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チャンス大城が定時制高校時代に体験した、熱血教師によるとてつもない「夜のプール授業」

 お茶の間の記憶に残る男としてTV出演急増中の芸人・チャンス大城(本名:大城文章)さん。そんなチャンス大城さんが自らの半生を赤裸々に語り下ろした『僕の心臓は右にある(2022年7月刊、朝日新聞出版)から、定時制高校に通っていたときの、愉快なクラスメートとのエピソードを、本文から抜粋、編集してお届けします。(写真:朝日新聞出版 写真映像部・東川哲也)

大城文章著『僕の心臓は右にある』(朝日新聞出版)
大城文章著『僕の心臓は右にある』(朝日新聞出版)

 定時制高校には、定時制専門の先生がいます。

 僕らのクラスの担任はタキ先生といって、4年間変わりませんでした。タキ先生は当時50代の半ばぐらい。元水泳選手の熱血教師でした。

 定時制の先生には、どうしても勉強したいという生徒になんとか教育を授けてあげたいという熱い思いを持った人が多かったのですが、50歳を超えているコダマさんを除けば、僕のクラスにはそういう生徒はほとんどいませんでした。だから、「なんだこのクラスは。勉強したくて来てるんじゃないのか!」と怒る先生が何人もいました。

 コダマさんだけは最後まで熱心で、卒業するまで教室の最前線で授業を受けるタイタニック・スタイルをやめませんでした。

「家が貧乏で勉強できなかったから、生きているうちに勉強したいんや」

 と、いつも言っていました。

 コダマさんは「薄毛の方」でした。身長160センチ、細身で銀縁眼鏡をかけていました。工場で何の仕事をしていたのか知りませんが、体を鍛えていて、サッカー部ではセンターフォワードをやっていました。

 そうです、定時制にも部活はあるんです。ただし、高校のサッカー部のセンターフォワードが50代なんて、たぶん前代未聞のことだったと思います。

 定時制高校には、部活はありましたが、プールの授業はありませんでした。みんな、プールに入りたがったのですが、高校の屋外プールには照明設備がありません。照明なしに、夜、プールに入るのは危険なのです。

 しかし、元水泳選手のタキ先生が、「なんとかしてキミたちの願いを叶えてあげたい」と言って、校長先生と交渉してくれました。すると、体育館から延長コードで電源を取って照明をつけることを条件に、校長先生がプールの授業を許可してくれたのでした。

絵:チャンス大城

 プールの授業当日、僕は5、6台の照明器具が設置されているのを想像していたのですが、プールサイドに行ってみると、文化祭なんかで使うスポットライトが1台あるだけでした。とてもプール全体を照らす能力はありません。

「ダメだ。危険過ぎる」、真面目なタキ先生が言いました。

「ええやんけー」、不真面目な僕たちが言いました。

「ダメだ!」
「ええやん、プール入りたい!」

 この話、誰にしても信じてもらえないのですが、僕たちがプールに入りたいと激しく主張すると、タキ先生がとてつもない方法を考案したのです。

 それは、生徒をひとりずつ順番に泳がせ、タキ先生がスポットライトで泳いでいる生徒を照らしながら、プールサイドを一緒に移動していくという方法でした。

「スズキ、行けー」

 スズキ君が飛び込むと、タキ先生がスポットライトを当てながらプールサイドを移動していきます。もしもこれでサイレンが鳴っていたら、照明を当てられた生徒は映画『大脱走』の脱走犯そのものです。タキ先生はさしずめ、サーチライトで脱走犯を追跡する刑務官といったところでしょうか。

 3、4人が飛び込んだところで、いよいよコダマさんの番がやってきました。

 コダマさんは飛び込み台からプールにどぶんと飛び込むと、何を思ったか、真っ暗なプールの中で立ちあがりました。そして、両手を高く上げると、こう叫んだのです。

「私にも光を!」

 僕は、コダマさんの心の叫びを聞いたように思いました。


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