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白ラーメンの店

こちらは海見みみみさん企画の『第1回noteショートショートフェスティバル』参加作品です(*^.^*)
ルールはコチラ

なお、この企画ではコラボが推奨されています
(^-^)
もし私の小説『白ラーメンの店』を読んで、イラストや音楽などイメージが浮かんだという方がいらっしゃいましたら、ぜひぜひコラボしませんか!?(^_-)☆
イベントの参加者がかなり強者揃いですので可能性は高いとは言えませんが、もし入賞ということになれば賞金も出るそうですので、奮ってご参加お待ちしてます☆彡(※賞金は等分させていただこうと思っています)

『白ラーメン』と称した小さな屋台が住宅街の一角に出るようになってずいぶん経つ。
店主はなぜこんな所に店を出そうと考えたのだろう。駅前ならもっと需要もあるだろうに。
商売としてやっていけるのか? そもそも白ラーメンとは何なのか?
気にはなりつつも、店の前を通り過ぎるだけの日が続いた。

今年の秋は例年より短いらしい。早々と冬の足音が聞こえ始めた。残業帰りの独り身には、コンビニ弁当よりも高くつくとわかっていても、やはりお金には代えられぬ温もりが恋しくなる。
「いらっしゃい」
思い切って『白ラーメン』の暖簾をくぐると、迎えたのは意外にも柔らかな女性の声だった。
年の頃は三十半ば。かなりのベッピンだ。色白の肌に柘榴(ざくろ)を思わせる深紅の瞳。こんな美人女将がやっていたなんて、なぜもっと早く来なかったのだろう。
「寒かったでしょ? 何か飲みます?」
とりあえず熱燗を注文し、数少ないメニューから店名でもある白ラーメンを追加する。
「“こんな場所で、しかも女一人で屋台やるなんて”って思ってるでしょ?
「あはは。大当たり! そもそも女一人で怖くないの?」
「怖くはないですよ。ここで屋台やるのが夢だったんだもの」
女将はそう言うと、桃色のセーターから覗く白い手でお銚子をつまみ、飲み干したばかりのぐい呑みの上にそっと傾けた。その仕草の美しいこと。私はすっかり心を奪われてしまう。
やがて、熱々のラーメンが目の前に置かれた。ひと口食べて驚く。それは今まで食べてきたどのラーメンよりも旨かった。
企業秘密だという白いスープは、豚骨よりもあっさりしているのに味わい深い。
「こんなに旨いのに流行ってないとはね。クチコミで広めようか?」
「いいんです。道楽でやってるだけですし。忙しくなっても困るもの」
「じゃあ、その代わりと言っては何だけど、私が常連になろうかな」
「まぁ嬉しい! いつでも大歓迎よ」
以来私は、頻繁に『白ラーメン』を訪れるようになる。女将とは気が合ったようで、恋仲になるまでそう時間はかからなかった。

ある晩のこと。いつものように「ただいま」と席に掛けると、「大事な話があるの」と女将が切り出してきた。
「実は、屋台を閉めることになってね。春には再開できるんだけど……」
何でも、遠方に行かなければならないのだそうだ。仕方ないこととはいえ、寂しくなる。
「私のこと忘れないでね」
「忘れることなんてできるもんか」
何度も口づけを交わすうち、安堵したのだろうか、今夜はもう店を仕舞うという女将。
片付けの手伝いを申し出たが、拒まれたためやむなく店を後にした。

しばらくは帰路を辿ったものの、これで当分逢えなくなると思うと未練が募り、結局来た道を引き返すことにする。
……が、私は我が目を疑った。ほんの五分前まであったはずの店が跡形もなく消えていたのだ。いくら手慣れているとはいえ、あの店を撤収するのに半時間はかかるはず。
ふと見ると、屋台のあった場所のすぐ脇に石段がある。神社の参道のようだ。私は何やら予感めいたものを感じ、先へ進んだ。
小さな神社なのに、うっすらと明かりが灯っている。バチが当たらぬよう手を合わせ、思い切って本殿の戸を引いた。
すると驚いたことに、そこには数メートルはあるだろう白蛇がとぐろを巻いていた。二つの赤い目が悲しそうに私を見ている。
「あなた……?」
その声は初めて屋台を訪れた時と変わらない、柔らかな女将の声だった。「……一体どういうことなんだ?」
「蛇なのにあなたを愛してしまった。だから、あなただけに見える屋台を開いて毎日待っていたの」
なるほどいつ来ても他に客がいなかったのも合点がいく。
さらに、春まで逢えないと言ったのは冬眠するためだと言う。
「でも、こうして知られてしまった以上、私たちはもう……」
うなだれたまま去ろうとする白い体に、私は慌てて駆け寄る。
「春まで待ってるよ。だからまたあのラーメンを食べさせてほしい……」
愛した女が蛇だった。そんなことはどうでもよかった。彼女と過ごす時間はかけがえのないもの。すべてを失っても手放したくないもの。
「駄目なの。正体を知られた以上、逢うことは赦されない」
「そんなの無理だよ。耐えられない!」
私は泣いていた。こんなにも彼女を愛していたなんて気づかなかった。仕事とアパートを往復するだけの毎日で、あの屋台で過ごす時間だけが輝いていたのだ。それを失ってしまったら……。
すると彼女は、その真っ白い顔をゆっくりと私に近づけてきた。
「あなたの愛が本物なら、ずっと一緒にいられる方法がひとつだけあるわ」
私はそれを望んだ。迷いはなかった。
「いいのね?……ありがとう」
彼女の赤い瞳からも涙がこぼれていた。
やがて愛おしむように白い螺旋が私を包み、鋭い牙が喉元に突き立てられる。
全身が痺れ、火照るような熱さの中、手足がみるみる身体に吸い込まれる感覚に獣のようなうめき声をあげながら、私の意識は遠のいていった――。

fin

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