屋」の大将から「博多の味は辛いものは辛く、濃いものは濃く、白黒はっきりせんと喜ばれん」と教わった。

 居酒屋の最大特徴は、夕方になると一斉に準備の始まる屋台だ。市内に屋台街がこれだけあるのは日本でここだけで、開放的な居心地は博多の酒飲み気質をつくった。

 それは屋台で外酒する同士は肩書き無用の裸のつきあいということ。ただし長幼の序はしっかりあって、年長が知らぬ若い者に「一杯やれ」とビールを注ぐのは当たり前。若いのも悪びれず受け、ときに年長から「そんな飲み方しちゃいかん」と説教されるが、すぐ「ということでもう一杯」シャンシャンとなる。屋台で酒の飲み方を教わったというのは博多の男からよく聞く述懐だ。

 また、知らぬ同士がすぐ「友達ばい」と意気投合するが、翌朝はけろりと忘れて「あんた誰や」になる。東北の人は無口でなかなか打ち解けないが、気を許すと律義に続くのとは大違いだ。東北人と福岡人が屋台に並ぶと見ものかも知れない。

 祭好き、インパクトある食べもの、外で飲むのを好む、開放的な性格、などはラテン的気質の県民性といえるだろう。

 北九州小倉は、炭鉱景気、八幡製鉄所の24時間稼働、その石炭輸送や玄界灘漁業の大型港として活気づき、川筋かわすじ気質といわれる男っぽい仁俠にんきようの気風を作った。

  小倉生まれで玄海育ち
  口も荒いが気も荒い

 村田英雄の熱唱に歌われる「無法松の一生」は小倉生まれの作家・岩下俊作の名作で、荒くれ男の中に気高い魂があるという主人公は日本で最も人気のある男像かもしれない。

 市内、紫川支流の舟運荷揚場が魚市場に発展したのが「旦過たんが市場」だ。市場好きの私が選んだ日本5大市場は、釧路「和商市場」、秋田「市民市場」、金沢「近江町市場」、大阪「黒門市場」、小倉「旦過市場」。

 いずれも市民生活に密着しているのが条件だが、旦過市場の幅せまくゆるやかに曲がる通路の両側は、食品、洋品、雑貨など個人商店ばかりが軒をつらね、朝から夕方までにぎわう。横に入ったY字の一角は一番古いままの木組み天井に裸蛍光灯が懐かしく、乾物「岡本商店」の、天狗印奈良漬、カモ井の佃煮など、10いくつも並べた古い木彫り看板がすばらしい。清酒看板をいくつも上げた酒屋「あかかべ」は立ち飲みが人気だ。小倉はこの「かく打ち=冷や酒を枡の角から飲むのをこう言った」立ち飲みが盛んで、それは製鉄所全盛時代・昼夜3交代制の朝方終業者のためだった。「30分以内」の貼紙があるが、かつてはお釣りを渡す前にツイーと飲み終わっていたと言う。古い建物は戦後に役目を終えた小倉練兵場の軍馬舎の移築というのも興味深い。

 日本でいちばん古いアーケード商店街「魚町銀天街」真ん中の、小倉名物の居酒屋「武蔵」は、角地に立つ大楼で玄関も2つあり、1階カウンターよりも2階の大広間からどんどん埋まってゆく。何十畳もの畳座敷に衝立ついたてで適当に仕切った座卓が10いくつも置かれ、中高年も、若いのも、男女カップルも、女子会も、広間で一堂に飲むのが小倉流。1人酒は似合わず「おーい、こっち来いや」とたちまち仲間だ。男たちの体を張った仕事はつべこべ言わず仲間とがんがん飲んでまた明日、の気風を生んだのだろう。小倉は「男は男らしく、女は女らしい」古きよき九州濃度がしっかり残っている町だ。

【太田和彦さんオススメの福岡の名店】

●福岡 さきと
 カウンター一本、酒とさかなの達筆品書き。それだけの店がじつにすばらしい。冬の<赤ナマコ>のみごとな極薄切り。博多名物の<ごまさば>はその最高峰。さらに鯛の<鯛ごま>、これをご飯にのせた<鯛ごま茶漬け>。玄界灘の魚は味の強さがあり、目の利いた仕入れと名調理で存分に味わえる。ここを目指して全国から客が来る九州居酒屋の頂点。

●福岡 寺田屋(てらだや)
 細路地の奥の木戸に腰をかがめて入る隠れ家アプローチ。ガラスケースはピカピカの玄界灘の魚、大皿には博多の<がめ煮>などうまそうな品が並ぶ。刺身、煮物、煮魚など、何でもちょっぴり辛めに仕上げるのが地元客へのコツなのだそうだ。「兄貴」と呼びたい若主人は生粋の博多っ子、小さなカウンターを囲む客はすぐ仲間になる。

●福岡 酒肆 野一色(しゅし のいしき)
 落ち着いて料理を楽しむには2階の小さなここがいい。定番<くじら入り盛り合わせ>はよく寝かせた六種刺身に仕事を加えてみごと。何気ない自家製<かまぼこ>は薬味各種がシログチすり身に透けて味香りは絶品。福岡育ちの若主人は「博多の酒飲みは義理堅いが手を抜くとすぐ怒られる。情に厚く、もう毎日一生懸命やるしかないです」。白割烹着の美人女将は「博多男は飲むと気が大きくなり、おごっちゃる」と格好つけるが、家に帰ると奥さんに謝ってる」と笑う。博多若夫婦の意気やよし。

●小倉 武蔵(むさし)
 黒札の品書きはここまで200円、ここまで300円と大ざっぱ、コマカイことは言わない。小倉名物のぬかで炊いた<いわしのじんだ煮>は濃い味で酒がすすむ。美人おかみさんは東京から嫁いできたが、人柄温かく情の厚い気風にすぐなじんだそうだ。「小倉の女は?」と聞くと「気は強いが、男を立てる」と即答。私はそこに「美人」を加えよう。